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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
33/81

4

( ――まぁ、思い悩んだって仕方ないか )


直ぐにどうこう出来るものでもないし、成るものでもない。


それならば、好きな人(カイディル)といる今この時間を楽しんだ方が良いに決まってると。

ラーウはカイディルの外套(マント)を掴むとグイッと引く。


「早く行こう! 終わっちゃう!」

「あ、おい――」

体格も体重も差がありすぎるのだから、本気で引っ張れる訳ではないけど。裾を引くラーウにカイディルも抵抗すことなく、マルシェが開かれている場所へと移動した。



向かうにつれ人通りも増えてくる。

マルシェは中心部にある広場にて開催されていて、その広場を見下ろすように建つ立派な建物がまず目についた。鄙びた村にはあまり似つかわしくないきらびやかで荘厳な。


「何か凄い建物だねー」

見上げるラーウに、

「あぁ、これは教会だな」

女神フレイヤを信仰している。と、カイディルは入口上部の女性のリレーフを指差す。

「女神フレイヤ?」

「この世界(ヴェルトアーデン)を作った女神だそうだ」


ラーウはカイディルが指差す方を眺める。

巨大な扉の上に、半立体的に飛び出した女性の像が、長い髪を靡かせ胸元に丸い球体を掲げているのが見えた。


だが、「ふーん…」と。その話にはそれ以上の興味は湧かず、ラーウは適当に返事を返して辺りを見渡す。

賑わいの盛りは既に過ぎたのか、人々の流れは隙間が見え、既に片付けを始めている店もある。

「ああ! 本当に終わっちゃう! カ――、あっ…」

焦ったラーウは振り返り、カイディルに話し掛けようとして、エルフの男の言葉を思い出して。


「……カイ、わたしちょっとお店見てくるね」

急に小声になったラーウに、何故か苦笑したカイディルの返事は聞かないまま。いそいそと、ラーウは露店が建ち並ぶ広場の中へと足を進めた。




カラフルな花々や、珍しい野菜、光輝く宝飾品達。大きいものは家具まである。

外国からの品物も並び、森からあんまり出ることのないラーウには、どれをとっても物珍しいもので。

心惹かれる物ばかりの中、すこし興奮ぎみにキョロキョロしていたラーウは後ろから足早に来た通行人に、

ドンッ――!と、ぶつかる。


「気を付けろ!」

吐き捨て去っていく男。

バランスを崩されたラーウは前のめりに地面へ。

( あ、ヤバい…… )

思わず目を瞑る。


だが――、


地面へと向かう手前、腰に手が回りラーウの体はグイッと後ろに引かれた。

「――!!」



元へと戻った体勢と、背中に感じる硬さ。

直ぐ間近に漂った、家族とは違う嗅ぎなれない匂い。そして、耳元で聞こえたカイディルの低い安堵の声。

「……っ、ぶないな…」

必然的に、今自分の腰に回されている手は彼のもの。

ラーウを抱え込むように。


「うわっあぁ!!」


ラーウは慌ててその腕から逃げた。

顔が一瞬で熱を持つ。


でも、ハッと我に返り、助けて貰ったのにこの態度はないなと。

「――あっ、カイ! ごめん! あの…その…、あの………ありが、と…ぅ」


振り返り急いで言葉を刻むラーウの視線の先。カイディルは少し目を見張った後、

眉を下げ「ははっ」と笑った。そして、

「見てると危なっかし過ぎて困る」

と、青い目を僅かに細めた。 


きっとラーウの動揺など全部お見通しなのだろう。

そんなカイディルに、やはり顔を赤らめたままラーウは少し頬を膨らませた。




店の大半が片付けを始め出した頃、ラーウはひとつの露店で足を止めた。

ゴザを広げただけの簡単な店。そこに並ぶのはキラキラと光る、蝶を型どった髪留め。

「綺麗……」

足を止めたラーウに店主が声を掛ける。

「おひとつどうだい? 可愛いお嬢さん」


ラーウも年頃の娘並にはお洒落には興味はある。さっきおじさんから貰った、今頭に被っている小花模様のストールもやはり可愛く心弾ませる。けど、これはまだ実用的で。

「うーん。でもな…」

普段でも付けることのない髪留めなど、必要ないよなぁ。と悩むラーウに、それならばと。店主は今度は、目を離すと危ないからとラーウの後ろに立つカイディルへと矛先を向けた。


「彼氏さんが買ってあげるとかどう? 可愛い彼女に 」

にこにこ顔の店主が自分の後ろを見て言う。ラーウは一度瞳を瞬かせて。


「……………はぁ!?」


「――おわぁ!? ……何? びっくりした…」

思わず出たラーウの大きな声に、店主の男は驚いた顔をする。

「彼氏って……っ!!」

「え…、違うの? じゃあ、お兄さん?」

「違うし!」

赤い顔で速攻で返すラーウに、じゃあ何なんだと店主は困惑の表情。


そんな二人の間にクスクスと小さな笑い声を立て、割って入ったカイディルは、広げられたゴザの前へと身を屈めた。


「おっ、兄さん買うかい?」

直ぐ様商売っけを出す店主。

「――っ、……カイ、ちょっと…」

小声で、ラーウはカイディルの服を引く。

だけど本人は何ら気にすることもなくラーウを見上げ、「どれがいい?」と尋ねる。

「……え?」

「さすが兄さん!」

いや、何が!?と店主に突っ込みを入れるも、カイディルはやはり重ねる。

「ラーウはどれがいいんだ? 俺が買おう」


再び目を瞬かせる。

「――はっ!?」

「ほら、兄さんもそう言ってるよ? どれにする?」

言質を得て満面の笑みで話し掛ける店主を一度キッと睨み付け、

「でもカイ……」と躊躇いがちにカイディルへと視線を向ければ、少し目尻を緩めて。


「食事の件だけでなく、ラーウには諸々お世話になっているからね。お礼がしたいんだ」

だからこれくらは。と言うカイディル。


諸々が何なのかよく分からないけど、それが本当に純粋な好意からくるものだというのは分かる。

別の意味など持ち得ないほどに。


「…………」

ラーウは無言でカイディルの横に同じようにしゃがむと、ひとつの蝶の髪留めを手に取った。迷いなく。

「選ぶの早いな!」と笑う店主に差し出したそれは。

「…カイ……、ありがとう」

「どういたしまして」

そう言って笑う男の瞳と同じ、深い青色の蝶。



「――ねぇ、聞いた?」

「何が?」

「公妃…じゃなくて、領主夫人の話し」


それは隣の露店から。


「ミネリア様? 何かあったの?」

「なんかねー、罪人として近々裁かれるらしいわよ」

「えっ何!? どういうこと!?」

「さぁ、よくは分からないんだけど…、私の旦那の妹が城の侍女をしててさー」



ラーウは店主に鏡を借り、ストールをずらし耳の上辺りに蝶を留めた。



「…そうそう、そうなの。でもね、もう全て決まっていて…」



色素のない白い髪に、蝶のブルーはとても良く映えると自画自賛で後ろを振り返る。



「噂では、三日後には刑が執行されるって…」



そして、どこかぼんやりとしているカイディルに問う。

「――ね、似合う?」



「それも、処刑らしいって――、」






「…………カイ?」

ラーウの問いかけに反応することもなく、何かに気を取られたのか、一瞬顔を強ばらせたカイディル。ラーウは近付き覗き込む。


「……どうかしたの?」

「――、………いや…、何でもない」

カイディルは何かを振り切るように小さく頭を振ると、着けたのか。と視線をラーウへと止めた。


うふふと笑って、

「どう? 似合う?」と尋ねるラーウに、

ああ、よく似合うよ。とカイディルは眩しそうに目を細めて。

「ラーウを見てると、昔を思い出すよ…」

そう少し寂しそうに笑った。



そしてまた馬車に乗り家へと戻る。カイディルはその間も普段と変わらず。


でもその夜に――、



カイディルは何も言わず姿を消した。



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