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二人ががりで手早く獲物を捌き、精霊達にも手伝って貰って家へと運んだ。
「これでよし!」
保存用の肉を塩樽に漬け込んで。終わってから、用意した薬等を木箱に詰め背負子へ乗せ、それを背負い外へと出れば、カイディルは剥ぎ取った鹿革を池の水へとさらしている。
ラーウは「ごめん、お待たせ」と、池の小道を小走りでカイディルの元へと向かった。
「ほら、貸して」
カイディルの元に来たラーウの目の前に差し出された手。
「ん?」
「背中の。それが薬?」
ひょいっと、背中の背負子を奪い、そして自分の肩へと掛けたカイディル。
「そんなに重くないから大丈夫だよ?」
ラーウは男を見上げ言う。
カイディルは他にも腰に袋を提げてたり、何だかよく分からない装備を身に付けたりと、自分より明らか重装備だ。
なので返して貰おうと手を伸ばせば、カイディルはこちらを見下ろし片眉を下げる。
「自分より小さな子が大きな荷物を持ってるのは、見ていて何となく心情がな。良くないんだ」
「…小さな……、子……?」
彼に悪気がないのは分かる。
分かるけど。
明らかな子供扱いには納得はいかない。
「小さな子じゃないもん!
身長は確かに小さいかもだけど! まだ大きくなるもん! だから自分で持つし! ――って、聞いてる!?」
だけどカイディルはラーウの訴えなど聞いておらず、そのまま背負子を肩に、南に向かいスタスタと歩いて行く。
エルダに一通り森の地図を叩き込まれたのか、その足取りに迷いはない。
「待っててばっ!」追い掛けるラーウ。
そして追い付き横へと並べば、カイディルはこちらにちらりと視線を落とし、
「そう言えばラーウは幾つなんだ?」と、急に尋ねた。
一瞬言葉に詰まるラーウ。
「……十六歳だよ、多分」
そう答えれば「多分?」と聞き返される。
「だって……母さんもキリアンもこの前の誕生日にそう言って祝ってくれたし」
それは所謂伝聞。実際ラーウの持つ記憶は曖昧で。断片的には浮かぶ過去の映像。母さんが教えてくれた通りに。
幼き頃に森へと捨てられ、エルダに拾われたのだと。
「何だか、ぼやけてるんだよね、昔の記憶が。酷い熱の病気を患ったらしいから」
それがエルダが話したラーウの曖昧な記憶の原因。
「別にそれはそれで困らないけどね」
あっさりと言い切れば、頭上から静かに声が降る。
「………それは…、」
見上げれば、深い青い瞳がラーウを見る。その中に滲むものは。
ラーウはカイディルが言葉を続ける前に、慌てて笑みを作り遮るように尋ねる。
「じゃあ! カイは幾つなの?」
「…………」
それでもやはり何か言いたげに僅かにその青い瞳を細めて。
「…………二十七歳だ」と、
カイディルは嘆息と共に言った。
「ふーん。じゃあ、オジサンだね」
「ん?」
「小さな子のわたしから見れば、カイなんてオジサンだよ」
それはさっきの意趣返し。
「それは…、さすがに酷くないか?」
「そう? キリアンなんてカイより若く見えるけど二百越えてるし、母さんなんてもー」
「そこと比べられるのは……、しかしオジサンはどうなんだ?」
複雑な表情になったカイディルに向け、
今度こそ両拳を握りしめ、強く言い切る。
「だーかーらっ!
言ったでしょ! わたしも小さな子じゃないし!」
行き着くとこは結局はこの点のみ。だけど。
( ………………しまった… )
思わず勢いよく言ったものの、
そこまでムキになって言うことではないよなと。これでは余計に駄々を捏ねてる子供な感じがして、なんか凄く恥ずかしい。
そんなラーウを。
カイディルは目を見開き眺め、そしてゆっくりとした動作で口に手を当てた。
「―――っ、ふっ…、ふはっ!」
だけど堪えきれずに吹き出し破顔して。背を丸め肩を揺らし笑う。目に涙まで浮かべて。
今まですました態度しか見せなかったカイディルが、初めて見せた砕けた姿。でも、
「………さすがに、笑い過ぎじゃない?」
ラーウは恥ずかしかったのは忘れて、口をへの字にする。
「いや……、はは…っ、……すまない」
誤りながらもまだ苦しそうなカイディルは、やっと呼吸を整えると、ふくれ面のラーウを見て、
「淑女はそんな顔はしないと思うが?」
などと言うので、
「相手が紳士ならそれ相応の態度をします!」
そう、序でに嫌みのひとつでも言ってやれば、カイディルはまた笑って。
いつも目を奪われる、その少し鋭い青い瞳を緩め、
「そうだな、俺が悪かった。ラーウはちゃんとした淑女だよ」と、
ラーウの頭へと優しく手を置いた。
その、カイディルの行為自体が、幼い子にするような動作であるというのに、
真っ赤になってしまったラーウには文句を言うことも出来ず。
「わっ、分かればいいのよ! それだけ!」
その手から逃れるように、思わず早足となった。
( なんで逃げてるのわたしっ? )
ラーウは熱くなった顔をパタパタと扇ぎながら先を行く。兎も角今はカイディルの顔を見るのは無理だ。何だか分からないけど。
そして充分な距離を取ってから、ちらりと後ろを窺えば、カイディルは別にラーウを追うこともなく。変わらぬ足取りでこちらへと歩いている。
そう――、慌てているのはわたしだけだ。
そのことで。急速に平静さを取り戻した。
バクバクと音を立ていた心臓も静かになった。だけど何故か痛い胸。
その副作用か、さっきカイディルが瞳に滲ませたものも思い出す。
母さんが自分に対して何か隠しているのだということ。
でもそんなことは百も承知だ。
母さんが――、魔女エルダが何も言わないってことは必要ないということ。
わたしが何かを忘れてたとして。その過去に何かがあったとしても。
それでも今、ラーウは幸せなのだから。
だから今はまだ良いのだと。
( ―――でも、 )
今度は足を止め、ラーウはしっかりと後ろを振り返る。少し俯き加減で歩いていた男は、前方からの視線に気づいたのか顔を上げた。
視線が会う、それだけで。
あと少しを、もう少しを、望もうとする自分がいる。
ラーウは一度唇をきゅっと噛んで。
「カイディル遅い! やっぱりオジサンなの?」と、
わざと呆れた声でそんな気持ちを誤魔化した。




