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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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2

本日二話目です。

「あの全てを無に誘う闇の動きは鈍いよ。だけど止める手だてがない限り、終りは何れやってくる。世界は広い、けどそれも時間の問題だよね」


一、二年で世界(ヴェルトアーデン)は無に還るはず。と、

目の前の少女、ノルンは言う。


無に誘う闇というのが、何のことかラーウにはわからないけれど。告げるノルンの声には冗談だと言い切れない何かがあった。

でも――。


「何で…、……わたしが……?」

同じ疑問をラーウは口にする。

それにノルンが先ほどの答えを繰り返そうとして、ラーウは視線を持って遮る。


「何で――……。 いえ……、じゃあ、何で貴方は世界を壊すの…?」


わたしが貴方と言うのなら。


ふいに浮かんだ疑問に、自分のではない同じ色の瞳が大きく見開く。

「この世界が、……貴方は嫌いなの? だから壊すの?」

「……………」

立場が逆転したようにノルンは微かに眉を寄せ、ラーウは更に重ねる。


「だって…、わたしはこの世界が好き。大切な人達や大切な物がたくさんあるもの。大事な人だって!

……だから貴方がわたしで、貴方が世界を壊そうとしていても、わたしはそれを断固拒否するし!」


見つめる先にいる、自分自身に決意を促すように言い切れば、

鏡のように立つ向こうのわたしの視線は伏せられて。静かに問う声。

「…………どうやって…?」


「―――それはっ! 

…………まだ、考えてない…けど、」

自分の思慮のなさにラーウのは唇を噛む。


「…………ふ、ふふ…。 そう望んだとは言えとても()()()らしい。まさに私の浅ましさの結果ね」

「……………なに…?」

「――ねぇ、ラーウ」

顔を上げたノルンはフワリと笑う。



「私のいた場所は『混沌と闇の世界』って呼ばれてるんだけど、そこは本当に何もないの。目の前には沢山の光輝く世界があるのに、私には何もない」


そんな暗い闇の世界からは、何もかもが美しく見えたの。と、


突然始まった急な話しの展開にラーウが口を挟める隙もなく。ノルンはどこか遠くを見つめるように滔々と語る。


「そんな何もない私の前に彼は突然現れた。んー…、違うな、流れ着いたが正しいかな?」

まぁ、どっちでもいいけど。と一旦言葉を切りラーウへと視線を合わせたノルン。


「彼――が、誰だか、……もちろんわかるよね?」


同じ顔だと言うのに、ラーウの持つことのない翳りを滲ませ、

「それが、……カイ、なの…?」

答えを尋ねるラーウに、肯定するように笑みを浮かべる。

「そう。 彼であって彼でない。でも魂の核は同じだからやはり彼ね。

ねぇ、それがどういう意味かわかる?」

「どういう…?」


ノルンはそれに答えず、ふふふと笑い、まるで歌うように言う。


「私と彼は恋をした」


「…………っ!」

「ね、もう話の流れ的にはわかるでしょ? 

ラーウが大事だと言ったカイディルへの想いは元々は私がもっていたもの。 その他も全て。

だから私がこの世界を壊そうとするということは、それは即ち貴方も同じということよ」


それが当然だと。何処か少し、何か欠けたような笑みを浮かべたノルン。


言っていることは無茶苦茶だと思う。それは特に最後について。しかも最初の疑問、壊そうとする理由もはぐらかされたままだ。

だけど、カイディルに関してはストンと府に落ちるものを感じてしまった。


初めて会った時から感じたその気持ちが、自らが持ち得たものでないと、そう言われて。


「………そんな…、」

はずないと、言い返せないのは自分の中にある記憶の曖昧さ。

そこで納得してしまったから。ああ、そういうことなのかと。


「でもっ!」

「…………でも?」

それでも何とか繰り出そうとした言葉を、ノルンは柔らかく繰り返す。

それが余計にわたしへの憐れみように思えて、ラーウの視界が揺らぐ。

「――――っ!」


揺れる。揺らぐ、揺れる。

崩れる。瓦解する。

わたしの気持ちが。


わたしはこの世界が好き。母さんが、アルブスが、キリアンが大切。

そしてカイディルが好き、とても。


それが壊れる。

それは自分のものではないのだと。


揺れる瞳に映るのは、肯定するように微笑むわたし。


目の前で緩やかに持ち上げられていた口が開く。わたしへの引導を渡す為に。


だから―――、



「………ラーウ…?」


だから戸惑ったようなその声が聞こえたのは。


自分が自分を慰める為の幻聴なのだと。この場においてカイディルの声が聞きたいというわたしの願望がそんな妄想を引き起こしたのだと、そう思った。

だのに。


「ラーウ!」


新たに呼ばれた声に瞬時に振り向いて、見つけた姿。


「…………っ!!」


泣きそうになった。けど、それを上回って。


彼に、会えたことの喜びが勝った。





泣きそうだったので、きっとヘンテコで不細工な表情になったと思う。けれど大好きな人に会えて、そして向ける感情はひとつしかない。

カイディルに向け喜びに浮かぶ笑顔。


「カイ!!」


名を呼んで、駆け出し飛び込む。

その勢いに驚いて一歩引く彼の、でもわたしへと広げられた腕の中へ。


「カイ……っ、カイ!!」

カイディルの胸へと額を押し付けラーウはただ彼の名を繰り返す。

「おい…、ラーウ?」と、

少し慌てた声と直ぐ側で感じる体温が壊れそうだった心を僅かに満たす。けれどまだ完全には払いきれないものに、ラーウは俯いたまま言葉を連ねる。


「カイっ、わたしはカイが好き、 そう……誰でもない、カイが好き!」


わたしはもうひとりの私が言う()なんて知らない、カイディルだけだ。

そして、そんなカイディルを目にして胸に沸き上がる想いが、与えられたものだなんて思いたくない。いえ、思わない。


「この想いは本物だもの、与えられたものであるはずなんてない! わたしにはカイだけ、他なんて知らない!」


カイディルの胸元に顔を押し付け声を震わすラーウに、

「……………ラーウ、取りあえずちょっと落ち着け」

掛けられるカイディルの声。ラーウは拒むように頭を振り、そして勢いよく顔を上げる。


「カイが好き!……これはわたしの本当の気持ち……、 違うはずなんてないっ!」


見上げた先、少し滲んだような視界の中、深く青い瞳が微かに開く。

そして、わたしの大好きな色、いえ、カイディルが持つからこそ大好きだと言える青い瞳が、今度はゆっくりと細められる。

浮かぶ表情は苦笑とも取れるような。だけどそれを確認出来たのは一瞬で。

ラーウはぎゅっと胸の中に引き戻された。


「泣くな。 ラーウは笑っていてくれ」


滲んだ視界の理由は流れる涙のせいだと気づく。そんな涙も全てカイディルの胸元へと吸収されて。


「俺は、ラーウは笑っていて欲しい。俺を見て笑顔で、そして俺の名を呼んで欲しい」

直ぐ近く、頭上から降る声は遮るものなどなく直接ラーウの耳元へと落ちる。


それはなんて勝手で自分本位な言葉だろうと思った。けどその声色から感じる真摯さと切実さに、ラーウの顔はくしゃりと更に歪む。

だけどどうせ今はカイディルには見えやしないので構わない。なのでせめて声は震えないように、ラーウはカイディルの胸の内へ届けと言葉を紡ぐ。


「……何それ? ずるいよ、わかんない」

わたしの精一杯の告白だったのに。

「わたしは、そんな答えが欲しいわけじゃないよ」


「……うん、だろうな」と、

苦笑混じりのくぐもった声。カイディルが身を離す気配で、瞬間 寂寥を覚えるもラーウは慌てて表情を取り繕う。だけど腕の中には囲われたままで。

離れた隙間のその上から青い瞳がラーウを見下ろす。微かに口元を緩め、穏やかに細められた瞳。


「ラーウが大切だ、だから笑っていて欲しい」

まだ望むものとは少し遠い言葉。

「それは、……好きってこと?」

焦れたように仰ぎ見るラーウに、カイディルは破顔する。


「――ふ、ははっ…、」

一頻り笑った後、表情を戻したカイディルは改めてラーウを見下ろす。

「確かに、俺はずるいな…」

それはどこか途方に暮れたような。


「俺はラーウが好きだ、大切だと思う」

だから笑ってくれ。


少し眉尻を下げたカイディルの顔。

ラーウはその表情が好きだ。

少し低い掠れた声が好きだ。

彼から香る砂漠の風のような匂いが好きだ。

わたしの背に回る腕が、手が、指先が好きだ。

カイをカイと知らしめたる全てが好きだ。


だからラーウは頷く。カイディルへ向かって。

ありったけの笑顔で。


「わたしもカイが好き」








それは完全に二人だけの世界だった。


だからピシリと、歪み何かが壊れる音を聞いた時に。

二人だけの世界で無かったことを思い出す。



「……………ずるいよ、」


それは二人が口にした言葉と同じ。



もうひとり、淡い光を灯し暗闇に立つ少女も口にする。

「そんなの、ずるいよ」と。




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