表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
44/81

捉えられし心 1

一番最初の記憶は二つの大きな手のひら。


片方は戸惑ったように、片方は恐る恐る。

でも両方とも優しく私を包む。大切に、壊れないようにと。壊さないようにと。


私の中の記憶は、どこまでも優しい。


たとえこの身が引き裂かれ、晒されて。

悪意の渦に飲み込まれ命を失ったとしても、

それでも――。


最後に私の中に残るのは、二人からもらった優しい記憶。




目が覚めて。

頬を伝わる感覚に指先を当てる。

「……涙…? 何で……?」

何か怖い夢でも見ていたのだろうか?


起き上がり、頬にかかる髪を耳に掛ける少女。そして辺りを確認するが、昨日はずっと側にいた男の姿が見えない。

「―――スルト?」

試しに、空間に向かって男の名を呼んでみる。姿が無くとも呼べば直ぐに返るはずの返事はなく。ならばと。

少女はベッドから降り扉へと向かう。

扉には鍵が掛かっていたがこんなもの造作ない。外れろと念じるだけでそれは遂行された。




扉の外は静まり返った廊下。少し離れた場所からは人々の動きが感じられはするが、自分がいるこの場には人の気配がない。

ここはヒルトゥールという国の、城なのだとスルトが言っていた。

窓から見える空にはうっすらと魔力による幕が見え、普通の人間達には見えないだろうそれはスルトが施したもの。

()()()を、わたしを守る為だと言う。


「明日には場所を移す。だからそれまではなるべく部屋から出ないで」

そう言われていたのに、既に部屋の外へと出てしまっている。


それは――、

昨日一瞬見た存在がひどく気になったから。



やっと廊下を行く侍女らしき者を見つけ、

話しかけ、怯えた表情の彼女に牢獄の場所を聞いた。それは同じ建物の地下にあるらしい。

そして地下へと降りると、こちらの姿を認め守衛兵が慌てて。

「魔女殿……!? こ…、このような場所に何か後用事が…?」


彼らの、わたしを見る瞳に浮かぶのは、怯えや恐れや畏怖。


わたしの瞳は()()()()()と黒、髪は肩先で切り揃えられた黒。光とは縁遠い闇を、夜の世界の黒を纏う。

鍵を簡単に解除出来るのも、人間には見えない魔力の幕が見えるのも、彼らがそんな瞳を向けるのも。言う通りわたしが魔女であるから。

人間とは相容れない存在だから。


「昨日ここに連れて来られた人がいなかった?」

それなのに、わたしはそんな人間に会いに行こうとしている。同胞であるスルトに言われたことを破って。


「えっ!? いや、それは……」

「その人間に会いたいのだけど」

「あの方は……いえ、あの者はこの国の重罪人ですので。申し訳ありませんが、許可無き方に会わすことは出来ません」

「そう……」

( スルトに頼めば許可が取れるかな? )

でも寧ろ余計に会えない、会わさないようにされる予感もする。


「誰に許可をもらえばいいの?」

自らが動いた方が良さそうだとそう尋ねると、兵士の男は魔女に対して意見を述べたのだ、怯えを伴う困惑の表情となり。

「ですがきっと…、許可を取るよりもあの方の…刑が執行される方が早いかと」

「――刑?」

「ええ。明日の明朝にはミネリア様と同じく斬首に…」

微かに言い淀む兵士。


( ……ミネリア様? )

とは誰だろう? スルトからは聞いていない名だ。彼が教えてくれたのは今わたしが置かれている簡単な状況。

()()()()()()()()()()()、記憶が混乱しているからと必要な、部分的な事だけを教えてくれた。


それよりも。

( 斬首って…… )

ならば、余計に今会わなくてはいけないじゃないかと。

「仕方ないか……」

小さく呟いた言葉に兵士が反応して。

「何か?」

「ううん。何でもない」

ノルンは答える。そして紡ぐ。

「……ごめんね。


《空から落ちる帳よ、静寂なる夢を》


―――眠れ」


途端、崩れ落ちる守衛兵達。


「本当にごめんなさい…」

彼らが咎められなければいいが。



強制的に眠ってもらった兵士を避け奥へと向かう。牢屋の中から叫ぶ人達にも同じく眠りの世界に行ってもらった。

一応牢獄全体に、対魔法的な術が施されているようだが、魔術師が掛けたのだろう。魔女の術に対して効くはずもなく。

ついでに言えば、本来なら(ことば)を唱えなくとも魔女や魔法使いなら己の血に、魂に術式を刻み込めば、念じるだけでそれは発動する。先ほど鍵を開けたのもそれだ。

だが何故か、わたしはそれを余り行ってないらしく。

十人目当たりからは、

( とっとと他の魔法も刻もう! )

と、心に誓った。


それにしてもあまりに不平や不満を叫ぶ者達が多い。

( 大丈夫なの? この国の? )

既に大丈夫ではないことを、スルトから聞いていないノルンはそんなことを思いながら、

やっと一番奥の牢屋へとたどり着いた。





格子の向こうで、鎖に繋がれた男が壁を背に俯いている。


微妙な長さの鎖のせいで座り込むことは出来ず、気を失っているのか力の抜けた傷だらけの体を支えているのは、鎖に繋がれ引き上げられた手首だけ。

ノルンは直ぐに手首を拘束する枷を外す。鍵と同じなのでこれに関してはわけない。


床へと落ちた体。衝撃で男が意識を取り戻す。

「―――っ………」


乱れた赤銅色の髪の間から、深い青い瞳がこちらを捉える。少し霞むのか一度目をしばたたかせた後、今度は完全にわたしを捉えて。

眉間にシワを刻み、そしてゆっくりと閉じられた。


「ミネリアを…、殺したことの報復にでも来たのか…?」

掠れた、少し投げやりな声。だけど耳障りでない。

( ミネリア…… )

またこの名だ。わたしの知らない。

「ねぇ、ミネリアって誰なの?」

「―――はっ!?」

知らないからただ尋ねただけなのに、何故か怒ったように返され再び目が会う。

まじまじと、こちらを見て怪訝にひそめられた眉。

「おい魔女よ、その目の色は……?」

「―――目? この色違いの? 前からだけど? 

それより、ミネリアって誰なの? さっきの兵士も言っていたけど」

男の眉が更に深くひそめられる。


「………お前…、―――誰だ?」

「誰だ、って……」


むしろ逆に問いたい。

わたしを射ぬくその深い青い瞳を見ると、

心の奥底から浮かび上がってこようとする何かわからない想い。

形容しがたい感情に動かされてここへ来た。


それこそ、わたしが問いたい。


貴方は、わたしにとって何なのかと―――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ