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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
71/81

導く先へ 1

森全体を包むほどの()を練り上げるのは簡単ではない。キリアンは上空から広がる闇を確認し目を瞑る。

ひとつ、ふたつと、取り囲むように網の枠を広げて行く。

その作業を幾度なく繰り返す。綻びを見つければ、またその修復を。


ただの時間稼ぎでしかないのはわかっている。

どうせ終わるというのなら本当はラーウの側にいたい。彼女の体を抱きしめ闇に身を委ねる方が良いとも。


だけど。

キリアンの知ってるラーウであればそれは望まないはずだ。きっと最後まで足掻く。


それが本来のラーウだから。



自分が彼女を迎えに行けないことが腹立たしいが、今は目の前のことに集中しよう。


取り戻した先、ラーウがあの男を愛したとしても、人間でしかないあの男の生はたかだか知れている。 寄り添い、その最期まで共に居れるのは自分なのだ。


それが今自分の心を支える自負。


もう闇には取り込まれない。ラーウを取り戻すまでは。









──‥──‥──‥──‥──





「南地区の状況は!?」

「避難は全て終えています」

「よし! ――で、タラニスは?」

「……連絡が、途切れたままです」

「……………そうか。 仕方ない。次――、」


ラドラグルの首都タラン。

今日もネヴァンは執務室ではなく廊下を行く。


椅子に座われたのは何れくらい前だ?

目の前に、あの最悪の魔女が現れてから後、ずっとこの状況の気がする。

まぁ、早めに対処出来たのはそれのお陰だが、とネヴァンは急ぎの案件を終え一息つく。


「一度タラニスに跳ぶ。 急ぐので共はいらん。 ――いけるな?」

慌てる側近達を尻目に、後ろ控える魔術師の男に告げる。直ぐに足元に展開した陣はタラニスへと繋げたもの。

「ネヴァン様!?」

「――直ぐに戻る!」

そう短く告げて、ネヴァンの体は魔術師の男と共に消えた。




「うわっ、本当に来たのか!?」

「顔を見て直ぐにそれとは。酷いな、リンデン」

ネヴァンは懐かしい、といってもこの前あったところだが、エルフの男の嫌そうな顔へ向けて笑顔で言う。


「皇帝様がホイホイ城を離れていいのか? しかも共もひとりだし……」

ネヴァンの後ろにいる黒い服の男をリンデンは眺め、何故か目が合った男と律儀に挨拶をしている。


「この男ひとりで充分だ。確認したかっただけだしな、直ぐに戻る。それと、お前タランに来たことないだろ?」

「――は? 行くかよっ。アンタと顔を合わせるかも知れないのにっ」

「何だそれは? 酷くないか?」

ネヴァンは顔をしかめリンデンを見てから、眼前に広がる草原へと視線を向ける。その広がる草原を侵食するように広がる闇を。


少し離れた場所にいるのは巨大な白い狼。リンデンを連れて来たのだろう。

ネヴァンは視線を戻し、「リンデン」と。


「タランに城はない。だから城ってのはおかしいな」

急に戻った話に、何故改めて?と違和感を覚えるとこだが、リンデンは微かに瞳を眇めただけで。


「……何だよ、まだ根なし草のままなのかよ」

「ふっ…ははっ! お前…、私の側近達がここにいれば不敬罪で終わるぞ?」

「は、馬鹿言うな、俺の命はそんな簡単には終われない。 ……それはアンタも同じだろ」


不機嫌顔になったリンデンが今度は草原へと顔を向けた。ゆっくりだが着実に闇は食らう。この草原を、ここで起こった過去を含め。

「ネヴァン、アンタは皇帝だ。その命は俺とは比べられないほど重いのだからな」

そう話すリンデンの瞳は、草原を越えどこか遠くを見据えるように。


「命に順列はないぞ?」

少しきつく答えた声にリンデンが返す。

「いや、あるだろ。 アンタが今大切にすべき命はもうここにはない」


そうだろう?と、振り向く。

だからさっさと戻れと、リンデンは言う。


リンデンの言うことは間違ってはいない。

皇帝という運命を受け入れた時に、重きものを、多くの命を背負うことも受け入れたのは自分。


はぁ。とネヴァンはため息を漏らす。


「お前に諭される日がくるとは……」

「言っとくけどなっ! 俺の方が遥かに年上なんだぞ!」

「年上だからといって尊敬に値するとは限らんだろう? そもそも私がここに来たのだって、お前よりさらに年上の魔女のせいだぞ」


帝国の過去が暴れだすぞ? 早く手を打て。と、やっとありつけた食事の最中に現れた魔女は平然と言ってのけた。


「うわっ、それ禁句だぞ! ヤバいだろ!」

「ヤバいも何も…。 現状を何とかしない限りそれもない」

「まぁ……………………そうだな」

ぼそりと呟いたリンデンにネヴァンは呆れた顔を向け。


そこに、ヴァォン。とアルブスの一鳴き。

「闇が思ったよりも早いです。引き揚げましょう」

同時にそう声を掛けてきたのはネヴァンが連れてきた男。

「ああ、わかった」

頷き、そしてまたリンデンを見る。


「お前今は行商してるんだろ? ならタランにも寄ればいい」

「何だよ、皇帝様のお墨付きでもくれるのか?」

「構わないぞ? それくらい」

「…………やっぱりいらない、めんどくさそうだし」

「ははっ。 なら、美味い酒が手に入ったら売り付けに来い。言い値で買ってやる」

楽しそうに笑うネヴァンに、リンデンは渋い顔で答える。

「……考えとく」


「まぁ何にせよ、全て終わった後だな」

ネヴァンはもう一度侵食されゆく草原を眺め、ゆっくりと見計らうように足元に浮かぶ陣。

消える直前に振り返り告げる。


「リンデン、楽しみに待ってるからな。

――死ぬなよ」


呼ばれたことに怪訝に顔を向けた男の顔は、あの戦火の中、最後に見た顔とは随分と違い穏やかで。


「……アンタもな」

届いた声は陣が展開された後。



タランへと戻った皇帝の姿を認め側近達が駆け寄る。

「何か変化は?」

「今のところは、しかしっ」

「執務室へ向かう。用件は歩きながら話せ」

「――はっ」


ネヴァンは今日も忙しく廊下を行く。でも今は口元に微かな笑みを浮かべて。



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