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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
55/81

6

地上へと戻った二人に、入り口に立つリンデンが声を掛ける。

「あれ?どうしたんだアルブスその姿は?

………………って、――おい…っ!?」 

人型となったアルブスを見て。そしてその後ろから続いた男の姿に。


「何でアンタがこんな所にいる!?」

「やあ! 久しぶりだな、リンデン」

驚くエルフの男に、朗らかに言うのは皇帝ネヴァン。

どうやら知り合いらしい。


「……リンデン?」

知っているのか?と視線を向ければ、リンデンは「あー…」という顔をして。

「昔の…顔見知り的な…?」

「ひどいなー、共に死地を乗り越えた仲じゃないか?」

「そんな覚えはない!」

心外だとばかりの意見はリンデンに速攻で否定され、ネヴァンはアハハと笑う。


「偵察に飛ばした()で見知った顔を見つけたのでな、挨拶に来た」

「―――ちっ!」

あからさまに大きく舌打ちをしたリンデンはアルブスを睨む。だけどアルブスは麗しく涼しい顔で。

()()()いただけだったのでそのままにした」

気付いていたが放置したということか。


ネヴァンに対するリンデンの言動に、部屋の隅に控える護衛の兵士達はギリギリとした目を向け、カイディルが知ってるよりも大分粗野になった感じのエルフの男は、「はぁ…」とため息を漏らす。


「エルダからタラニスと聞いて微妙ではあったけど、何で本当にここにいるんだよ…」

「ちょっと用事があったからな。それよりリンデン、お前魔女殿と知り合いだったのだな」

「……そうだよ。アンタよりずっと昔からのな」

「ふーん」と興味深げな顔。リンデンは眉を寄せ、男が何か言い出す前に自らが先に切り出す。

「――で、皇帝殿の用事ってのは?」


まだ何か言いたげではあったが、「まぁ、今はいいか」とネヴァンは言い、くるりと方向転換すると登って来た階段横に立つ。

それは先ほどアルブスが居た場所と同じ。

カイディルはチラリとアルブスを見るが、麗しい顔の男は何の反応もない。


「この地を教えはしたがそれだけでは不憫だと思ってな、来てやった訳だ」

フフンと()()()()()偉そうな物言いで、ネヴァンは胸元から鎖に繋げたペンダントらしき物を取り出し握り締める。そして共に連れて来た魔術師に視線で合図を送った。


男が何か呟くと、ネヴァンの握った拳に青い魔法陣が浮かび、その足元にも同様の陣が描かれた。

ネヴァンはそれを確認してからその場を退く。

視線の元、ゆっくりと消えてゆく陣の下から現れたのは、また別の、地下へと降りる階段。


「……閉じては、いなかったか……」

何か感慨深げに呟いたネヴァンはこちらを振り返る。

「もう何も残ってないだろうが、スルトはここの地下にいた」

「こんなとこに……って、うわっー…。 凄い魔力の残滓だな、アンタ平気なのか?」


元の階段横に新たに開いた四角い穴。そこから漏れ出る瘴気に顔をしかめたリンデンは、その直ぐ側に平気な様子で立つ皇帝を見る。


それにネヴァンは呆れた顔で。

「そもそもタラニス(この地)に来るのに何の対策もしてない方がおかしくないか?」

「―――ぐっ…」

「その通りだな」

アルブスが頷く。

タラニスは多くの血が流された戦場であり、其処かしこから瘴気が沸く地だとリンデン自身が言っていた。


誤魔化すように、リンデンは急に加わった声に顔を向け。

「そう言えばっ! アルブス、ここに何かあるの気付いてただろ!」

言われたアルブスは、だけど先ほどカイディルが見たままの麗しい顔で。

「何か違和感を感じてもそれが何か分からなかったので言わなかっただけだ」

「だけだ、って…」

でも何か言うだろ普通…。とリンデンは肩を落とす。

その不毛な言い争いはまだ続きそうであったので、カイディルは一人先に、新たに現れた階段へと足を向けた。



「――あ、おい君、そこはっ」

「あー、大丈夫大丈夫。カイディル君は平気だから」

「お前と違ってちゃんと対策済みか?」

「また蒸し返すのかそれ!」


聞こえてくるエルフの男と皇帝の会話を聞きながらカイディルは今度は螺旋状の階段を降りる。

階段内は薄暗く、降りるにつれ更に暗くなった。

目が慣れてくれば階段に埋め込まれた光石が残留魔力に反応して微かに光っているのが分かるが、だがそれも乏しく、暗闇に落ちて行くような感覚。

その闇の中でカイディルが反芻するのは先ほどのネヴァンの言葉。


『全てを失い何もかも無くした君は、

それで、何を望み何を選ぶ?』



男が言った通りカイディルは、自分のおける立場も持ちうる権力も大して欲してはいなかった。

父と祖父の諍いも、時折漏れる母の悲しげなため息もそれを助長し、中心から離れ軍隊に身を置いてからは、末端の暮しの中では権力など関係なくとも人々は生きていけるという現実を知った。寧ろ中央の権力が届かない僻地の方が長閑で幸せそうであった。

だからミネリアと父親に子が出来れば、燻りは消えなくとも納得して、自分は背負う名を捨て市井に生きようと幾度考えたこともある。


たがそんな全ても無くなった。

そう失った。


( ………いや、違うな )

男の言を借りれば、それ以前に自らが捨てたのだ。どれだけ言い訳や綺麗事を並べようとも。それは自分でも認めていたはずなのに。


その時から既に自分は背負う名を持たないカイディルでありそれでしかない。

きっとあの()()などカイディルが持つ名も知らないだろうし興味もないだろう。

少女にとってはカイディルはカイディルであり、だだの『カイ』だ。


だけどそれでいい、()()()()()



またもや自分の思考の中に勝手に浮かんだ姿に、もはや苦笑しかない。取り繕うことを止めれば答えは簡単に見えてくるものだ。

そんなことをつらつらと考えていたら、永遠に続くかのように思われた階段は床へとたどり着いた。


気配に反応したのか辺りに明かりが灯る。

そこは石を削ったような開けた部屋で、目を引くのは中央にある石造りの囲いような窪み。水の枯れた泉か、湯でも張れば風呂とも取れるもの。それ以外は片隅に置かれた椅子や机、棚だけ。


カイディルは中央にある窪みへと近付く。


「そこが一番瘴気の強いとこだぞ。感じないとは言え支障がないということもないのでは?」

そんなカイディルに背後から話し掛けてきたのは皇帝ネヴァン、と魔術師の男もいる。

そしてリンデンはいないがアルブスがいるのは、さっきカイディルに言った言葉の通り。 


答えにたどり着いた今、それが何となく面映ゆい。

カイディルは窪みに近付くのは何となく止めて壁際にある棚へと向かう。

そこで見覚えのあるものを見つけた。


それは城の書庫の片隅にあったもの。いつしか失ったはずの書物。



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