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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
31/81

2

二人ががりで手早く獲物を捌き、精霊達にも手伝って貰って家へと運んだ。


「これでよし!」

保存用の肉を塩樽に漬け込んで。終わってから、用意した薬等を木箱に詰め背負子へ乗せ、それを背負い外へと出れば、カイディルは剥ぎ取った鹿革を池の水へとさらしている。

ラーウは「ごめん、お待たせ」と、池の小道を小走りでカイディルの元へと向かった。



「ほら、貸して」

カイディルの元に来たラーウの目の前に差し出された手。

「ん?」

「背中の。それが薬?」

ひょいっと、背中の背負子を奪い、そして自分の肩へと掛けたカイディル。


「そんなに重くないから大丈夫だよ?」

ラーウは男を見上げ言う。

カイディルは他にも腰に袋を提げてたり、何だかよく分からない装備を身に付けたりと、自分より明らか重装備だ。

なので返して貰おうと手を伸ばせば、カイディルはこちらを見下ろし片眉を下げる。

「自分より小さな子が大きな荷物を持ってるのは、見ていて何となく心情がな。良くないんだ」


「…小さな……、子……?」


彼に悪気がないのは分かる。

分かるけど。


明らかな子供扱いには納得はいかない。


「小さな子じゃないもん!

身長は確かに小さいかもだけど! まだ大きくなるもん! だから自分で持つし! ――って、聞いてる!?」


だけどカイディルはラーウの訴えなど聞いておらず、そのまま背負子を肩に、南に向かいスタスタと歩いて行く。

エルダに一通り森の地図を叩き込まれたのか、その足取りに迷いはない。

「待っててばっ!」追い掛けるラーウ。

そして追い付き横へと並べば、カイディルはこちらにちらりと視線を落とし、

「そう言えばラーウは幾つなんだ?」と、急に尋ねた。


一瞬言葉に詰まるラーウ。

「……十六歳だよ、多分」

そう答えれば「多分?」と聞き返される。


「だって……母さんもキリアンもこの前の誕生日にそう言って祝ってくれたし」


それは所謂伝聞。実際ラーウの持つ記憶は曖昧で。断片的には浮かぶ過去の映像。()()()()()()()()()()()()()


幼き頃に森へと捨てられ、エルダに拾われたのだと。

「何だか、ぼやけてるんだよね、昔の記憶が。酷い熱の病気を患ったらしいから」

それがエルダが話したラーウの曖昧な記憶の原因。

「別にそれはそれで困らないけどね」

あっさりと言い切れば、頭上から静かに声が降る。


「………それは…、」

見上げれば、深い青い瞳がラーウを見る。その中に滲むものは。


ラーウはカイディルが言葉を続ける前に、慌てて笑みを作り遮るように尋ねる。

「じゃあ! カイは幾つなの?」

「…………」

それでもやはり何か言いたげに僅かにその青い瞳を細めて。

「…………二十七歳だ」と、

カイディルは嘆息と共に言った。



「ふーん。じゃあ、オジサンだね」

「ん?」

()()()()のわたしから見れば、カイなんて()()()()だよ」

それはさっきの意趣返し。

「それは…、さすがに酷くないか?」

「そう? キリアンなんてカイより若く見えるけど二百越えてるし、母さんなんてもー」

「そこと比べられるのは……、しかしオジサンはどうなんだ?」

複雑な表情になったカイディルに向け、

今度こそ両拳を握りしめ、強く言い切る。


「だーかーらっ! 

言ったでしょ! わたしも小さな子じゃないし!」


行き着くとこは結局はこの点のみ。だけど。


( ………………しまった… )


思わず勢いよく言ったものの、

そこまでムキになって言うことではないよなと。これでは余計に駄々を捏ねてる子供な感じがして、なんか凄く恥ずかしい。


そんなラーウを。

カイディルは目を見開き眺め、そしてゆっくりとした動作で口に手を当てた。


「―――っ、ふっ…、ふはっ!」


だけど堪えきれずに吹き出し破顔して。背を丸め肩を揺らし笑う。目に涙まで浮かべて。

今まですました態度しか見せなかったカイディルが、初めて見せた砕けた姿。でも、

「………さすがに、笑い過ぎじゃない?」

ラーウは恥ずかしかったのは忘れて、口をへの字にする。


「いや……、はは…っ、……すまない」

誤りながらもまだ苦しそうなカイディルは、やっと呼吸を整えると、ふくれ面のラーウを見て、

淑女(レディー)はそんな顔はしないと思うが?」

などと言うので、

「相手が紳士ならそれ相応の態度をします!」

そう、序でに嫌みのひとつでも言ってやれば、カイディルはまた笑って。


いつも目を奪われる、その少し鋭い青い瞳を緩め、

「そうだな、俺が悪かった。ラーウはちゃんとした淑女(レディー)だよ」と、

ラーウの頭へと優しく手を置いた。



その、カイディルの行為自体が、幼い子にするような動作であるというのに、

真っ赤になってしまったラーウには文句を言うことも出来ず。

「わっ、分かればいいのよ! それだけ!」

その手から逃れるように、思わず早足となった。


( なんで逃げてるのわたしっ? )


ラーウは熱くなった顔をパタパタと扇ぎながら先を行く。兎も角今はカイディルの顔を見るのは無理だ。何だか分からないけど。


そして充分な距離を取ってから、ちらりと後ろを窺えば、カイディルは別にラーウを追うこともなく。変わらぬ足取りでこちらへと歩いている。

そう――、慌てているのはわたしだけだ。

そのことで。急速に平静さを取り戻した。


バクバクと音を立ていた心臓も静かになった。だけど何故か痛い胸。

その副作用か、さっきカイディルが瞳に滲ませたものも思い出す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



でもそんなことは百も承知だ。 


母さんが――、魔女エルダが何も言わないってことは必要ないということ。

わたしが何かを忘れてたとして。その過去に何かがあったとしても。

それでも今、ラーウは幸せなのだから。


だから今はまだ良いのだと。


( ―――でも、 )


今度は足を止め、ラーウはしっかりと後ろを振り返る。少し俯き加減で歩いていた男は、前方からの視線に気づいたのか顔を上げた。



視線が会う、それだけで。


あと少しを、もう少しを、望もうとする自分がいる。


ラーウは一度唇をきゅっと噛んで。

「カイディル遅い! やっぱりオジサンなの?」と、

わざと呆れた声でそんな気持ちを誤魔化した。



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