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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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その日の執務を終え居住部へと向かうネヴァンの前に、空間が歪み、中から一人の男が姿を見せた。

彼らの正装なのだろうか? 黒いローブを纏う、魔力を持つ者の特有の整った顔の黒髪の男。力ある者は全てが黒を持つというが、その瞳は黒目金目(オッドアイ)の魔法使い。


習慣で護衛が咄嗟に皇帝を庇うよう前に立つ。だがネヴァンはそれを押し退けて。

「スルト、戻ったか」

笑顔で声を掛ければ、男は小さく頷いた。

その態度に側近達は顔をしかめるも何も口を出すことはない。

今、ネヴァンの護衛としている黒を纏う男もスルトへと膝を折る。皇帝である自分に対する時よりも敬意を込めて。


それはこの男の力を知っているから。

魔力を持つ者はそれが絶対。力量の違う相手に歯向かうことは愚かなこと。ある程度の力がある者なら相手が何れだけ強いかも直ぐに判断出来る。いや、出来なくてはいけない。それは魔力がない者であっても。

でないと、その先に待つのは確実な死だ。


「お前達、私はこの魔法使いと話がある。もう下がってよい」

「……――はい」

若干何か言いたげな側近達を残し、護衛だけを引き連れネヴァンは居住部の棟へと入る。


ラドラグル帝国皇帝の居住部。渡り廊下で繋がる先。けどそこは執務室や謁見室がある棟と然程変わりはしない。

元の用途的に人が住む為の機能は備えてはいなかったが、一棟を大幅に改修して、それを無理やりに住めるようにし居住部として使用している。

他国からすればあり得ないだろうが、暮らすだけの場だ華美にする必要などない。それにまたいつ首都を移すか分からないのだから。


護衛達は自室の扉の外で待機し、スルトだけを伴い部屋へと入った。

「――ふぅ!」

皇帝としてはらしからぬ嘆息で椅子へと腰かけたネヴァンは、まだ部屋の中に立ったままの男を見る。侍女らも下がらせ今は部屋に二人だ。


ネヴァンはまじまじとスルトを眺め口を開く。

「表情が違うな。上手くいったのか?」

「ああ――」

返事を返した男が微かに口元を綻ばせた気がして少し驚く。

「そうか。……なら、ミネリアはもう…」

その答えも全てさっきの返事に集約されている。


美しい少女であった。自分の立ち位置と価値をきちんと理解していた賢い少女であった。

もう少し立場があれば、もう少し野望をもてば、そして男であれば。善き王として国を率いたかも知れない。

女王でもそれは出来るだろうが、テファシア(あの国)においては無理だった。

国など力ある者が率いればいいと思う、男でも女でも。


だがそれも、そこに生まれたことがその者が持つ運命。


ネヴァンとて同じ。皇帝という肩書きが転がり込んできたことこそ、自分の運命。

それが何かしらの与えられた運命だったとしても、掴み取り、その先を動かしてゆくのは自分自身だ。

だからその運命に感謝こそすれど、形の見えないものに請い願い赦しを得て導いてもらうなどあり得ない。

自分で切り開いて獲得してゆく未来、それを失くして人が生きる意味などないだろうに。


そこで思い出す。せっかく忘れていたのに。


「あー…、それで『黒き森』の件なんだが」

「………?」

いつの間にか目の前の席へと腰かけていた男は少し怪訝にこちらを見る。

「いや、もうスルトにとって用がないことは理解しているし、私も暫くは動くことはない」


伝えて、今度はネヴァンが立ち上がり、侍女が用意していたお茶が乗った台へと向かう。

用意するのは1客、自分のもののみ。男が他者からの、ましてや人間から提供されたものを口にすることはない。毒云々ではないだろう、そんもの効きはしないのだから。

「では、何の話だ?」

背後から話のその先を促す声。


「今回のことで教会が絡んできただろう? それで…」

トポトポと茶色の液体がカップへと落ちると、心を安らげるよい香りが部屋に広がる。

だが、それを掻き消すような低い声。

「ああ――、なるほど」

顔を見てないので、聞きようによっては楽しげとも取れる。部屋に漂う気配は決してそんなものではないが。

カップ片手に席へと戻ったネヴァンも苦笑を浮かべる。

「魔女殿とは同士だそうだぞ? どこまで本気なのかはわからないが」

「ふん。何処までも愚かだな、人間は」


( その人間である私を目の前にそれを言うのもどうかと思うが? )

目を細めたネヴァンは、でも何も言わない。

人である自分と、彼らは確かに違うのだから。今こうして向かい合っている相手は、やろうと思えば一瞬で自分の命を刈れる存在。

だが、それをしない。ネヴァンはスルトにとっては敵対する相手でも脅かす相手でもないから。

あまり知られていないことだが、彼ら自身にも何か制約があるのか、何の害もない人間にその力を向けることは出来ない。力があれば有る者ほど。


キリアンに刻まれていた術も、本来なら魔力を奪いもするが与えることも出来るそういうものだった。痛みもなく命を奪うこともなく。力を持たない少女を思い作った。

本来の目的に使われることもないまま、改悪され擦り切れた術は全く別物となってしまったが。



そして話は戻る。

「だがしかし、大丈夫なのか? 私兵を動かす許可を出してしまったが」

「その懸念はどちらにだ?」

「うん……まぁ、そうだろうなぁ」

聞いたネヴァンもそうは思った。

そして珍しく、男はとても穏やかな声で言う。


「エルダには…、彼女には誰も敵わない。それは私でも」

何処か遠くの何かを思い出すように、微かに色の違う瞳を細め。


「おいおい。それではお前自身が危ないのではないか?

スルトが手に入れたのは魔女にとっても大事なものだったのだろう?」

詳しくは知らない。けどいつか昔そんなことを男から聞いた気がする。忘れるぐらい、それぐらいこの魔法使いとの付き合いは長い。

「そうだな」

男はあっさり頷く。

「だから籠る。ネヴァンよ、お前とももう会うことがないかもしれない」

「……それは…」


まだ皇帝となる未来など持っていなかったネヴァン、そんな出会った時から変わらぬ姿のスルト。

「いつとも知れないということか…」

いつかは来ることだとは思っていたが、まだ先だと思っていた。彼らと時間の流れが違うことなど最初から分かっていたのだけど。


「……なるほどな、まぁ仕方がないか」

残念だとは思う。スルトがどう思っていたかは知らないがネヴァンにとっては誰よりも、同じ人間よりも信じるに値する存在であった。

だからと言って、ネヴァンもまた立ち止まることは出来ない。今はまだ。


見果てぬ先が有る限り。



「命に関わる緊急事態であれば一度くらい呼んでもいいか?」

半分冗談混じりに言えば、

「何れエルダがここに来るだろうが、その時以外ならな」

スルトは淡々と衝撃的なことを言う。考えなかった訳ではないがそれはそうなるだろう。

「……酷いな、お前」


いつかの魔女も同じような言葉を口にした。

思いは違うそんな言葉を男に向け、ネヴァンは呆れたように笑った。



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