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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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2

「眠ったー?」

「うん……」

キリアンに握られていた手をそっと離した娘は、思い出したようにエルダを睨む。


「母さん、酷いし冷たいし最悪だよね」

「魔女としては中々の誉め言葉だな」

「うわー、サイテー」


子育てには慣れたと思っていたが、やはり他人の子供は言うほど可愛いとは思わないものだな。実際ラーウとも血が繋がっている訳ではないが。


ははは。と笑って、ベッドの上で蹲った格好で眠る少年の姿勢を直す、仰向けへと。

( 眠る顔はあどけないな )

先ほどは射殺すような目付きではあったが。


体を見れば相当酷い目にあったのだろう。色々と折れてるようだし。追われる状況では全ての人を疑ってかかるのは当然だ。

エルダは確認の為、キリアンのボロボロのシャツを捲る。

横で息をのむラーウの気配。


「何、これ…? ……酷い」


ラーウが言うのは、キリアンの胸に施されている枷。拳程の大きさの魔石が胸を覆う、それは正確に心臓の上に。


「これがこいつの魔力を吸い上げて、対になる魔石へと魔力を送る。そういう感じだね」

「取れるの?」

「誰に言ってんの?」エルダは鼻で笑う。


「今ほど母さんが魔女で良かったと思ったことはない! 今日の夕食頑張るよ!」

「は? 何か凄く複雑…」

思わず顔をしかめたエルダに、

「ありがとう、母さん」

ラーウは笑顔で言う。


それに釣られるように、エルダの表情も自然に綻ぶ。

( やはり、不思議な子だ… )

何か浄化魔法でも持ってるのだろうか?


先ほどのキリアンもラーウを目にした途端に、張り詰めていた緊張が解けた。瞳に宿っていた暗い影も。


まぁ、別にラーウが何であれ、愛しい娘には違いないのでどうでもいいが。


「今日はもう何もしないんでしょ?」

「そうだね、こいつが起きてちゃんと話しをしてからだね」

「そう、じゃあご飯つくるね、頑張るやつを!」


腕まくりで、意気込んでキッチンへと向かう娘を、

「あー…、ラーウ、ちょっと待って」

エルダが呼び止める。

ん?と振り返るラーウに、部屋の隅を差す。


そこには尾っぽも耳も垂れ下がったアルブス。その姿に。

同じように「あー…」と呟く娘。


非常に分かりやすいしょげ方だ。

さっきラーウに振りほどかれ落ち込んでいるのだろう。

わたしでさえ、やり合えばただではすまないだろう程の力ある幻獣のくせに。

まぁ、負けないけど。


ラーウは仕方ないとため息を吐く。

「アルブス、その姿なら手伝って。ご飯作るから。

一緒に食べるでしょ?」


途端に上がる尾っぽと耳。尾っぽなど既にブンブンと振られている。

だからさー、お前力ある幻獣なんだぞ?と、

目で訴えかけてみたが意味はなく。 

だってそもそもこっちすら見ていない。


立ち直った幻獣は、再びラーウに抱きつき、やはり怒られながらも一緒に台所に消えた。



別に娘の恋愛事情に口を挟むつもりはない。幻獣だろうが、妖精だろうが、エルフだろうが。好きならばそれでいい。

ただ、力ある者でなければならない。それは魔力を持った。そして、永き生を持った。

それが()()()()()()()()()()()


( そう言えば、こいつもその条件に当てはまるんだったな )

使()()()と思った理由とは別に。


膨大な魔力と長寿を持つ眠るエルフの少年にエルダは目を落とす。

その胸の上で心臓と同じ動きを刻む、深く赤い魔石。

( まぁ、そんなことより今は、この枷をどうにかすることが先かぁ )

外すことだけ考えればそんなに難しいことではない。


ただ気になるのは、

これは()()()()()()()()()()



術は、それを組んだ者自身の特徴が現れる。

この枷も同じ。仕様は誰でも同じだが、使う魔石と術の算式は、その術者それぞれで。


これはその本人のものではない。こんな劣化したものは。

だけどそれを教えた者は――。



エルダの顔に影が落ちる。歪む口元。

「……まだ、こんなことを続けているのか、お前は…」


遥か昔に決別した相手へと向けた言葉。

届かないと分かっていても。


「失ったものは戻りはしないと言っただろう……」


でも今更だ。今更なのだ。

わたし自身も手を離してしまったのだから。



エルダは小さく首を振る。


「……らしくないな」

自嘲気味に笑って。


切り離した過去に拘るのは馬鹿らしい。

だけど、術を解くことで捨てた過去が再び色を持つのも避けたい。


「――ん? あれ、なかなかに難しくない?」


うーん…。と唸るエルダ。

キッチンからケモ耳男が顔を出す。無駄に整った顔を。

「おい、魔女。そろそろ用意が済むぞ」

「……………」 


黒い瞳と、赤い瞳が合った。瞬間――。

何かを察したのか白い毛並…いや髪が、ブワッと逆立つ。

ニマリと笑う魔女。


「断る!」

「まだ何も言っていない」

「聞きたくないから、断る!」

「ただ魔力があるだけじゃ、持ち腐れだぞー」

「お前はもう喋るな!」


聞かない為にか、耳をペタンと伏せたまま、アルブスはキッチンへと逃げた。


( 別にわたしが解く必要ないもんな )

アルブスなら魔力も充分あるわけだし?


「おーい、アルブス、ワンちゃーん。

ちょっとお話ししよーかー?」


知らぬ者が見れば、陶酔するだろう妖艶な笑みを刻み、魔女(エルダ)は逃げた獲物(アルブス)を追った。



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