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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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4

「――で、お前は何を見た?」

何を知った?と、エルダは部屋の隅で壁に凭れる弟子を見る。


何も言わずに姿を消したキリアンがこの森にいるのは、皆の言う巨大なラーウとやらを見たらからだろう。だが闇雲にその深部へと向かおうとするのは?

漂う気配は確かにラーウのものであるのだが、そこに確実にラーウに関しての何かがあるという確証はない。


キリアンはエルダと視線を合わせたまま暫く無言で。やがて諦めたように瞳を伏せ口を開く。

「……ラーウの、魂の入った器とあの男を見つけた。 けど目の前で消え失せて直ぐにあのラーウを見た。そしてその後に湧いた闇」

「全部繋がりがあると?」

「あの器……ラーウは消える前に貴方に伝えてと言った。 声にはならなかったけど……」


『早く私を壊して』と。

そう口元は告げていたのだと言う。


次に起こるだろうことを予測してたんだろうと、キリアンは続ける。その言葉にエルダは頷く。

「なるほどな。そうか……あの子が核なのか」

「――核? 核って何だ?」

そう尋ねるのはリンデン。でもそれを遮ってキリアンは言う。

「あれは、ラーウだった。 体は違ってても記憶も全て……。だから…っ!」


言葉を詰まらせた弟子に、エルダは口の端を歪める。

「ああ――、わかってるさ。 だから核となり得たのだから」

皮肉なことに。


本当の肉体はエルダの監視下にあった。だがその魂は別だ。そしてそれが宿った肉体は膨大な魔力に寄って作られていたもの。スルトの手で精密に精巧に、全てを受け止められる器として。

ただそこで重要なのは魂の方。それがラーウであったこと。


「だから核ってなんなんだ!?」

焦れたように尋ねるリンデンに、エルダはため息を吐き答える。

「あんな濃い瘴気が突発的に発生するわけないだろ。瘴気なんて普通は目に見えずそこらに漂ってるだけだ。それが集まり重なり長い間に濃縮されてやっと微かに目に見えるもので、闇のようになるなどあり得ない」


何かが核として媒体とならない限りは。とエルダは言う。

「それがラーウちゃんだと言うのか?」

「だろうな」

エルダの即答にリンデンは眉をひそめる。

「何故……? ラーウちゃんなんだ…?」

「…………」

その答えは未だ明確ではなく、エルダは黙る。


そこそこ付き合いの長い男はその沈黙に何かを察したのか、「あー…」と誤魔化すように声をあげると、

「お前が言うのならそうなんだろうな」

ポリポリと頬を掻き呟く。


「……すまんな」

ぽそりと呟いたエルダに、何がだ。とリンデン笑い、そしてまた眉を寄せる。

「何にせよ、アレをどうにかしなきゃいけないってことだな?」

視線を窓の外、池の向こうまで迫ってきてる闇に向けてリンデンが言う。


施していた結界は越えたらしい、その瘴気の闇にエルダも視線を向ける。

だがまだ大丈夫だ。この池の内側にはそう易々と入ることは出来ないはずだから。

皆と暮らすこの家の、この場所の結界だけは長い年月をかけ幾重にも施したもの。簡単には破られるものではない。

ただ、それも時間の問題ではあるが。


迫る瘴気はゆっくりだが、その勢力は止まらない。それは実際ここだけでなくて。

まるで連動するかのように、各地にある瘴気が沸く場所も、同じくその濃度を濃くしている。


「取りあえずはこれ以上広がるのを止めるのが先決か?」

「――だろうな。先ほど間近で確認したがこの闇の中は無だ。 何も残らない」

誰にというわけでもないエルダの問い掛けに答えたのはアルブス。エルダは麗しい顔の男をチラリと眺め、それよりも尚完璧に整った男の顔を思い出す。この近づく闇のような深淵を纏う男を。


「『ならば全てを』か、………そういうことなのか…」


在るべき姿に。歪みを戻す為に。全てを無に還す。


だがそれは何に対してだ? 在るべき姿とは何だ?

この世界が正しき姿ではないとでもいうのか?



…………馬鹿らしい。いや、腹立たしい。


正しいか正しくないかなど、決めるのは今この世界で生きている者達だ。他者からどうこう言われる筋合いはないはずだ。


心の中で悪態をつくエルダに、今まで黙っていたカイディルが静かに問う。


「あの闇は……瘴気なのだな?」 

改めて確認するように。

「――ん? ああ、そうだが?」

苛立ちに気を取られて返事が遅れる。そんなエルダを深く青い瞳が見据え。

「ならば――、俺が使えるのではないか?」

「ん?」

「カイディル君!」


リンデンが声を被せる。

「駄目だ、それは危険だ! 君は普通の人間なんだよ、わかってるだろ!」

「なんだ? 何のことだ?」

急に声をあげたリンデンにエルダが怪訝に尋ね、それに答えるカイディル。


「俺は多分影響を受けない」

「――は?」

「だからその中心にもたどり着けると思う」

「カイディル君!!」


「――ちょっと待て」

再び声をあげたリンデンをエルダは低い声で制し、その声のまま告げる。


「どういうことだ? ちゃんと話せ」





「ふん…、そう言うことか」

二人とアルブスからの話を聞き、エルダは自らの顎に添えていた指を外し腕を組む。そして正面の男を見据える。

「……いいんだな?」

「構わない」

カイディルの瞳にブレはない。


「おい…、エルダ…っ」

「さっきからうるさいぞ、リンデン」

「だが――、」

まだ不服そうなリンデンを睨み、エルダは言う。

「決めたのも実行するのもこいつだ。他が口を出すな。それに、」

一度言葉を切り、再び視線を目の前に向ける。

「もしあの中心にラーウがいるとして、そしてそこにたどり着けるのはこいつだけだ。


……お前しかたどり着けないんだよ」


赤銅色の髪の青い瞳の男。今とは違う色かもしれない、けど女神に愛された男。

きっとその記憶はもうこの男にはない。だけど。


「それは…、どういう意味だ…?」

怪訝に尋ねるカイディルにエルダは答えない。

視界の端に俯くキリアンの姿が見える。

でも仕方ないことだ。瘴気の影響を受けない云々ではなく、()()()()()()()()()



ひとつ息を吐きエルダは言う。

「では動くぞ。――ラーウを取り戻す」



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