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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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優しい陽 1

こんなにも穏やかに目覚めたのはいつ以来だろうか?

明るい光に照らされた、清潔なベッドの上で目を覚まし、漂ういい香りに釣られて扉を開ければ、

「あ、起きたね。 調子どう? ご飯たべれる?」

笑顔のラーウがいる。


昨日の自分の態度を思い出し、色々と恥ずかしくなり俯き頷くキリアン。


彼女の勧める席に着けば、並ぶ温かい料理。別に豪勢ではない。いたって普通の。

だけど湯気たつそれらは、今自分の為に用意されたもの。


「……いただきます」


やはり気恥ずかしく、俯いたまま呟くキリアンに、ラーウの嬉しそうな声がする。

「どうぞ召し上がれ。お代わりもあるからね」

「……………」


キリアンは、無言でパンを齧る。

今キッチンには自分と、目の前に座るラーウだけ。魔女と、ラーウにしがみついていた男の姿は見えない。

何となく気まずい。

それは嫌なものではないが、落ち着かない。

そこに――、



「おい、お前! 下手くそ過ぎだろ!」

「ガルウゥゥ!!」


急に聞こえた声と、獣の威嚇。



「――――!!」


一瞬にして身を固くして。でも直ぐに立ち上がり辺りに警戒を巡らす。

そんなキリアンを見て、ラーウも慌てて立ち上がると、

「キリアン! 違うの違うの、大丈夫だから!」


彼女は違うのだと何度か手を振り、急いで窓へ向かう。そして少し開いていた窓を完全に開放すると外へと身を乗り出した。

「母さん!アルブス! 声おっきい!」


そのラーウの声に反応したのだろう。微かに地面を揺らす振動。そして窓枠に姿を現したのは、――大きな獣。


白い狼。それは、



「ラーウ!!」


キリアンはラーウの腕を引くと、直ぐに後ろに下がり自らの背に庇った。


何か武器を!とテーブルを見るが、目についたのはフォークのみ。それでも、急所である目を突けば向こうも怯むだろうと構え、窓の外の獣を睨む。


この窓枠から全体を見ることもできない程大きな狼は、男達を蹂躙していた獣。あの時に、自分が何故襲われなかったのかは分からない。だが今、低く唸る獣は、鼻先にシワを寄せ赤い瞳でキリアンを睨む。


そして、窓枠に前足を掛けた。

( 壊すつもりか! )

グッとフォークを握るキリアン。


魔力さえ戻ればこんなやつ。と、唇を噛む。

でもそれは考えても仕方ないこと。


( 今はラーウを守なければ! )


何故そう思うのかは分からない。でも。

絶望の中で差し伸べてくれた手はとても温かかったから。



ミシッと窓枠が軋む音。

剣呑に細まる赤い瞳。キリアンの喉が鳴る。


落ちたのは静かな声。


「まさか…、わたしの家を壊すつもりか?」



「―――!?」

 

声にも…、力が宿るものか?


キリアンは思った。

それくらい、一気に空間が冷えた。



冷気を痛覚と感じる程の声を発したのは、いつの間にか部屋にいた魔女。視線は外の獣に向けて。



魔女の視線に、獣の耳が気まずそうに垂れた。こちらを睨みつけていた赤い瞳が逸れる。キリアンはその冷気の矛先が自分でないことにちょっとホッとして。


そしてそんな凍えるような空間を溶かしたのは、やはりラーウ。


「もう! 母さんも原因の一端でしょ? アルブスばかり責めない!」

「――ふん! こいつが暴走するから悪い。算式も出来ないし」

「それ関係ないじゃん」

「ワウ!」

「いや、お前のせい」

「母さん!」


ちょっと……、話についていけないが、

どうやらこの獣は敵ではないらしい。


そのやり取りを、ボーッと見ていたキリアンに、

「ごめん!キリアン!

説明が間に合わなかったけど、昨日の一緒にいた男性がいたでしょ?」

唐突にラーウが言う。

「……? あ、ああ…」

( あのラーウに抱きついてた奴か…? )

「――これ」

そして、指差す。窓枠の外の狼を。


「え………?」

「フェンリルって分かる? 幻獣の、それなの。だから人型もなれるの」

ごめんね、ややこしくて。

ラーウが眉を下げる。

「は? ……………え?」


「見せた方が早いだろ。――アルブス」

魔女がめんどくさそうに一瞥すると、窓の外の狼の姿が縮んだ。

縮んだだけでなく、形を変える。昨日見た男へと。


窓枠を乗り越え、唖然としたままのキリアンの目の前に立った男は、確かに先程の狼と同じ色彩。耳と尾を持つ獣人の姿だが、とても整った容姿。


そして赤い瞳はやはりキリアンを睨む。

「お前…、あんまりラーウに近付くな」

「―――は?」

( なんだ、こいつ? )

同じように睨み返せば、

「アルブス! 何言ってんの!?」

間に割って入るラーウ。だけど、


「――って、またー!」

直ぐにラーウの手は引かれ、男は自分の腕の中へと彼女を囲い込んだ。


「………アルブス…」

囚われた腕の中から男を睨むラーウ。でももう抵抗するのは諦めたのか、仕方ないという顔で自分より大きな男の頭を撫でる。それが、

何となく、何となくムカつく。



「はぁ、やれやれ…」と。

わざとらしいため息は魔女。


「いつものじゃれ合いだから気にするな」

その言葉は自分にだろうか?

視線を送れば、こちらを見てニマリと笑う。

「別に……、」

気になどしてない。と、言おうとしたけど、

三日月のように細まった魔女の目を見て、

止めた。


「まぁでもさっきの、ラーウを守ろうとする行動はなかなかだったぞ?」

そして、またニマリ。


キリアンはため息ひとつに、「別に」と。



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