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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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魔女と闇色の男

『黒き森』に兵を向かわすと言った馬鹿に直ぐにでも話をつけてやろうと思ったのだが、ラドラグルの皇帝がやたら切実に止めるので仕方なしに森へと戻った。


だが良く考えれば。

ラーウの体は氷室にいる。あそこにたどり着ける者など数える程しか居らず。そしてそこにわたしが居る限りその者達であっても近づくなどの愚行は侵さないだろう。ましてや人の身では尚更。

しかもカイディルとアルブスは今森を離れていて、馬鹿弟子は絶賛家出中だ。


なら、別にそこまで森を守る必要もなくないか?

ヤツらなぞ勝手に自滅するんじゃないか?

化け物共と勝手にやり合おうがわたしの知ったこっちゃないのだし。

と、そう思った。


動物達は敏感で、人の気配で勝手に逃げるだろう。森とて少々荒れようが時と共に何れ回復する。人間の手でどうこう出来るものではない。

( ……そうだな、よっぽどの事がない限り放っておこう。うん、そうしよう! )

なので一応我が家の周りに多重の結界を張りとっとと氷室に向かった。





「…………完全に閉じるのは考えものか…?」

憮然とした表情でエルダは言う。


氷室へと行けば、そこにはまた闇色の男がいた。


ラーウの側で慈しむように少女を見下ろし、

『あの子は見つかりそうか?』と、こちらに顔を上げることなく尋ねる。


「そんなに早く見つかれば苦労はないっ」

エルダは近づき、ついっと腕を振り氷の椅子を作り出すと台座の横に置き座る。

ラーウを挟み向き合うように男を見て。

「貴方こそ本当は居場所を知っているのだろう? それこそ教えて欲しいくらいだ」

ぼやく声に、だが男はやはり顔を上げず。エルダはため息ひとつ。

「この世界には干渉出来ない、ね…」


元から答えを期待していた訳でもなく。エルダは男が前に口にした言葉を呟き、ふんぞり返るように目の前の男を見る。


「――ところで、貴方の名前を伺っても?」

男がやっと視線を上げる。

『それに何の必要が?』

「必要ではないが、貴方はわたしの名を知っていて、わたしは知らない。それが不満だ」

名を尋ねている割には尊大な態度。でもこちらを見る男の表情は変わらない。そして答える。

『………フレイだ』


その名にエルダは目を細める。

「フレイ……ね。女神様の対なる名か…」


教会が信奉する、この世界を作ったとされる女神フレイヤ。その対となる存在フレイ。 

創造と再生を司る女神とは違い、終焉と混沌を与えるフレイは教会においては悪とされる存在。だがエルダにとってそんなことはどうでもいいこと。

エルダは聞けなかった答えをまた尋ねる。

「ではフレイ、貴方はラーウの何なのだ?」


フレイは微かに口元を上げ、『魔女よ、お前と同じだ』と。


『私はあの子を大切に思う存在。ただそれだけだ』

「そういうことを聞きたかった訳ではないのだが?」

苦く呟くエルダに、沈黙するかと思った闇色の男はまた口を開き。

『……ふむ、それ以外何か必要か?

あの子…ラーウとお前の関係もそうであろう。母であり子であるというのはただの便宜上のもの。

かつて共にいた人間の少女の関係と同じく』

「―――――!」


エルダは片手をゆっくりと持ち上げ自らの視界を覆い、そして深く嘆息する。

「……………まぁ、知っていて当たり前なのか…」


何が当たり前なのか自分でもきちんと理解出来ていないが、この男は理から外れた存在だ。それは間違いなく。それならばラーウは……。


『そして魔女よ、あの少女の魂は既に巡る流れの中に戻った』

男の声にエルダは頷く。

「………だろうな。知っている」

その意味は言うまでもなく。

失ってしまった人の魂は例え肉体を戻そうと二度とは戻らない。そんなこと分かっている、スルトも分かっているはずだ。


金色の髪に金色の瞳の少女。

まだ赤子であったノルンは崖下に落ちていた馬車の、たった一人の生存者。たまたま通り掛かりその泣き叫ぶ声を耳にした。

捨て置くことも出来たが、その余りにも必死な泣き声に、生きる意志に、思わず手を差し伸べてしまった。

ついでにどうしていいか分からずにスルトを巻き込んだ。言うならば元凶はわたしなのだ。


『あの仮初めの器は本当にただの器でしかない』

「それも知っているさ……」

エルダの中にある微かな躊躇いを察してか、ノルンはもう居ないのだと念押すようにフレイは言う。


救った子は人間で、痛ましい事故の被害者だと人の手に返そうとしたが、

その赤子の存在自体が事故の原因であるのだとわかった。

その国にとっては喜ばしいことであり、だけどそれは既に遅く。あの時点においては喜ばれることのなくなった存在。


子無き王の、皇太子と立った王弟。病弱であった王を助け磐石な地位を着々と築き、国を安定させていった中で降って湧いた新たな後継者。現王の子として突如現れた赤子。

女子とは言えどその継承権は第一位。担ぎ上げる者、それを良しと思わない者、現状を見据え思案する者。

様々に飛び交った思惑。その最中に起こった事故。


エルダが託そうとした者は憂える現状を考慮出来、尚且つ公正を持ちうる中立の者であったが、その者でさえ、その赤子の存在は無いままの方が良いと言った。

国を乱す存在にしかならないだろうと。


人間であるはずなのに、人間外(わたし達)のように厭われた人間(ノルン)を。だから引き取り育てようと思った。



エルダは指の隙間から闇色の男を見て。

「……便宜上と貴方は言ったが、言葉は魔術と同じくやはり力だ。関係性に名を付けるだけでそれは更に強固なものになる、その想いも」


ノルンは人間で何れ人間社会に戻さなければならない。その為に『家族』と言う(かたち)で人の群れに紛れた。

わたしは母という立場で、年月に応じて適当に姿を合わせ、そしてスルトは。


父であり、兄であり、そして――、

最後に選んだ立場が、今スルトを苦しめている。

「本当に…。便宜上だと、そう片付けられたら良かったんだろうな、きっと」


そしてエルダは小さく呟く。

「ノルンの、最期を…?」


フレイは微かに瞳を細める。何かを思い出すように。

『白く小さく、穏やかな光だった』

「………………そうか」

告げられた言葉に視界を塞いでいた手を外し、瞳をラーウへと向ける。今、自分が大切に思う少女に。


今度は失う訳にはいかない。

( それはアイツにとっても同じだろうが )


「ああ、そう言えば――、」と、エルダは言う。

「カイディルが…あの人間が生きていたが。……当然、それも知っていたのだろ?」

小さく皮肉を込めて尋ねるが、フレイは微かに口元を緩めただけで何も言わない。


瞳を眇め「……ふん」と鼻を鳴らす。そしてついでのように。

「ったく…、一体何なんだカイディル(アイツ)はっ」

どうせ答えなど返らないだろうと投げ遣りに言葉を放れば、返される返事。


『あれは女神に愛された、ただの人間だ』


「――――!?


………待て、それはどういう―――、あっ!? おいっ!!」

闇色の男の体が軋み揺らぐ。


「おいっ、ちょっと!?」

フレイはエルダを見て、そしてラーウを眺め笑みを刻む。そしてゆっくりと、エルダの目前で霞み消えた。


人の作ったテリトリーに勝手に現れては消える男。しかも。

「………毎回言い逃げとは酷くないか…?」

片手を自らの髪に突っ込み、魔女は一人ため息と共に呟いた。



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