終幕「この素晴らしき世界に」
二話目、最終話です。
なまじ力が有りすぎた。
理を正し終えても、わたしが闇色の男の元へ向かうことはなく。愛しいと思える者達は先に去り、結局わたしだけが最後まで残った。
ゆっくりと流れるような時間。暖かな日が差し込む中、長椅子に身を横たえたエルダは口の端に笑みを刻む。
あぁ、本当に穏やかだ。
駆け抜けた喧騒は最早遠い場所にあるように、今 自分の身を包む日々はひどく静かだ。
エルダが懸念していた通りに。
ラーウを残し男は先に逝った。立ち直るまでの年月は、人の時間としては長くはあったがわたし達にとってはそれ程でもなく。
そのことについては不甲斐ない弟子ながら、頑張ったということか。
片方は恋情。もう片方にとっては家族としての愛情。だけど破綻することはなく。
キリアンは先に旅立った娘を追うように、待つことなく寄り添うにその後を追った。
見事なものだとエルダも驚くほどに。
二人の死の後、アルブスも姿を消した。
現在まだ生きているのか死んでいるのかもわからない。けど。それでいいとエルダは思う。
全てはもう遥かに遠い。
それは悲しいわけではない、むしろとても清々しい。
「今回は呼び出してなどいないぞ?」
いつぶりかなどもう記憶の片隅で埃を被っている男の姿を見てエルダは言う。
「そうだな」
答えるフレイの、その違和感のない美声に、
「ああ、そうか…」と、男が昔に言った言葉を思い出して。
わたしに向ける眼差しとしてはひどく穏やかな男の視線に、「貴方自らが迎えに来てくれるとは」と笑う。
そして男は言う。
「理に干渉出来るほどの力を持ってしまったお前には、続く流れに混じることはもう出来ない」
「………だろうな」
エルダは頷く。
そうなるだろうことは元からわかっていた。わかってた上でその役を担ったのだ、後悔などあるはずない。
それで愛しき子達を救えたのだから。
強すぎる生命は異端だ。流れに異物を混入させることと同じ。
「ならばわたしは無へと還るか」
まぁ、それはそれで良いと思う。それもまた終りのひとつ。
だけど――。
「わたしの元へと来るか?」
静かに落とされた声に、エルダは眉をひそめる。
「何を……?」
「お前の力を無とするには惜しいと、私は思う。
その強さは称賛に値する」
初めてだろう、わたしに向けられた笑みに、エルダは思わず見惚れる。だが。
「私は強くはないさ…」
零れ落ちた苦笑に、
「フレイヤ――いや、ラーウも今は私の元にいるぞ」
畳み掛けるように、深さを増した笑みで男は言う。
「それは――…」
とてもズルい提案だ。
もう一人のラーウはきっと流れの中にいる。愛する男を追って。けどもう一人は残る選択をしたようだ。
ならば、寂しがり屋の娘の為に男の、その言葉に乗るもやぶさかではない。
しかし。意外と利己的であるのだなと圧倒的な美を持つ男の、今は裏があるのかと疑ってしまう笑みを眺める。
ああ、でも。フレイが、この男がどういう存在であるのか明確することはなくても。フレイヤの為に自分のエゴを通すような奴であったなと。
エルダは軽くため息を吐く。
「―――で、もう大丈夫なのだな」
それはエルダからの最後の確認。
闇色の手が伸ばされる。重なる手の向こうで男が頷く。
そうか。と、浮かぶ笑みは心からの、全てのもの達に向かっての。
もう二度と壊れることのない世界。
いや、何れは壊れる世界。でもそれは今ではない。
強制的でなく迎える終焉まで。
滞りなく世界は流れる――。
終りです。
色々思うことごありますが終りです。
次、がんばります!
読んで頂いた方々、ありがとうございました!




