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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
53/81

4

地上部分にある建物内はほぼ朽ち果て何もなかった。

一番奥、下へと向かう階段。地上から海までの断崖を部屋を伴いながら降りて行くつづらに続く長い階段。

各部屋は荒らされてはいたが風化は免れ、人が住んでいたであろう痕跡は微かに見られた。だけど今現在人の気配はなく。

一旦海まで降りて、地上へと戻ったカイディルは軽く息をつく。


「ま、思ってた通り何もないな」

共に階段を上って来たエルフの男は、そりゃそーだわ。と腰に手を当て言う。

少し息のあがったカイディルとは違いリンデンは全く平気そうで。何かちょっと悔しい。


「そりゃそーと…、どうする?」

リンデンがカイディルを見る。

「明るくなったとは言え、ここは魔力の澱みでやっぱり少しキツいんだけど?」


瘴気のことを言っているんだろう。昨日の続きに少し苦笑いを浮かべて。

「……やっぱり、俺は気にならないかな。

だからもう少し見てきてもいいか?」

「だろうと思った。じゃあ俺は外にいるから。――アルブスは?」

振り返るリンデン。一番最後に上がって来た白い狼は、問われてそのまま階段横に座る。

「あれ? 珍しい。行くんだ?」

返事の代わりかグルルと喉を鳴らす狼。

物珍しげに眉を上げ、まぁ、ほどほどにね。と言い残しリンデンは外へと出ていった。


そしてカイディルはまた階段へ向かう。

最初の踊り場で振り返り見上げて。アルブスはカイディルを見下ろしたまま動くことはなく。

「来ないのか?」

そう尋ねればフイと横を向く。

お前に答える必要はないという感じか?

カイディルはちょっと笑って。狼のことはもう気にせずに再び階段を降りた。



崖を添うように降りる階段。部屋はその崖面をくり貫いて作られている。

元は運河を通る船の関所の役割でもしていたのか、それとも海を行く敵への哨戒に当たる建物であったのか。

どちらにせよ四半世紀は確実に放置されていたはずだとリンデンは言った。

ラドラグル帝国の、前皇帝が起した乱心。この平原一体は戦場であったのだと。昨夜、薄い水色の瞳に焚き火の炎を映し、何処か遠くを見るようにリンデンは語っていた。


「国が立つ限り何かしらの争いは起こる。

だけど先人達が言ってきたように、争いは何も生まない。失う方が圧倒的に多い。卑怯だと罵られても守りたいものがあるのなら逃げることは間違いではないんだ」


語るリンデンの顔を、風に煽られた炎が大きく揺らぎ影を落とす。

「……でも、まぁ。そんな状況になったら危ないし、その前に俺はとっとと逃げるんだけどね」

と、誤魔化すように男は笑って。

一応、一国の公子であったカイディルを慮ってくれたのか、それともリンデン自身の―――。



「――じゃあ、守らなければならなかったものでさえ捨てて逃げた俺は、何と罵られるのだろうな…」


崖の中腹の、突き出たように一等広くなった踊り場で立ち止まったカイディルはポツリとこぼす。

自分は卑怯者にすらなる資格がないのだ。


今ここにはそれに答えてくれる者も、その通りだと非難する者もいない。そんな何かを望んでいる訳でもないが。


だが何故か今――、


何もない、何者でもない自分を。

ただ名を呼んで。ただ笑顔向けてくれる。


そんな少女の声が聞きたかった、笑顔が見たかった。



白い髪がフワリと舞い、弾むように振り返る少女の。色素の薄い瞳がカイディルを認めて緩く細められる。嬉しそうに綻んだ口元から紡がれるのは「――カイ!」と自分を呼ぶ澄んだ声。

 

猜疑や欺瞞、同情や憐憫。駆け引きも打算もない、何の含みもない。

カイディルに向けられるただ純粋な。




「…………っ、何を、考えてるんだ? 俺は…」

片手で口元を覆う。眉間に深く刻まれるシワ。突然の動揺でひどく心が騒がしい。


カイディルは目を閉じ呼吸を止める。苦しくなるまで息を止め、そしてゆっくりと吐き出す。 

海から吹き上げた風が囁くようにカイディルの耳元をすり抜け。一度開けた口は、だけど何も言葉を生むことなく。また深いため息だけが漏れた。



そんなカイディルの足元を、急に白い影が横切り。見れば、ピンと耳を立てたアルブスが手すりから海を見下ろしている。


「…………?」

何かあるのかと、近寄り同じように見下ろせば、一番階下にある岸壁に一隻の船。

印もなく旗もない。降りて来たのは少数だがその出で立ちは。

「……兵士か…?」

( だが、何処の? )


大層なことに黒を纏う者もいる。

遠目ではあるがその男の瞳は黒ではなさそうだ。だが船には帆もなく漕ぎ手も居ないということは、魔力で動かして来たということ。魔術師だとしてもかなり力のある証拠だ。


そして最後に降りて来た男。


海風に乱された金褐色の髪を鬱陶しそうにかき上げる、何処にでも居そうな顔立ちの男。

――なのに、


何故か惹き付けられる。

容姿が優れてる訳でも、覇気がある訳でもない。

なのにこの男は―――。


「ネヴァン……、クリオズナ……」


こぼれ落ちた届くはずのない小さな声。それが聞こえたのかヘーゼルの瞳が上へとあがる。絡んだ視線。


そしてフッと、男は微かに笑った。



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