7
本人ではないが、それでもエルダが作った結界に突如介入した魔女。そして残された少女の姿に、思わず名が口を衝いた。
それに。振り向いた少女、ラーウがカイディルを見る。
途端―――、
本当に、まさに花開くように。
この場の雰囲気にはそぐわない、満開の笑顔がラーウの顔に浮かんだ。
「―――カイ!!」
と、自分の名を呼んで。
安堵……、なのだろうか。カイディルを見て笑顔と共に浮かべ、
こちらに駆け寄ろうとしたラーウは、そこでやっと城壁上や回りにいる大勢の兵士達の慌ただしい姿に気付き、戸惑った顔で一旦歩みを止めた。
カイディル自身も同様に困惑する。
( 何故ラーウがここに!? )
しかも見る限り一人だ。
彼女の保護者達がラーウをこんな場に送り出すはずもなく。登場の仕方から魔女関連の何か不測の事態が起こったのだろう。
とりあえず保護しなければと、そんなラーウの側に寄ろうとして。
でも途中金属が擦れる音に足を止め、その出所へと視線を送った。
それは、舞台上のミネリア。
ラーウの登場で、若干でも今の状況を忘れていたことにカイディルは舌を打つ。
魔女が置いていったのか、何故かミネリアは細身の剣レイピアを手に。抜き出された剣の、その役目を終えた鞘はカランと地に落ちた。
「ふふふ…、あはっ、あははは……っ」
それは乾きを通り越した、どこか茫洋と響く笑い声。
ミネリアの瞳がカイディルを捉える。
そこに浮かぶものは――。
「なるほど…、ええ、なるほど。分かったわ」
剣を持ったままのミネリアの身が揺れた。カリカリと剣先を床に引きずり。
嫌な予感に、カイディルは止めていた足を急がせる。今の位置からはミネリアの方が圧倒的に有利だ、
ラーウとの距離が。
「ラーウっ!!」
名を呼んだことは悪手だったかもしれない。
その声に、急に笑い出した女を何事だと見ていたラーウの視線がカイディルへとずれる。
それがなければ、レイピアを構え自分へと向かって来るミネリアに何かしらの反応が取れたかもしれない。
かもしれない。
それは全て、現状ではもう取り返しの着かないもの。
ミネリアが剣を持つことに素人だとは言え、抱えて突き進むだけなら誰にでも出来る。同じ素人でもむしろ咄嗟に避ける方が難しいだろう。その通りに――、
剣を手に自分へと向かってくる女に気付き立ち竦むラーウ。
( くそっ! 間に合わないか……っ )
カイディルは剣を逆手に握り変え腕を振りかぶる。
指先がそれを放す、その一瞬―――。
遠くで、記憶の遠くで。
曇りない笑顔で、カイディルの名を呼ぶ少女の、
………懐かしい声が聞こえた気がした。
ラーウへとたどり着く直ぐ手前。
カランと、ミネリアの手から剣が落ちる。
「………………………か、はっ……」
苦し気な息が漏れ、体はガクッと崩れる。
思わず手を差し伸べたラーウの腕に倒れるように、ミネリアのその体から突き出た剣。
崩れ落ちた体の向こうで愕然とした顔でカイディルを見るラーウがいる。
その瞳に映る自分の表情を見たくなくて、
瞬間視線を伏せたカイディルの耳に響いたのは、再びの声。低く冷たい。
『ああ――、後もう少しか』
愉悦を含んだ声と共にパチリと指を弾くような音。
と、同時に回りを包んでいた空気が変わる。
施したはずの結界が消えた。
「―――っ!!」
今は、胸に締める感情に俯き立ち止まっている場合ではない。
結界があった状況においても外界からの攻撃の手は休むことはなかった。ミネリアが本人であると分かってからは、直ちに結界を壊そうという目的がプラスされ。
血溜まりに倒れる彼女を見てからは、今度は外敵へ向けての攻撃が逸そう増した。それはカイディルへであり、ラーウへも。
そして守る盾が失われた結果。
矛先はそのまま二人を襲う。
咄嗟に、カイディルは地を蹴った。
どうするかなんて何も考えてなかったけど、守れなかったあの少女の代わりに。
今度こそ、自分の心を温かくしてくれるその笑顔を守りたかった。それはとても自己中心的で傲慢な考えであると分かっていても。
「―――ラーウ!?」
空間を割った新たな声の、黒い髪の青年の姿に、何とかなるか?と瞬時に判断して。
降り注ぐ矢の中でカイディルはラーウを腕に囲い込んだ。
痛みには、割りと慣れている方だ。
「…………イ……」
戦地では怪我など日常的なこと。
自分を守る為、味方を助ける為、日々傷を負う。
腕の中では、今自分が守った少女が驚き呆然とした顔でカイディルを見上げる。
「……カ…、イ……?」
霞む目で、その安否を確認してみたがどうやら無事そうだ。ラーウに傷でも負わそうものならエルダに顔向け出来ない。
追撃の手が止んでいるのは先ほど見た青年、キリアンのお陰か。
安堵にホッと息をつくも、吐く息と共に抜け落ちる力、傾く体。
傷を、負い過ぎたのだろう。意識を保つことが困難になってきた。崩れ落ちる自分の体を支えようとするラーウが、自分自身の体を濡らした赤い液体に大きな瞳を更に見開く。
( 血には慣れてる的なこと言ってたのにな… )
僅かに頬を歪め苦笑して。
それが限界だった。
「――――――カイっ!?
……………あ……、…いや……、
いやあぁぁあ―――――――――!!!」
叫ぶ少女の声を聞きながら、
カイディルの意識は暗い闇の中へと沈んでいった。




