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やはり次の日もカイディルの姿はなく。
そして昨日より更に増して、ラーウの胸のザワつきは酷くなった。
「母さん! わたしやっぱりカイを探しに行く!!」
だから母さんに訴えてみたけど、
「―――はっ!? 馬鹿言うな!」
一蹴された。
「大体何処に探しに行くっていうんだ?
当てもなく探したって徒労に終わるだけだ」
「それはっ………!」
ラーウは口ごもる。けど。
「――じゃあ、教えてよ! どうせ母さんは知ってるんでしょ!」
「だ、か、らー! 待っていれば帰ってくるだろっ……(…多分)」
語尾を不自然に飲み込んだエルダに、ラーウは眉間にシワを寄せる。
「……………今、何かアレだったよね…? 」
けれどエルダもそれ以上に顔をしかめ。
「アレって何だ、アレって!
……――兎も角!例え知ってたとしてもお前には教えられない。みすみす、お前を危ない目に会わせる訳にはいかないからな!」
強く言い切られた言葉に、横で成り行きを見守っていたキリアンは瞬間的に苦い表情となり。
そして魔女自身も、自分の失言に気付いた。
「あ……」
「…そう――…。 危ない目に会うようなとこにカイは居るんだ」
「いや、それは……、
―――あっ!待てラーウ!!」
咄嗟に身を翻したラーウを、
止めたのはキリアン。
「ちょっと待って!」と、自分の腕を捕らえるエルフの青年をラーウは睨む。
「離してっ! …キリアンだって本当は全部知ってたんでしょ? ……なのに…っ!」
キリアンがカイディルをよく思っていないのは知っていたけど。それでも――。
危険だと分かっていて、なのに母さんもキリアンも何食わぬ顔で。そしてラーウにそれを教えることもなく。
……いや、だからこそ教えなかったのか。
そんなラーウの憤りなど、でも何の意味も成さないのか、
「……ね、少し落ち着いて。ちゃんと話をしよう?」
キリアンは聞き分けのない子供に向けるような顔をする。その事に、
ラーウは一度ギュッと唇を噛むと。
「………もう、いいよ。二人には頼まない!
わたし一人でも探すから!!」
声を荒げ、自分を捕らえる腕を外そうとする。
「ダメだって……っ、ラーウ!」
そしてそれをさせまいとするキリアン。
どちらも譲らない、そんな膠着状態の、
二人の攻防戦の間に落ちた深いため息。
「……キリアン、もういい。ラーウを連れていってやれ」
「……――は?」
ため息と共に吐き出されたエルダの言葉に、キリアンは何を言ってるんだという顔を向ける。
その思わず緩んだ手に、ラーウは拘束から抜け出ると魔女の元に駆け寄り。
「連れて――って、カイディルのとこ!? ホントに!?」
「その代わりキリアンから離れるな」
エルダは眉間にシワを刻んだまま、目を輝かせ自分の元へ来た娘の額を指先でコツンと小突く。
一瞬身を竦めラーウは自らの額を押さえると、上目遣いに、うん…。と頷き。
直ぐに笑顔に変わり魔女へと飛びつく。
「ありがとう! 母さん!!」
その勢いに、若干体を傾けながらも。
「今泣いたカラスとはよく言ったもんだな」と、エルダは呆れたように言った。
ラーウは、用意してくる!と、声を弾ませて自分の部屋へと向かった。急ぐ姿はその言葉を撤回されない為か。
後に残された二人。
「…どういうつもりですか?」
不機嫌な顔と声でキリアンは言う。
問われたエルダはテーブルの上に頬杖を付き、横に立つ青年を見上げて。
「暴走されるよりはマシだろ?」
そう言って、逆の手はトントンとテーブルを刻み、「ただ――」と。
「別に会わせる必要もないがな」
気の済むよう付き合ってやれ。と、
告げるエルダに、キリアンは複雑そうに眉根を寄せた。
「貴方はラーウの……、あの男に向ける感情を認めていたんではないんですか?」
決定的な言葉を使うことは避けた弟子に、
しかもその現状を一番望んでいない本人が、それを問うことにエルダは苦笑する。
「確かにラーウが誰を好きになろうが良いと思う。気持ちだけならいくらでも自由だろ」
「…………」
エルダは、何か言いたげなキリアンから視線を外し頬杖を解くと、背もたれへと身を預ける。
「ただあの子が危険な目に会うというなら話は別だ。防げるものならそうしないと。例えラーウの身が不滅であるとしても」
「なら、あの男は見棄てますか」
キリアンは事も無げに言う。
「仕方ないな。馬鹿な行動を起こしたアイツが悪い」
「………ラーウに…、バレたら大変なことになりますよ」
それは自らに対しても。そして魔女は自嘲気味に笑い。
「だろうな…。 だけどそうだとしても、それは大した時間でもない」
そう、まだ何も解決していない。
ラーウはやはりまた繰り返し、全てを忘れる。
「――でも」と、
エルダは再び身を起こすと、机の上で両手を組み顎を乗せる。
「嫌われないに越したことはないだろうな」
それに関してはキリアンも同意なのだろう、無言で小さく頷く。
「まぁ、だからそっちはわたしがちょっと様子を見てくるさ。どうせアイツが向かう場所は分かっている。
――ていうか、寧ろお前達は近づくなよ」
それは、きっとあの男がいるだろうから。
だからお前は適当にラーウと時間を潰せ。と、エルダはキリアンに言う。
「結局は助けるんですか…」
少し不満気なキリアンの口調にエルダは笑う。
「お前、忘れてるのか? 自分自身もそれで助けられたことを」
「それは……っ」
ばつの悪い顔となったキリアンに、エルダは一頻り笑ってから、
「ただ実際――」と続ける。
「助けるかどうかはその場の状況に寄るだろうな。アイツ自身の望みの結果次第では」
「それはどういう……?」
意味なのだと問いかける弟子に、エルダは答えることなく立ち上がると一度伸びをして。
さて。とキリアンを見る。
「全員が森を開けるのもあれだから、ちょっとアルブスを呼んでくる」
ラーウは任せたぞ。と、エルダは言い残して先に部屋を出た。




