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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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2

「やっぱり今日も居ないし…」

ラーウはカイディルの天幕を覗き込みひとり呟く。


マルシェから帰った次の日の朝、朝食を抱え天幕を訪ねたが、そこはもぬけの殻で。

カイディルはその日一日姿を現さなかった。


何処へ行ったのかと周りに聞いてはみたが、

アルブスは興味ないのか分からないみたいだし、キリアンに至っては清々しいほどの笑顔で「全く知らない」と言い切った。

じゃあ最後の頼み綱と、母さんに尋ねれば、

あー……。と渋い顔をして。

「……事が終われば帰ってくるだろ」と、よく分からない返事。


そして今日もやっぱりカイディルの姿は見えない。




ラーウは籠を片手に森を行く。

薬草の採取と平行してカイディルを探す。

なんか前もカイディルを探して一人森をさ迷ったよなぁ…、などと思いながら。

でも今回は、狼姿のアルブスがラーウの後ろからついて来る。ここ二日程、誰かしらが必ず側にいて、長い時間一人になることはない。

( 何なんだろ? 見張られてる? )

森から出るとでも思われているのだろうか?



でも、本当はその通りで。

今直ぐにでも外へとカイディルを探しに行きたい。それは直感に近いものだけれど、今回彼は森には居ない気がするから。

だけど、何処を探せばいいかなんて皆目見当もつかないし、これに関しては精霊達にもどうにも出来ないみたいで。

「あーぁ……」と。

森の木々が途切れ日差しが差し込む、草花に埋め尽くされた小さな空けた空間に、ラーウは不貞腐れたようにごろりと転がった。


( 母さんが言うように、本当に私が魔女であればパパッと探しに行けるのに )

この前とは逆の矛盾した考えだけど。


そして一番気になるのは――、

カイディルの姿が見えないことに、何かザワザワとした嫌な予感めいたものも感じていて。


直感や予感。それは魔女にとっては大切な要素。でも今はそれだけでは何の役にも立たないことに、ラーウは小さなため息を吐いた後、くるりと横を向けば、

薄ピンクの花びらを持つ月見草の群生が視線の先で揺れる。


その花の間をヒラヒラと舞う蝶。

黒と金の模様の入った蝶は花に止まることなく側へと飛んでくると、ラーウの目の前を優雅に飛ぶ。そっと手を伸ばせば、その届かない範囲へと逃げる蝶。

ラーウの、大切な青い蝶は今は宝箱の中にしまっている。そしてそれを大切だと知らしめている彼は。

( ……何処に行ったんだろ… )



「ラーウ?」と、問いかける声。

優しく髪を撫でられて。振り仰げば、見目麗しい人型となったアルブス。

「……どうしたの?」

その姿に。逆に疑問で返せば、

「何だか寂しそうだったから」と、

横に座り込み、やはりラーウの髪を梳かす。

その指先になすがままに。ラーウはもぞもぞと少し上体を起こすとアルブスの組んだ足の上に頭を収めた。


珍しく素直に甘えたラーウの態度に、アルブスは形の良い唇を綻ばせて。

「あの男の事が心配?」

「………うん」

「なら魔女に尋ねればいい」

「でも…、母さん教えてくれないと思う」

拗ねたように言ってアルブスの赤い瞳を見上げれば、そのルビーのような瞳は柔らかに細められ。

「ラーウが、本当に真剣に頼めば、魔女は直ぐ折れると思うぞ?」

序でに泣き落としてみろと笑う。

「何それ…」

少し呆れながら。


でももし教えてくれたとしても、ラーウ自らが動くことは厳しいだろう。

母さんもキリアンも、それは目の前のアルブスだってきっと許してはくれない。

わたしは待ってるだけだ。()()()()()()()()


ラーウは再び小さなため息を吐くと目を閉じる。

「ラーウ? 寝るのか?」

人型の時のアルブスは声さえも麗しい。

その声を聞きながら、ラーウはその言葉通り、ゆっくりと夢の中へと落ちて行った。






暗い闇の中を蝶が飛ぶ。

ヒラヒラと、不規則に。


ここは今、夢の中だと理解してる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ラーウの目の前まで来ては離れる。手を伸ばせばまた逃げる。まるで遊んでいるかのように。


『……けた』


声がする。


『…つけた』


蝶が近付く度に微かに聞こえるそれは。

この目の前を飛ぶ黒と金の模様の蝶が喋ってるのだろうか? 


まぁ、夢の中ならそれも不思議ではないか、と。


何を言っているのか聞き取ろうと、

逃げるのを止めその場に留まる蝶へ再び手を伸ばせば、自らラーウの指先へと止まった。


視線が――…、会ったような気がした。

それは何故か黒と金の瞳で。


そして今度こそはっきりと聞こえた声は、低く愉しげな男の声。



「―――見つけた」と。









──‥──‥──‥──‥──





窓から見える空は黄昏模様をようしている。でも残念ながらその美しい風景は無粋な格子に遮られていて。それは部屋にある窓全てに。唯一の扉も外から鍵が掛けられていて、この部屋から出ることは叶わない。所謂軟禁状態だ。


ミネリアは窓の外から視線を外し、部屋にいる男に向ける。

本来ならミネリア一人が閉じ込められている部屋のはずだが、この男には関係ないのだろう。

椅子に腰掛けどこか遠くに意識を向ける黒と金の瞳。珍しく口元に笑みを刻んで。


()()()()姿()()()の彼は、あまり感情を表に出すこはないと思っていたのでミネリアは少し驚く。

「……何か楽しいことでもあったの?」

思わずそんなことを聞いてしまうほど。


男はミネリアの存在に今気付いたとばかりに、一度瞳を瞬く。そして、ああ――、と。


「旧知の友がこんなにも長い間引きこもっていた訳が分かった。

……なるほどな。これで総ての駒が揃った」


( ……駒………。駒か…… )

この前もこの男――いや、あの時は少女の姿ではあったが。そう話していた。

今のわたしのこの現状もきっとそういうことなのだろう。

()()()はどうやら明日、処刑されるらしい。


この国の大公であった男、カイディルの事実上の父親。そしてわたしを力に寄って支配する男に。

それが本当に施行されるのかどうかは分からない。だがあの男が抱える妄執を持ってすれば、あり得ないこともない。


わたしの最終的な望みは死だ。

だからそれは別に構わない。


カイディルは、きっとその時その場に現れるはずだから。

それは揺るぎない断言。



この黒目金目(オッドアイ)魔法使い(ウィザード)にとっては、妄執に取りつかれた男も、カイディルも、ミネリアもただの駒だ。

そして今捕らえられた、誰か知れない存在も。


「もうすぐだ、もうすぐ……。  

全てが出来上がっているはずなのに、足りなかったあとひと押し。

あぁ……、これできっと叶うはずだ…」


ミネリアの心内を余所に、男はやはり珍しく饒舌に。その独白。


この魔法使いが何を叶えようとしているのかは知るよしもないが、

ただわたしも自分の望みの為に駒としての役割を果たそう。


その刻はもうすぐ――。



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