章幕「ただ笑い合える幸せな世界」
生まれ落ちた時点から、わたしの世界には『自由』と言う言葉は無かった。
テファシアの第三王女ミネリア。自国の国政に携わるより外国との繋がりを強固にする為だけにある存在。家柄の劣る、ただ美しいだけの側妃から生まれた王女。
始めからその為にわたしは生まれた。
考える頭などいらない、ただ優雅に美しく微笑んでいれば良いと。
だからその通りに、張りぼての笑みを振り撒いてやった。その為だけに生きてきたのだ、人を落とすことなど造作無かった。
だからまさか自分が落ちることなど考えてもいなかった。
不器用な笑みに、戸惑うように差し伸べらる手に。つられて、飾ることも忘れ笑顔を浮かべるなんて。まさか自分が。
彼と過ごす日々はぎこちないながらも楽しく幸せだった。そこには何にも縛られない、始めての『自由』があった。
だけど全ては唐突に終わる。
得たことによる代償は、無いままであった時よりも更にわたしを苛んだ。
持ち得なかったものを欲しいと望んだ罰だと言うのか。奪われ堕ちた心と体は壊れ、深く深く絶望へと沈んだ。
最初から『自由』など何処にも無かったのだと、わたしには。
だから彼の――、カイディルの瞳が、年月の中で曇り歪んでゆくのをただ見ていた。
彼が終わらしてくれるのを待ちながら。
そう……、もう望みは死の先にしかない。
ならそれをわたしに与えるのはカイディルで在るべきだ。僅かな時間だったとはいえ、彼はわたしに夢を見させてしまった。幸せな夢を、叶わない夢を。
だから全ての幕引きはせめて彼の手で。
「何故、今更……、…そんな顔で笑う…?」
カイディルが放った言葉に、自分が笑っているのだと知った。気付かず勝手に浮かんでいたもの。彼を目にして。
ああ――……。
なんて馬鹿な。
わたしは間違っていたのだ、自らの望みを。
『自由』などどうでも良かったのだ。
不自由であれ、あの時彼の手を取るという選択肢もあったはずなのに。
白い髪の少女が彼を見て笑う。とても嬉しそうに、幸せそうに、カイディルだけを見て。
―――それこそが……。
だけど全てはもう遅い。
少女へと走る、わたしの視界の隅に彼の姿を捉える。振りかぶった腕から放たれたきらめきがわたしへと向かう。
苦痛に歪んだ、カイディルの顔。
もしも――……。
……もしもこの世界に次があるのだとしたら。
今度は貴方と、ただ笑い合える生を。
たとえそこに『自由』など無くても、
それはきっととても幸せな世界だと思うから。




