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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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終わる世界の始まり 1

何か酷く不快な胸のざわめきにエルダは瞳を開けた。

台座の前に置いた椅子に腰かけるエルダは、家には帰らず相変わらず氷室に居る。

どうせ戻っても今は誰も居ないのだから。


ノルンが亡くなりスルトと訣別してからは、長い間 独り森で暮らしていた。

だけどラーウを見つけてからは、アルブス、キリアンと。自分の周りは賑やかとなりそれが当たり前となっていた。


「………本当に、様々だな…」

フッと口の端に小さく笑みを浮かべ、エルダは目の前に眠るラーウを眺める。

エルダの胸騒ぎの一番の原因となりうる少女は未だ瞳を閉ざし横たわっている。その状態に変化はない。なのに胸のざわめきが治まることはない。

エルダは宙に黒い瞳を向け、

「フレイ、聞こえてるだろう?」と、闇色の男を呼ぶ。


男の名を知ってから、その存在を認識出来るようになった。

それは直ぐ近くに常に存在する(ある)。どの場に居てもどんな状況でも。この世界を包む、まるで空気のように当たり前に。


エルダの正面、氷室の一画が歪む。


『私を呼び出せるのはお前くらいだな』


感情のこもらない静かな声が降る。

その完璧に整った顔は、見ようによっては怒っているようにも見え、男はそれに拍車を掛ける無表情で現れた。だけどエルダは気にすることなく しれっと言う。


「わたしに名を教えてくれたのは貴方だ」

名前は形のない物にもその存在を知らしめるもの。男は片眉だけ微かに上げて。

『だからと言って誰でも出来るものではない。 もし安易にそれが出来てしまえば世界の本質は混乱し瓦解する。そして何れ全てが崩壊するだろう。

……私達はそういう存在だ』


珍しく饒舌に、そして皮肉を込め。そう言い放てる存在である男は眠る少女へと視線を落とす。その深淵の瞳に浮かぶのは、何故か憐憫。

ラーウに向ける眼差しに、それは珍しいなと思いつつ、

( ……私達、ね…… )

と、心の中で復唱し苦く笑う。

では、その告げられた人称に含まれる相手とは。


決定的な言葉は聞いていない。けれど話の流れに朧気ながらもたどり着いた答え。

だが口にはしない。そうすれば全てが決まってしまうから。推測のうちに留まればラーウは庇護すべき存在、エルダにとっては可愛い娘のままなのだから。



呼び出したことの用件を問わないままの男に、エルダは小さく嘆息し口を開く。

「何かが、…起こっているのだろう?」


『――何か、か……』

返される呟きは低く、微かに籠る。

『……簡潔に言えば揺り返しか。 物事が在るべき姿に戻ろうとする』

「在るべき姿?」

『何処から何処までがそれによる歪みなのかはもうわからない。ならば全てを――。

……と、言うことなのだろうな』


「………………今日はやけに饒舌だが、相変わらず意味がわからん」

それと自分の胸騒ぎの元との繋がりが全く見えない。

眉間にシワを寄せたエルダをチラリと一瞥し、男は僅かに口の端を上げる。


『私がここに居よう』

「―――は?」

『見に行けばいい、お前自身の目で』 

「……………」


この男のラーウに関してのことは信用出来る。ただ、何か誘導されているような不愉快感に更に顔をしかめる。

かといってその提案は実際現状では有りがたく、エルダはため息ひとつ落とし席を立った。


さっさと外の様子を確認しようと地底から地上を目指す。だけど自分の施した結界を抜けようとして身を弾かれた。

「――――!?」


( …………は…? どういうことだ…? )


人の目には見えないだろう透明な膜、目の前に見て改めてゆっくりと指先を伸ばす。しかし今度は何ら干渉することもなく。

ただ――、その先に広がる闇に思わず手を引く。


魔女であるエルダが闇に恐怖を覚えることなどない。なのに。

( …これは、何だ…? ………何が… )

―――あると言うのか?


直感が、本能が、その先へ行くなと言っている。


「―――くそっ!」

エルダは小さく悪態をつくと元来た道を引き返す。

氷室に作った座標から一旦家に戻る為に。


こちらのルートも使えるのかわからないが、あの男が、フレイが自らの目で見ろと言ったのだ、なら道は閉ざされてはいないはずだ。

現に戻って来たエルダを前に、その理由もわかっているだろう、だけどフレイは何も言わず一瞥しただけで。


あの、弾き返された時に一瞬この男の存在を強く感じた。 干渉出来ないと言っていたのに。

( あくまでも自らは何も教えるつもりはないようだなっ! )

エルダは忌々しげに舌打ちをして片隅にある座標を踏んだ。

 



 


「―――エルダ!」

問題なく我が家の入り口へと跳んだエルダに、見計らったように声を掛けて来たのは金髪の魔女。


「……何でここに?」

砂漠から出ることのない女がここにいることに不思議に思い尋ねれば、魔女は形の良い鼻にシワを寄せる。

「だってー、お宅のワンちゃんがこの人数は跳ばせないって言うから!」

「――ああ、なるほど」

エルダが頷けば、長い爪先で指差された見目麗しい男は不満げに、


「俺は犬ではない」

「んー? じゃあ、狼ちゃん? ……やだっ、何かエロいっ」

「はっ!? 駄犬だ、駄犬。それで十分」

「だから犬ではないとっ」

「そうよね、今は人型だしー。じゃあ……、お宅の男? やだぁー、尚更エローい!」

「気持ち悪いこと言うな!」

「……………」


あら?と口を押さえる魔女と、自らの粟立つ腕を擦る魔女、それと呆れ口を出すのを止めた秀麗な男。そこにため息と共に掛かる声。


「あのさー…、そんなことよりさっさと本題に入らないか?」

眉根をハの字にリンデンが言う。その後ろにいるカイディルは何とも言えない表情で。


「見えてないのか、敢えて見えない振りをしてるのかは知らないが…。 どうすんだ?」


リンデンの問いに、言うように敢えて逸らしていた焦点を森へと向ける。

ここに来た瞬間にわかった。漂う感覚はさっきと同じ。目視ではまだ捉えていないが黒い闇がゆっくりとこちらへと伸びてくる。

濃厚になった気配の、その中に混ざり感じるものも。


「……取り戻す以外の選択肢なんて、わたしにはないさ」


それはラーウの。愛しい娘の。


胸騒ぎの原因に納得せざるを得ない。

だがまだ、その体は自分の元にある。



「――ラーウに、…会ったんだ」


ポソリと聞こえた声にカイディルに視線を向ける。

「体は透けていたし声も聞こえなかったが、あれがラーウの心だったんだろう? …すまない、引き留められなかった」

エルダが見つめる先、俯き伏せられる顔。


やはりあの子はこの男を求めるのか。と、それは当然のことかとどこか納得して。


「お前は……、あの子の為にどこまで出来る?」

静かなエルダの問いに、カイディルは微かに肩を揺らし顔を上げる。そして、

「……わからない」と一度言葉を切る。

でも、青い瞳は揺れながらもエルダを見つめたまま。


「わからないが、何も出来ないままでいるのは嫌だ。だから、俺で何か役に立つことがあるのなら使ってくれて構わない」

「命を掛けれるとでも?」

「命は――、……出来れば遠慮したい」

「ふーん?」

一瞬鼻白んだように眇られた瞳が、続いた言葉に微かに見開く。


「俺は……、この全部が片付いた後ラーウが俺を呼び、そして笑う顔が見たいんだ。だから()()()()死ぬわけにはいかない」


「…………………ハハッ!」

思わず漏れた笑い。

「おい、贅沢だな。人間の分際で」


両口の端が綺麗に弧を描く。それは美しくも剣呑な。だけど怯むことのないカイディルの青い瞳を見返しエルダは口を開く。


「……だが悪くない。 望み通り存分に役に立ってもらうぞ」



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