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爽やかな香りは淹れたてのお茶から。
庭で育てているハーブをいれたハーブティーと、お菓子は昨日ラーウが作った木の実入りのクッキー。
木の実は妖精達からの貢ぎ物。彼らは森で取れる季節ごとの味覚を、せっせとラーウの為に届ける。
そのクッキーをひとつ手に取りエルダは口に運ぶ。
甘過ぎない丁度良い甘さの香ばしい味。エルダ好みの。
ラーウ自身はもっと甘いものが好みだ。
口元が綻ぶのを隠し、お茶を一口。
「それで、何でなの?」
目の前でカップを抱えたラーウが尋ねる。
連れ帰った少年は、今は客室で寝ている。
狼のままのアルブスは家の中には入れないので、少年が眠る客室の窓の外で待機中だ。
エルダは、先ほど男から拝借したままの書簡をラーウの前に置く。首を傾げながらも、そこに視線を落とした少女は、暫くして顔を上げた。
その薄い色の瞳に浮かぶのは、――不審。
「何これ? 何であんな小さな子に褒賞金が?」
「さぁ、ねぇ」
「しかもこんな高額……」
「で、その罪状は――、恐喝、暴行、殺人のフルコンボ。はは、すごいな」
「そんなワケないじゃん!」
怒るラーウを眺め、またお茶を一口。
「……でも、何で言い切れる?
子供でも、彼らダークエルフは魔力が並大抵ではないからねー。そんな罪状が付いててもおかしくはないぞ?」
笑顔でそう言えば、どんっ!と、ラーウが机を叩く。「母さん…」と低い声。
「本当にそうなら、母さんもアルブスも結界内には入れないでしょ! ほんとっ性格悪いよね!」
いや、魔女なら多少でも性格悪くないと生きて行けないからね。
と、正直に話すのは止めて、「ごめん、ごめん」と謝る。
「まぁ、彼らの魔力が関係しているのは確かだと思うよ?」
「魔力が? 何で?」
自分が持たないものなので、気にしたこともないのかラーウは首を傾げる。
そりぁまぁ、それだけ精霊に愛されていれば必要ないだろうけど。
エルダは、ゆっくりと再びカップを傾ける。
魔力は、そしてそれを使う魔法は、万能である。
魔力の量は更にそれを押し上げるもの。
魔術師達はそれを持ち得ない為に精霊から力を借りる。
ただそれは制限されたもので、限られた範囲でしか出来ず、彼らの使う魔法は必ずしも万能とは言えない。
ならばもし、大量なる魔力を保持した媒体を使うことが出来れば?
それを引き出し自分の好きなように扱うことが出来れば?
持たざる者の欲望は、今も昔もいつも同じなのだ。
そして、魔力は使えば使うほど、当たり前のように無くなって行くもの。
彼らは搾り取れるだけ搾り取られ捨てられる。力も知恵もつく大人になる前に、子供の時分に枷を嵌められて。
あの少年にも、きっとそれは施されているだろう。
( さて、どうしようか? )
別に助けてやる義理はないのだが、選択によってはこの少年は使える。
エルダは、答えないわたしを不満そうに見つめる娘に目をやる。
「ラーウはあの子を助けたい?」
「……どういうこと?」
「そのままの意味だよ」
彼の人生は枷が有る限り搾取されるもの。例え逃げたとしてもその枷を通し魔力は奪われ続ける。
「あの子が困ってるなら助けたいと思うけど…、」
どう思ってるのかわからない状況では、勝手に何かすることに抵抗があるのだろう。
エルダは小さく笑う。
( わたしが育てた割には優しい子だ )
「じゃあ、少年自身に聞いてみるか?」
「そう…、だね。それがいいよね」
エルダは直ぐに立ち上がり、窓を開けてアルブスを呼ぶ。
「ちょっとあの少年を起こすから。めんどくさい事態に備えてお前も中に居て」
「………ガウ?」
「どっちでも。小さくなってもいいし、人型でも。好きにして」
その言葉に、大きな狼の姿が一瞬でぼやけた。
ぼやけた輪郭は小さく収縮し、その形は曖昧になる。次にはっきりとした姿で窓の外に現れたのは、たてがみのような白い髪、赤い瞳の見目の麗しい男。耳としっぽが生えた獣人の姿ではあるが。
男は玄関には向かわず、軽く窓を乗り越える。エルダの前に降り立ったその背は頭ひとつ分は優に超えている。
「相変わらず、腹が立つ程美形だな。必要ないだろうに」
エルダは鼻を鳴らす。
フンと、一度魔女を一瞥した男は、直ぐにラーウの元へと向かう。
「あれ? アルブスその姿久しぶりだね。
――って、うわっ!」
そしてそのまま抱きついた男に、ラーウが慌てる。
「アルブス! その姿で抱きつくのは何か良くない!」
「――何故だ?」
悪びれず問う声も麗しい。
「いや、何でって……」
中身が同じなのだから一緒か?と流されそうになる娘に、助け船になるようなならないような船を送る。
「イチャつくのは後にして、さっさとやるぞ」
「違うし!!」
瞬時に顔を赤くするラーウ。
森の中にばかり居たので、人と触れあうこともなく、異性への耐性がいまいちな娘が心配だ。この性格の悪いフェンリルにも押され気味だし。
一度小さくため息を吐いて、エルダは少年が眠る部屋へと向かった。