表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
72/81

2

直接ラーウのいる氷室の部屋へ行くのを避け、手前の通路へと降り立った。

今回後ろに引き連れてきた相手はカイディル。視線は前に向けたままエルダは言う。


「ラーウは……、お前と同じ時を刻めない」

「ああ――、だろうな」


当たり前のことを言えば、即当たり前のように返される。


それはそれでいいのだが、何となく腑に落ちないものを感じエルダは立ち止まり振り返る。俯き歩くカイディルはそれに気づき顔を上げ、エルダの顔を見て若干困った表情となる。


「一応貴女の娘なのだから当然のことだろう?」

エルダの表情をどう捉えたのか?

カイディルはそう答え、エルダの視線は更に座る。

「ラーウは魔女ではない、――そして人間でも」


それを受けますます困った表情となるカイディル。


「それは俺にしていい話しか?」

「むしろお前は気にならないのか? 知りたいと思わないのか?」

「……気にはなるが、知ったとしてもそれで俺に何か出来るのか?」

「…………出来んな」

「なら別にいい」


一本道なので行き先は決まっている。先に歩き出したカイディルはエルダを追い越し、位置が逆転したカイディルはエルダへと背を向けた。


「……面白くないやつ」

その背に向けエルダはボソリと言い放つ。

そう言われてもと、カイディルは微かに笑い、

「俺はラーウがなんであれ、ラーウであればそれでいい」

振り向くことなくそう告げる男。

「それは、変わりゆくことを認めないと言うことか?」

「いや、誰でも変わってゆくさ。けどきっと、本質はずっと変わらない。俺はそれを知った」


エルダはやはり面白くなさそうに「……ふん」と一度鼻を鳴らすと、再び歩き出す。


氷で出来た通路に二人が歩く音だけが響く。

暫しの沈黙の後、エルダはまた口を開く。


「お前は――…、結局、お前がラーウへと向ける感情は何だ?」



カイディルの瞳には、ラーウに対してミネリアに向けていたような色はない。

歪み形を変えてしまっていたとは言え、あれは恋情と呼べるものであった。


そしてラーウのカイディルへと向ける感情は誰から見ても明らかで、そのことはこの男も承知であっただろう。その上でカイディルは敢えて知らない振りをしていた。

それはそれでこちらとしても都合が良かったのだが、それが今は――。


抱えていただろう葛藤は全く見当たらない。上手く隠し通していると言うにはあまりにも穏やかで。

何を認め、そして受け入れたのか。




そんなエルダの問いかけにカイディルは答えることなく、沈黙を落としたまま歩は進む。

答えないつもりか?と思っていた矢先、静かに溢れた声。


「嬉しかったんだ。………本当に、ただ…、」


嬉しかった。と小さく繰り返す。

答えになっているようで、いない答え。

 

「お前、それは……、」

続けようとして、エルダは口をつぐむ。

きっと今はどの言葉もその答えには当てはまらない。

カイディルの表情が見えていたならば、また違ってはいただろうが、凪いだような声とその背からは何も読み取れず。


「………そうか」とだけ答え、後は沈黙のままラーウがいる部屋へと向かった。








「―――………」


横たわるラーウを見てか、それとも側に佇む漆黒の男を見てか。立ち止まったカイディルの息を飲む気配。今度はエルダが横をすり抜け先を行く。


「フレイ――」

元々こちらの気配などわかっていただろうに、エルダの呼び掛けで今気づいたとばかりに顔を上げる男。

エルダと、その後ろに視線を向け微かに闇色の目を細める。


『……それで、わかったか?』


それは何に対してのか?

フレイの何もかも見透かしたような、いや、その通りの問いに、エルダは眉をしかめる。

「わかったも何も。外を確認して来た、そしたら腹立たしい現状を目にした。それだけだ」

『――ふっ』


漏らした声に微かに揺らぐ空気。

珍しいことだとエルダは少し瞳を開き、男は僅かに上げた口角のまま言う。


『なるほどな…。――で、お前はどうする? この世界はもう終わるぞ、あの子のせいで』 


エルダの眉がピクッと上がり、

「あの子…? ラーウの、せいだというのか?」

視線は台座に眠る少女へと落ちる。だが、男の視線は目の前の少女へとは向かず、仰ぎ見るように上を向く。


『これはあの子が犯した罪への罰。今それと向き合い判断した結果だ』

「どういうことだ? 誰が……ラーウが…?」

『フレイヤ、だな』

「……違わないだろう」


エルダは額に手を当てる。

「何故だ…、この男が居るのに?

カイディルがそうなのだろう? それなのに何故世界を壊す」

『フレイヤ、だからだ』

「…………?」

『ラーウではある、だが今のあの子はフレイヤである部分が多い。 ラーウをそう知らしめていた大部分は今は別にある。―――そうだろう?』

フレイが最後に振った問いはエルダの斜め後ろに向けて。


「俺が…、何を…?」

エルダの口からは唐突に名が溢れ、不思議な雰囲気を纏う闇色の男からは話を振られる。

困惑気味に呟いたカイディルに、エルダは「ああ――、」と思い当たる。

「お前が会ったと言うラーウ、それか…」


キリアンが会ったノルンの姿のラーウ。それとカイディルが会ったと言うラーウ。


両方ともが確かにそうだとして。でも今の生だけを生きる、しがらみに縛られないラーウであればきっと望むままに、心のままに向かうだろう場所はこの男の元だ。



それでもカイディルの困惑は消えない。

まぁ、そりゃそうだろう。この会話の意味などわからないだろうし。

だけどこいつは別に必要ないと言い切ったのだ、仕方ない。


「あの子があの子であればか……」

先ほどカイディルが言った言葉を口にして。


カイディルにとっては今のラーウがそうであるかも知れないが、エルダにとってはそうではない。


何度も――、何度も、繰り返してきた命。

きっと、その終わった命達はフレイヤへと戻り、そしてまたラーウへと始まる。その全てがわたしにとっての愛しい者。


「止める手立てはあるのか?」

『……――さぁ?

私はあの子の望みを妨げることに手を貸しはしない』

「そのくせにわたしを煽ったのか!?」

どうするのだ?と投げ掛けてきたのはこの男だ。


『お前と同じだ』

「――は?」

しれっとした顔で、いや常にそんな表情のままだが、

『ラーウも私にとってはそうであるから』

告げた男は視線を下に、眠る少女を見て眼差しを微かに和らげる。

「…………はっ」


男の少ない言葉の中から意味を理解し、エルダの視線も自然と台座へと落ちる。眠る少女へ。

()()()()()()()、世界の終わりなど望まないと。


エルダは小さくため息を吐く。


「結局状況は変わらないか…。 やはりお前に頼るしかなさそうだな」

相変わらず戸惑いと、そして怪訝を浮かべたカイディルをエルダは見やる。


「元からそのつもりだったが?」

「まぁ、そうなんだけどな。念には念をと言うだろう」

「つまり信じていないと言うことか。貴女自身が言ったことなのに?」

「だからっ! 念には念をと……っ、

……………ふん、まぁいい。お前が失敗したら最終的にはこの男を締め上げる」


エルダはギロリと闇色の男を睨む。そんなエルダの言葉にカイディルは一度眉を寄せ、でも当然のように告げる。眠るラーウを見つめ。


「失敗はしない。俺はラーウに会って、そして必ず連れて帰る。 


―――そういうことなんだろ?」

問い掛けと共に、最後にカイディルが向けた視線の先はフレイ。


ふっ。と男がまた空気を揺らす。

『お前がそう思うのならそれはきっとそうだろう。 だから今度は――、

出来れば今度は、……あまり長く待たせてやるな』


「……? ――ああ」

わからないまでも、頷くカイディル。エルダは何となく理解する。


だからカイディルの肩を叩き促す、「――行くぞ」と。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ