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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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白く咲く花 1

「――ねぇ、フレイ。また駄目だったわ。

全ての条件を揃えて、忠実に同じように再現したはずなのに……。

彼はいない……、何処にも…」


聞き手である黒い闇のような男とは対照的に、白い――、全てが白い少女は虚ろな瞳でそう言う。

今二人がいるのは何もない世界。かつては文明というものが栄えていたであろう世界。


今は何もない。砂のような大地に暗く混沌に渦巻く空。壊れた世界。 


「もう私は力も、その意志も渇れ果ててしまった。だからこれで最後。最後に、彼が存在していたこの世界と新たに作った世界を一つにするわ。

そして次は私も…その世界に降りる」

「―――そうか」

答えて、フレイはただ静かに白い少女を見る。


虚ろだった瞳に惜別を滲ませて、

「………ごめんなさい」と小さく呟いた少女は、男へと手を差し伸べ、ぎゅっと体を抱く。

「出会えるまで時を止め何度でも繰り返すわ。()という記憶が邪魔になるならそれも消す。だから――、

……きっと私は貴方を忘れる」

抱きしめる腕に力がこもる。

「ごめんなさい、フレイ」

今度ははっきりと、少女は同じ言葉を繰り返した。


その背へとフレイは腕を回す。

二つに分かたれた者。だけど愛おしく何よりも大切な者。


「お前が幸せになれるならそれでいい。

どうか幸せに、――フレイヤ」









──‥──‥──‥──‥──





砂を含んだ風に、外套で顔を庇う。

何処までも広がる砂の世界、ここはハラーラにある大砂漠。見渡す限りは砂に覆われ、いつかどこか見た景色だとノルンは再び顔を上げた。


「―――どうかした?」

立ち止まったノルンに掛かる声。同じ外套を被ったスルトがこちらを見る。


「何だか見たことあるような風景な気がして」

答えるノルンに、スルトも広がる砂漠に目を向けるが、眩しい日差しの照り返しに顔をしかめて。

「やはり日中は厳しいな。ノルン、日が落ちるのを待とう」

「え、でも暗くなっても探せるの?」

ノルンは首を傾げる。


今探そうとしているのは砂漠に咲く砂の花。今二人は旅の途中。この前は極北で光のカーテンを見て来た。暗い夜の空に虹色に輝く光は言葉に出来ない程とても美しい光景だった。

あれは暗いからこそ堪能出来たが、探すのなら明るい方がいいだろう。夜の精霊は探し物は得意ではないし。


「私達に、夜の闇など関係ないだろ?」

少し呆れたようなスルトの声に、ハッと思考の中から戻る。

――そうだった。

「そう、だよね…」

わたしは魔女だ。闇に阻まれることなどない。夜だろうと日中と同じように生活出来る。精霊の力など借りなくとも。

それに、そもそも()()()は精霊と契約もしていない。


では、今の思考は何処から来たものなのか。

更に首を傾げたノルンに、スルトは薄く笑みを乗せ、

「そうだよ、君は魔女だ。人間ではないのだから」

どこか言い聞かせるような声に。それはわたしにかと思ったが、スルトはわたしを見ているようで、でも遠く。

「スルト?」

名を呼べば、一度瞳を瞬かせる。そして改めてノルンの視線を受けると。


「日が落ちるまで街でも散策しようか?」

その提案に、ノルンは一も二もなく頷いた。






砂漠に点在するオアシス都市。思っていたより規模も大きく活気があり、二人は自身の纏う色を変えそぞろに街を行く。


「楽しそうだね」

スルトの声に、ノルンはキョロキョロと回していた首を止め男を見上げる。

「うん、楽しい。人間って凄いよね、元からは想像も出来ないような綺麗な物を産み出せるって」


そう言ってノルンが指差すのはさらさらとした光沢のある美しい布が並ぶ露店。その糸は虫の繭から取れると言う。

食べ物でさえ口に入れば同じなのに蝶や花に華やかに飾り切りされ、廃材のような木っ端は細かく刻まれ、再び組まれれば繊細な調度品となる。

人の生はわたし達から見れば短い。だけど新たに産まれる生の回転は速く、その手から生み出される物の数は膨大だ。

必要なものはより使いやすく、美しいものはより美しく。常に変化し進化する。それはきっと人間だから為せること。


だけどそんなノルンの感慨は、スルトの同意を得られないらしく冷たい声が響く。

「美しく綺麗な物を作ろうとも、その者の心がそうだとは限らないさ」

スルトは感情の見えない黒と金の瞳で言う。

「スルトは、人が嫌いなの?」

「嫌い……か。 憎しみと憎悪しかなかった人間達は国と共に滅んだよ。多少の例外はあれどもう人には関心などない。だけど人間を信用することも出来ない」

「………そう」

わたしの知らない過去に何かあったのだろう。瞳に滲んだ僅かな翳りに、ノルンは話題を変えようと慌てて近場の店へと向かう。


「スルトここ入ろう、ほら!」

気分転換の来たのにダメじゃない!と、

取り合えず適当に入った店には石の欠片が沢山並んでいた。


店の奥から「いらっしゃい」と声を掛けてきた店主のおじさんに話を聞くと、様々な石を扱う鉱石屋なのだと言う。

「宝石や魔石もあるが、主にそこまで値の張らない鉱石を装飾品や置物に加工して売ってるんだよ」

「へぇー」と頷きノルンは丸く加工された石の粒を摘まむ。スルトは入り口付近で腕を組みこちらを見たままで、会話に加わる気はなさそうだ。

邪魔する気もないようなのでノルンは店主との会話を続ける。


「いろんな色があるね」

「その石の種類ごとに意味があるんだよ。君の持っているのは藍晶石と言ってね、精神を成長させる力を持つって言われてる」

「ふーん…?」


ノルンが真っ先に摘まみ手のひらで転がしたのは深く青い夜空のような石。何故だかその色に心引かれ手に取ったが、そこに付け加えられた意味に余り興味がなくまた元へと戻す。

次に手に取ったのは先程のものより随分と大きい五センチ程の透明な球体。

 

「これは水晶だね」

「そうだよ、浄化の要素がある。それと真実を映すとも言われる」

「真実?」

「占いや(まじな)いにも使われているだろ? 映す人の真実が見えるらしいよ」

そう言ってちょっと笑う。

占いや呪いは魔女の得意とするもの。だけど別に水晶など使わない。店主が言うのは辻占い師。魔術師より更に魔力の乏しい、人によっては魔女に扮する詐欺師紛いの。


少し憮然とした表情でノルンは水晶を指先に摘まみ視線の高さまで上げる。

真実を映すというならそうでなければならないが、そこに映るのは見慣れない顔の少女。

色だけでなく、ノルンとスルトは今姿も多少変えている。見目の良さは人に違和感を与えてしまうから。


水晶に映る人間らしい姿の自分を見つめていれば、僅かにそれが揺らいだ。

( …………ん? )


茶色い髪茶色い瞳の人間(少女)が、黒髪の黒と灰のオッドアイの魔女(少女)へと変わる。それは本来のノルンの姿、真実の姿なのに。


その黒色は全て抜け去り、白髪の灰白色の瞳の少女へと変わる。


( 誰、これ……? )

さらりと落ちるノルンの黒髪とは違いふわふわ跳ねた柔らかそうな髪。少し垂れ気味の大きな瞳は心持ち目尻が上がった自分とは真逆だ。

色もさることながら整った顔は人間とは違う気はする。そして、知らない顔のはずなのに、何故か見慣れたような感じもして。

思わず見入っていれば、その姿がまた揺らいだ。

( またなの!? )


ただし今度は大きな変化はなく。その白い少女が幾つか歳を重ねた姿。幾分か大人びた顔と揺れる長い髪、その色彩は少女の時と同じく。


―――ああ、そうか。

そうなのかと。


()の中の何が頷いた。



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