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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
38/81

5

( ……やはり、罠なのだろうな )


本館から後宮がある別館へと続く、回廊にある広場を見下ろしカイディルは思う。

ここから奥の別館へは一般の者は入ることは出来ない。それを隔てる広場には兵士達が配置されてはいるが物々しくはなく、寧ろ閑散としているとさえ言える。

()()()()()()()()()()()()()()


今、カイディルが見下ろす広場にあるのは、太陽の光を受け、鋭い刃を光らせる断頭台。

ツテを頼りに、首都であるダドラルタの城へと潜り込めたのは当日。

ミネリアの刑が執行される日。


ただ、手筈を整えくれた者が言うには、

裁判の有無は? 罪状と、その認否は?

その全てが不明なまま、「ミネリアの処刑」という、その決定された事柄だけが現状勝手に推し進められている状況らしい。


誰もが正確に流れを判断出来かねず、かといってそれはただの間違いだったともならず。

みんな戸惑ったように、それでも広場の準備は粛々と進められてゆく。

この茶番劇を指示した者、止められる者、それはただ一人だから。


カイディルは本館を見上げる。

今は見えはしないけど、一番高い台座にいるだろう男。自分の父親である男を。



父、大公マクシムはこの国直系の後継者ではない。それは母である妃の方に受け継がれたもの。

先大公には母しか子供が出来ず、女子であることで、再従兄弟であるマクシムを養子として迎え、母との結婚という形で大公の地位に就けた。


その流れの中で先大公や当人達に何があったのかは、幼き頃、ましてや生まれる前のことなどカイディルには分かるはずもなく。

だが、物心つく頃からカイディルへの教育を行っていたのは先大公である祖父で、

父であるマクシムと祖父は決して良好な関係とは言えなかった。

祖父が良く口にしていたことは、「成人と共にお前(カイディル)が大公に就け」と。


地位を降りて尚、力のあった祖父の、

その根回しの為に隣国からやって来たのがミネリアだった。

カイディルの()()()()として。




いつから全て変わってしまったのだろうか。

母が失くなってからか?

カイディルの成人を待たずして祖父が失くなってからか?

その全てか。


カイディルが力を持つには時間が無さすぎた。少しずつ育んでいたはずのミネリアとの関係は、砂上の楼閣のように簡単に崩れ去った。

それでも信じたかった、あの笑顔を。自分に向ける陰りのない愛しい彼女の笑みを。

父に寄って飛ばされた地で、()()()()()()としてその名を聞いた時でさえも。


カイディルは皮肉げに片頬を歪める。


結局、選んだのは彼女で。そして徐々に、その笑みの質を変えていったミネリアに、カイディルが出来ることなどなかった。

祖父に何と言われてたとしても、マクシムは無能では無かったのだろう。その後のカイディルの10年に置ける立ち位置を考えれば。


その執念。

父親(あの人)にとっては、カイディルは自分から何もかもを奪ってゆく存在に見えていたのだろうか。

そして今も―――。



10年という年月は、短いようでやはり長い。カイディルの心をも蝕む程度には。

絶望を怒りを、愛憎を。その果ての凪いだ感情の中においても、それは忘れることは出来ないもの。

でも…、望んでいたのか、または憎んでいたのか。マクシムが手に入れ、そして失ったその地位はもう終わる。帝国の手で。


だからもうひとつは、せめて自分の手で。




太陽が真上から広場を照らす中、

警備に当たる兵士達とは違う、紺色の上等そうな兵士服の男達に寄って別館から連れ出されてきた影。

日差しの中に出たその姿は、質素な、でも上質な黒い服を纏う、華奢な女性であることが分かる。ただしその顔には服と同じく黒い布に覆われていて。


「処刑されるのは偽物だという噂もある」


そうカイディルに話したのは、同じく手筈を整えてくれた者。

これはパフォーマンスだと、カイディルへの。こんな見え透いた手に乗るのは愚かだ言う。

それは、そうだろう。こんな馬鹿げた茶番劇。向こうもそれは分かってる筈だ。


だから様子を見るだけのつもりでいた。なのに――。


兵士達に促され断頭台に上がる女の、俯き差し出された白い首筋に、

カイディルは躊躇い、視線を落として一度頭を振る。


「………………愚か、か…」

溢れた呟きには嘲笑が混じる。


( ――それでも )

顔を上げたカイディルは、胸元に仕舞っていた小さな紙を取り出す。そこに描かれているのは円形の複雑な紋章。

それ握りしめ、利き手は剣の柄へ。そしてそのまま、広場に向けて身を躍らせた。




階上の影から飛び降りてきた人物に、近くの兵士が直ぐ様駆け寄る。

「何者だ!!」

フードに、目元まで布で覆った状態のカイディルを、逃走中の元公子だとは気付いてはいないようだ。

ただ、顔を出していたとしても、ほぼ辺境の地にしか居なかったカイディルの顔など、一介の兵士には分からないだろうなと皮肉げな笑みが浮かぶ。


何も言わないカイディルに、兵士が剣を向けるのを軽く払いのけ、断頭台へと走る。

台の回りを囲むのは、現在その場にて頭を垂れる女を連れてきた上級兵士達。

こちらは全てを、この劇のシナリオを知っているのだろう。カイディルを見ても顔色を変えることもなく。

その内の一人が片手をスッと上げた。


ヒュンッ!と、

風を切る音に、振り返り様剣を振るう。


叩き折った矢を追い間髪いれず再び降る矢に、カイディルは一気に断頭台へと近付く。

味方を巻き込まないよう、雨のような矢は一旦止むが、次に来るのは上級兵士達との剣戟だ。


響く金属同士がぶつかる音。その回りを囲む城壁にはぐるりと弓兵と魔術師の姿が見えた。疲れてきたとこを狙うつもりなのだろう。予定通りという訳だ。


だが皮肉にも、そうせざるを得なかったとは言え、この10年間を剣と共に生きて来たカイディル。

お陰で、男達の腕ではもはや相手にはならない。

だだ、その隙をついて仕掛けてくる魔術師の炎や風の横やりに断頭台の上の人物には近付くことが出来ず。


「…………ちっ」

舌打ちをして、やはりと。

( ……仕方ない! )

先ほど握りしめた、紋章の書かれた紙を地に捨て、隙を見て突き刺すようにそれに剣を立てた。


―――途端。


ブワッと広がった黒い魔力の渦に、断頭台の回りに居た全ての者は呑み込まれる。

それはもちろんカイディルをも。




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