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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
69/81

3

( ラーウ、ラーウ、ラーウ……っ! )


キリアンの頭の中を占めるのはただそれだけ。先ほど足止めされたことの苛立たしさなど既に忘れた。

道端にある石と同じ、どうでもいいものに感情を割く必要はない。


だけど常に沸き起こる苛立ち。それは自分に、その愚かさに向けての。

直ぐ近くにあったのにまた失った。

その存在はいつも自分の手をあっさりすり抜ける。捕まえ、囲い、閉じ込めても、きっとそれは同じ。


そしてその心は、自分でない男へと向かう。


( …………ラーウ………っ!! )


こんなに大切なのに、愛しているのに。


それが返されないことを知っている。

でも、一度失った心の空洞にきっちりと嵌まりこんだ想いは今さら外せない。外すつもりもない。

絶望と失望で押し潰されていた自分に、温もりをくれた君の、………側にいると決めた。


愛でなくてもいい、返されなくてもいい。ただ側に、―――ずっと。




障壁で周囲を遮断し闇の深部へと向かう。それでも闇は僅かな隙間から触手を伸ばすようにキリアンを侵食しようとする。

それを断ちながら見えない先を目指すも埒があかない。闇は囁く。


( 諦めろ。諦めたらどうだ )

( 叶わない。無駄なこと。報われない )

( どうせ全ては終わる。足掻くのはよせ )

( さぁ、お前も一緒に、――さぁ )

巻き込まれた人々の負の想いが闇を助長する。


( 本当は愛して欲しいのだろう? )

( 滑稽だな。まるで道化だ )

( 二人を祝福出来るとでも? )

( 苦しみでのたうち回るだけなのに )

その声はいつしか自分のものへと変わり、的確に傷を抉る。


――うるさい!

うるさい、うるさいっ!

邪魔をするな、まやかしがっ!


( ははは、酷いな? これはお前の本心だというのに )

( 二人を祝福出来るとでも? …出来るわけがない。 お前はまた自らの手で胸に枷を負うのだ )

( 苦しいだろ? 辛いだろ? なぁ、楽になりたくはないか? )


耳をふさいでも響く声に、疎かになってゆく障壁。纏わりつく闇は着実に、そしてゆっくりとキリアンを蝕んでゆく。


(ゆだ)ねろ。と、甘く、甘く囁く。





ふいに闇が引き、飛び込んできた声。



「―――何をやってるんだ!! お前は!」


その声には呆れと怒りが混ざる。


キリアンは一瞬身構えるが、そこに見たのは馴染みのある男の姿。今は狼ではなく、気にくわない人型で。


嫌みなほど整った男の顔に視線をあてキリアンは口を開く。

「………何しに来た」

お前も俺を嘲りに来たのか?と、思わず皮肉が零れそうになり無理やり飲み込む。


そんなキリアンを眺め男は――、アルブスは何か言おうとし、でも一旦口を閉じると今度はため息と共に言う。

「……一度戻れ、魔女が呼んでる」

「断る選択肢は?」

「今それを選ぶことに何のメリットがある?」

逆に問われ黙る。

この男の言うとおりだ。先ほど既に闇に飲まれようとしていた自分に、それを打開する次の手はない。このまま一人突っ込んで行こうと結果は同じ。


「………ないな」

小さく呟いたキリアンにアルブスは頷き、

「もう探す必要はないのだから。一度仕切り直してからで構わないだろう」

と、赤い瞳が一旦引いた闇を、その深部を見据えるように細められる。



彼方に見えた巨大な女の姿はラーウだった。

それが消えた後に流れ出た闇の、その中に漂う気配に間違いはない。

そして場所は『黒き森』。なら全てはやはり繋がる。


深く息を吸い、吐く。

「―――戻る」

そう短く告げて。キリアンは跳ぶ。

ラーウとの、愛しい少女との思い出が数多く詰まった家へと。









──‥──‥──‥──‥──





砂漠の魔女は自国へと引き揚げた。

自分の愛するものを最優先にする。それは当たり前のことで。

エルダもその為の根回しを幾つか終えたのち、残る二人に向き合う。


「空に巨大なラーウね……」

我が娘ながらスケールの大きいことだ。と率直な感想を述べれば、リンデンに真顔で「笑えない」と言われる。別に冗談で言ったわけではないのだが。


それにしても――。

さて、どうしたものか?とエルダは顎に手を添える。


あの濃い瘴気の闇は中々に厄介だ。エルダでさえ長く触れない方が良いと感じる。出来れば避けろと。

力あるものなら尚更 闇はそれを取り込もうとする。自らの力へと変換する為。

そして性質上、特に負の感情を持つ者は付け入られ安い。


バカ弟子がまんまそれなので、近くに感じた気配に、アルブスに迎えに行かせた。もう暫くすれば戻ってくるだろう。

あいつからの話も後で聞くとして。


「…ホント、どうしたものかな……?」

先ほど思ったことを今度は口に出して。エルダはカイディルを見る。


「おいおい、カイディル君は人間だからな。あまり無茶は言うなよ?」


それに何か不穏なものでも感じたのか、リンデンが釘指すように言うので、

「本人が役に立ちたいって言ってるのだから。多少の無茶は許容範囲だろう、――なぁ?」と、その本人(カイディル)に問う。


問われたカイディル(本人)は僅かに眉間にシワを寄せて。

「………………………多少であれば」

微妙な間を開け答える。


そしてまたすかさず付け足すリンデン。

「お前の中の許容範囲と一般の許容範囲はかけ離れていると思う」

「わたしだって一般的な常識くらい理解してるぞ?」

「…………」

「…………」

二人して黙るとは失敬な。



そこに――。気配と共に玄関で声がする。


「戻ったぞ」

部屋に入って来たアルブス。その後ろに続いたバカ弟子(キリアン)は、エルダの前に座るカイディルを目に止めその目差しを鋭くする。


一瞬で落ちた部屋の温度に。でもエルダが口を出すより早く、キリアンは視線を逸らし壁際へと向かった。


その反対の敵意を向けられた方を見やれば、目が合ったカイディルは曖昧な表情で軽く頷く。

何の肯定なんだ?と、エルダは呆れ半分の苦笑。


わたしの知らないとこで何かしらの変化があったのだろう。カイディルの言葉の端々にもそれは感じ取れた。

でも決めたのはラーウで、今となってはエルダ()が口を出すべきではない。

いや、きっと出せやしない。フレイが言っていた言葉通り、カイディルが『女神に愛された人間』であるなら。



だがしかし――、()()であるのだ。


時の流れは等しくとも、平等には刻まない。



「……ったく、どうなんだろうな…」


また同じセリフを口にして、エルダは盛大なため息を吐いた。



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