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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
49/81

3

次の日にはその()()()()がやって来た。

もう就寝しようとベッドに入ろうとしていたその時に。


「あー……と、これは? 乙女なら叫びたいとこだが…?」

「乙女だろうと何だろうと叫ばれては困る。うるさい」

「……うるさいからなのか」

「それ以外に何がある?」

なるほど。ネヴァンは頷く。きっと叫ぼうが何しようが助けにくる者はないと言うことだ。

「因みに、皆を殺したとか……?」

「は!?」

美しい顔を剣呑にしかめ、女は黒い瞳でネヴァンを睨む。

「何でそんなことをしなければならない?

そんなめんどくさい!」

「………なるほど」


ネヴァンは苦笑を浮かべる。

これが最強最悪の魔女か。


スルトよりは少し年上に見える。どちらかと言えば自分と変わらぬくらいの。

だが魔女にとっては年齢や見た目などあってないもの。


半身を布団に、ベッドの上に身を起こすネヴァンを、目の前に立ち腕を組んだ格好で見下ろす魔女は、恐ろしく美しい。

ベッド横の灯りが黒い瞳の中に灯り、纏めることなく流れる黒く長い髪が風もなく揺れる。薄暗い部屋の中だと言うのに魔女ははっきりとその美しい容姿を浮かびあがらせる。



「―――で、このような夜分に一体どういった用件だろう? 

まさか夜這いという訳でもないよな?」

そんな冗談を口にすれば、

「なわけない。ちょっと話を聞きに来た」

憮然とした表情で魔女は返す。


自分の知ってる魔法使いとは違い、この魔女はとても表情が豊かだ。だだし、怖い顔ばかりではあるが。

「なら、せめて服を着てもいいだろうか?」

妙齢の、しかも美しい女性を前に上半身が裸というのも戴けない。魔女自身は全く気にしていない様子だけど。


ネヴァンはベッドサイドにかけたローブを着込み、続く客間へと魔女に移動を願う。

先に椅子へと勧め、自らはキャビネットからグラスと隠していた酒を取り出し向かいに座る。

「氷がないので常温になるが、年代物の旨い酒だ。飲めるよな?」

注がれ置かれたグラスと酒を見てからネヴァンへと視線を向けた魔女は複雑な顔で。

「お前……、慣れてるな」

それは多分魔女(自分)に対するネヴァンの態度を言っているのだろう。


「私はただの善良な人間なのでね。貴女と争う気もない至って普通の」

「――はっ! よく言う。お前この前まで森に手を出そうとしてただろ?」

「それは……、北を目指すにはどうしても森を攻略しなければならなかったからな」

「北を? 先には何もないぞ? 氷の海の果てがあるだけだ」

「それが見たいんだ」


その果てが。ヴェルトアーデン(この世界)の果てが。自分の行ける限り。


「……変わった奴だな、お前。

最近関わる人間は変わった奴ばかりだ」

魔女はそんなことを呟き、パチンと指を鳴らすとカロンと澄んだ音が響く。いつの間にかグラスの中には氷の塊があり、魔女はグラスを手に取ると中身を一気に呷った。

「ふん…。確かに旨いな」

その満足げな顔に、人が入れたものでも飲むのだな。とそんなことに感心していると、黒い瞳と出合う。


()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()。昨日はここにいたが去ったよ。きっともう…、会うことはないだろうな」

魔女が眉をひそめる。

「残念そうに聞こえるのだが?」

「すごく残念だ。スルトは私にとっては運命を呼び寄せたくれた恩人であったから」

「運命? アイツが……?」

ネヴァンもグラスを手に取る。揺れる茶色の液体を眺めて。

「だからスルトは私には何も言わず、私も聞かなかった。貴女が来ると分かっていたから」


すまないな。とネヴァンは笑う。

もし知っていれば、魔女からの問いを避けることは出来なかった。その望みを阻む存在となるから。

でも何も知らない私に魔女は何も出来ない。

最初に放った、ただの善良な人間とはそういうことだ。


「――はっ、なるほどな」

鼻を鳴らした魔女は、かといって別段怒る訳でもなく。空になったグラスに自分で酒を注ぐとまた旨そうに飲む。


「元々帝国の首都があった場所。今も街としてはあるのだが」

急に話し出したネヴァン。何だ?という顔を向ける魔女。

「その郊外の朽ち果てそうな屋敷でスルトと出会った。そこにはスルトが大事に守る少女の体もあった」

「赤い雨の街タラニスか…」

「………」

その街は独裁者の皇帝が粛清という大量なる血を流した為についた名。風化するにはまだ時は足らない。

次に私が進んだ後には、どんな名がつくのだろうか。

( 私も…、何ら変わりはしない )

人々が求めるものが安寧である限り、後世ではきっと自分も独裁者と呼ばれるのだろう。


「教えてくれたのか? だけど流石にそこには居ないだろう」

「だとは思う。たけど何となく伝えて置きたかったんだよ」

「……?」

ネヴァンはやっとグラスに口をつける。喉を焼く冷たく強い熱が心地好い。


―――が、


こんな時に伝えて置かなければいけない案件を思い出し、一気に熱はさめた。



「ひとつ……、謝らなくてはいけないことがある」

そもそもこれは私が謝るべきことか?とも思うけど。

「教会が森に聖地巡礼に行くらしい」

「ああ――、そのことか……。来るとは思っていた、想定内だ」

「そして、」続けるネヴァンに、まだ何かあるのか?と、魔女は怪訝な顔を向ける。


だがしかし、ここからが本題だ。

「その教会と懇意である我が国の貴族が、護衛として私兵を同行さす」

「…………………………は?」

たっぷりと間を開けて、疑問を返した魔女。

その気持ちはよく分かる。


「……………………どこの馬鹿だ?」

「ん?」

「その貴族は!! 今から話をつけてくる!」

「いや、ちょっと待て! それは駄目だろ!」

「何故駄目だ!? お前皇帝だろ!」

「そんな無茶なっ……! するなら森でしてくれ」

「――はっ!? 話をするだけだろ!」

「それで済むとは思えん!」

「失礼だな!お前!」

終わりの見えない攻防戦に、思わずスルトを呼ぼうかと思ったが、秘蔵の酒5本でとりあえず本日(日付は変わっているが)は引き揚げてもらった。



( これが最強最悪の魔女か…… )

スルトは大変な者と敵対したものだなとしみじみと思う。

北へと向かうのに海路を選ぶのもありかも知れない。造船の為に多少時間を取られようとも、彼女によって全て失うよりは。


果てはまだ遠い。北へも東へも。南でさえまだハラーラの、砂漠のその先へとは行けていない。

北がややこしい今、造船にも時間が掛かるなら、まずは先に南へと向かう手もある。

ただあの国にも力ある魔女がいると言う。



自分を突き動かす原動、興味と好奇心。

もしかしたら自分は皇帝という肩書きより、冒険者や探求者といった肩書きの方が向いていたのではないだろうか?


だけど掴み取ったそれは皇帝という自分。

ならばそれを抱えて進むしかない。

進んだ道の過程でどんな名で呼ばれようとも、私は自分の望むままに進む。


この体が歩みを止めるその時までは。


「出来ればその際には、スルトとも酒を酌み交わしたいものだな…」

呟いたネヴァンは自らのグラスを手に取り、残されたグラスへと杯を合わせた。



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