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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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望蜀の帝国 1

『黒き森』から南西へ。

南側のヒルトゥール、西側のテファシア。

どちらを経由しようとも帝国ラドラグルの首都タランまでは移動におよそ半月は要する。

ただしその両国共に、現在は帝国領となってはいたが。


首都タラン。西側は海に面し三方に大きく広がる都市。今はラドラグルの首都である街として帝国の主要関連の全てを置いてはいる。

ただ城というものはなく。中央よりの海側に、大きな建物が建ち並ぶ一画がその全ての中心。


元々は交易の盛んな自由都市だったタラン。

五年ほど前に帝国の領土となり。その主要な建物は、帝国領となる前は交易の為の施設として使われていて。それに改良を加え、現在はラドラグルを統べる皇帝が居を置く。


『ネヴァン・クリオズナ』

それが帝国ラドラグルの皇帝。四十には後数ヶ月満たない、ヘーゼルの瞳に金褐色の髪の男。

取り分け容姿が優れるわけでもなく、かとって酷いともなく。到って普通の。


「スルトから何か連絡はあったか?」

皇帝ネヴァンは、後ろを連なる男へと声を掛ける。

引き連れるのは側近や護衛達と黒を纏う者。その側近の中の一人が答える。

「いえ、まだ連絡はありません。しかし使者の派遣は既に」

「――そうか」

ネヴァンは頷き廊下を行く。


皇帝という立場なら本来は玉座に座っているべきだが、この建物にそんなものはなく。

五年前にこちらに移る際に、側近達がそれを打診したが。

「かしずかれることに興味はない」

と、ネヴァンによって一蹴された。

それでも他国の関係等で作りはしたが、皇帝がそこに座ることは未だにない。今日も皇帝は執務室と謁見室を移動する。


そして歩きながらも会話は続けられる。

「鉱山の方は組合と折り合いはついたか?」

「渋っております」

「ふーん…。ならこちらの利潤を下げてやれ、落ち着くまで」

「それはっ……!

……きっとそのまま落ち着くことはなと思われますが?」

一度甘い蜜を味わえば、次に戻すことは難しいことになると言いたいのだろう。

「その時はその時だ。どうせあの鉱山も長くはない。新たな所を見つける方が有意義で楽しいだろ?」

「はあ……」

補佐官は複雑な顔で返事を返す。

先ほどからの話の流れは、つい先日帝国領で起きた噴火による鉱山の被害の後始末について。


だが、それよりも。と、皇帝はちらりと後ろに居る者達に視線を向ける。

「誰かその噴火を誘発したという地竜だか火竜だかを見なかったのか?」

ネヴァンのヘーゼルの瞳に浮かぶのは興味。

「それは、概念的なものでは……?」

「概念? スルトはそうは言ってなかったが?」

と、一番後ろを行く黒を纏う者を見る。

対魔法の為の護衛の、身に一つ黒い色を持つ、魔術師よりは魔法使いに近い男は、でも分からないのか首を振った。

「何だ…、誰も見ていないか」

とても残念そうに皇帝はまた前を向く。


皇帝ネヴァンが求めるものは、常に興味と好奇心。

今ある全てはそれに付随して勝手についてきたもの。



帝国ラドラグルは、元は今よりまだ南に位置する独裁国家であった。

父である皇帝は独裁者であり、若き頃はその抱えた天性とカリスマ性で国を盛り上げたが、老いと共にいつしかそれは消え去って、猜疑と病が皇帝を蝕んだ。

身内も側近も信じることはなくなり、粛清という名で沢山の者が亡くなった。

そして自らも病のうちに世を去った時、唯一残っていた跡継ぎが、母親の身分から継承権とは一番遠いとこにいたネヴァンであった。


急に振って湧いた皇帝という地位に、動かせる膨大な駒に、興味が湧いてしまった。

自分は何処まで行けるのかと。

そして皇帝が持っていた天性は見事にネヴァンに受け継がれていた。


自分の興味のままに国を平定させ、欲するという好奇心で他国を取り込んだ。

それが今ある帝国ラドラグルの姿。


ただし、興味のないものには微塵も心動かされることはなく。

「ああ、そうだ。兵はそのまま派遣するが、利潤は下げてやるのだから、後の復興はそちらでしろと組合に言っておけ」

それだけ言うと、ため息と共に顔をしかめる。

「皇帝という地位は嫌いではないが、気の乗らない相手との会話は苦痛以外の何者でもないな」

それは今から対面する相手。

「努力なしに願うだけで叶うなら、人の世などつまらぬものだろうに」

ネヴァンはもう一度深くため息を吐くと、護衛達によって開かれた扉の中へと入った。





部屋の中、ネヴァンを迎えるにあたり席を立った男は白を基調の服を纏う。その後ろに控える男女二人も白い服だがそれはもっと特徴的な。


「面談を承知していただき感謝いたします、皇帝陛下。――そして女神に」

手を胸に添え白い服の男は膝を折る。頭を垂れる為こちらからは顔は見えない。当然その表情も見えはしない。

ならこちらの顔も見えないだろうと、男の言葉に顔をしかめ、

「………顔をあげてくれ。モリガン卿」

ネヴァンはそういって男に着席を促し、自らさっさっと席につく。そして。

「―――で、会談の内容とは?」

定例の挨拶等は無用だとばかりに、ネヴァンは本題を切り出す。男が今から言おうとすることなど大体検討はつくが。


そんな皇帝の態度にも何ら動じることなく、モリガンと呼ばれた男は、微かに笑みを浮かべながら自らも席についた。



モリガンは帝国の有力貴族であり、先に発した言葉通り、女神教の信者である。

いや、ただの信者とは言えないか。その影響力を鑑みれば。

「此度は聖なる森への出兵をお取り止め頂きありがとうございます」

モリガンはにこやかに言う。


男が言う聖なる森とは『黒き森』のこと。

立地的に北に領土を広げようとすると、どうしてもこの森がネックになる。それを解消する足掛かりを掴もうと思った。

それとスルトの話で少し興味もあった。『黒き森』に居るという最強最悪の魔女と呼ばれる者に。


「元々出兵すると決まっていた訳ではない。そしてそうだとしても、卿とは、女神教とは何ら関係もないことだ」

「ふふふ、そうですか」

余裕の笑みを浮かべる男。

「――候爵様」

その態度に、諫めるように側近が声を掛けるが、それを手で制してネヴァンは言う。

「結局、そのような世迷いごとを言う為に来たのか?」

「いえ、そうではありません」

「では、何だ?」

モリガンの含むような笑みに、少し苛立ちを覚え尋ねる。


「許可を頂きたいのです。私の私兵を動かす許可を」

「……何を言っている?」

「聖なる森への巡礼をしようと思うのです。しかしあの森は危険であるとも聞いておりますので、せめて我が私兵を同行出来ればと」

「………はっ」

これはさすがに予測していなかった。


( 何を言っているのだろうか?この男は?

出兵の異議を口にした癖に、私兵を動かすだと? )


そのままが顔に出てしまっていたのか、モリガンは軽く咳払いをして。

「あくまで護衛としてですので、他意はありません」

ネヴァンは腕を組むと椅子に凭れ、

「それは……そうだろう。他意があれば反逆だ。しかし巡礼とは……」

微かに苦笑を浮かべ続ける。

「モリガン卿、知ってはいるのだろうな?

あの森には力ある魔女がいることは?」

「ええ、承知しております。しかし魔女殿とは目的を同じとする同士であるのですから、我らは」


( …………本気で言っているのか?

目的が同じだと、魔女が同士であると? )

ネヴァンは軽く目を見開き男を眺めるが、真意は見えない。


暫く無言で男を見つめた後、

「………まぁ、いいだろう。好きにするといい」

立ち上がりながらネヴァンは言う。

それでこの男がどんな目に会おうがこちらは知ったことではない。

控えていた側近達と共に部屋を出ていくネヴァンの背に、男の声がする。

「ありがとうございます、陛下」


場合によっては二度とその声を聞くこともないかもな。とそんなことを思いながら。

でもどうでもいいことだと、ネヴァンは直ぐに頭の中から男の存在を消した。



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