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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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魔女と少女 1

この世界を襲った<大崩壊(グレートコラプス)>から五百年。

大陸ヨルズの北西、『黒き森』には崩壊によって出来た亀裂がある。

それは深い谷となり底は見えない。

沢山の人々が好奇心という名の調査に繰り出したが、近付く程に谷底からは瘴気が上がり、人も動物達もそれに触れると発狂するか死を迎える。


この谷底は魔の世界と繋がっている。

近付く者は魔物と化す。

『黒き森』にはなるべく近寄るな。


それが五百年たった今の、人々の見解。



だけど――、

谷の瘴気に当てられたのだろう。フラフラと生気なくさ迷う人を見つけエルダは顔をしかめる。

身なりを見る限りは冒険者だろうか?

先人達の警告を信じない、冒険に取りつかれた馬鹿か、仕事の為に仕方なくこの森に入った苦労人か。


( …装備からすると後者だな )


仕方ない。エルダは小さくため息を吐くと、人差し指と中指を親指に当て輪を作ると口元にやる。

そして、小さく何言か呟くと数メートル先にいた男が崩れ落ちた。


近付けば、きちんと意識は失っている。

エルダは悪びれることなくその男の胸元を探って、見つけ出したのは一通の書簡。

この森のすぐ横に隣接する公国ヒルトゥール。その大公が各ギルドに向けて出した依頼書。この足元で伸びている男はその依頼を遂行する為に愚かにもこの森に来たのだ。


書簡の内容を呼んで、エルダは更に顔をしかめる。そのまま暫く悩んでから、おもむろに指笛を鳴らした。


それは、自らの魔力を乗せ、高く澄んで遠くまで響く魔法。



エルダはこの森に住む魔女だ。

魔女なだけに瘴気などなんてことはない。むしろ人避けに使えてラッキーだとしか思っていない。

数多くいる魔術師と違い、魔女や魔法使いの数は少ない。そしてその大半が人里離れた場に居を構える。幾人かは除いて。


精霊達から媒体や契約を元に力を使うのが魔術師。自らの持ちうる魔力を使うか、対価を元に魔力を行使するのが魔女であり魔法使い。

自らの魔力という時点で、それはもう人とはかけ離れた存在で。

否応なく人々からは敬遠されるもの。

煩わしく忌々しい感情をぶつけられるのも億劫で、だから同じく人が敬遠するこの『黒き森』は、エルダにとっては最高の優良物件なのだ。それなのに。




「母さん、呼んだー?」

呑気な声が森に響いた。


「母さんじゃない。エルダと呼びなさい」

「えー、別にいいじゃん。どうせ二人なんだし……………って、何これ、人間?」


森の中から突如現れてエルダを母さんと呼び、足元に転がる男を指差したのは、まだ大人になる手前の少女。


黒髪黒眼の魔女としての正統な色彩を纏うエルダとは違い、少女はその真逆の白に近いグレーの髪に、淡いグレーの光彩の瞳は、森の緑を受けて今は少し緑色をしている。

そして二人は全くと言っていいほど似てはいない。


エルダは少女の問い掛けは無視して、当初の目的に戻す。

「わたしはラーウを呼んではいないんだけどね。アルブスは?」

ラーウ、それが少女の名前。呼ばれた少女は、一度きょとんとした顔をすると自分が来た森を振り返る。

「もうすぐ来るんじゃない? ――あ、ほら!」



そして次に姿を現したのは、赤い瞳の真っ白い大きな狼。所謂フェンリルと呼ばれる幻獣。


巨大な白い狼アルブスは少女の側に寄り、ラーウの体の半分以上にもなる顔を押し付ける。

「ふふふ。ごめん、アルブス置いてきぼりにして。風の精霊(シルフ)達が勝手に連れてくんだもん。ほんと、ごめんってば」


ひとしきりラーウに鼻面を押し付けた後、アルブスは思い出しかのように魔女を見た。


「お前………。 契約者はわたしであると分かってやってるとこがたちが悪いな」

エルダはしかめた顔で文句を言う。


フェンリルとは、彼らが好む魔石を対価として払い契約を結んでいる。使い魔とするにはその力は強大過ぎるから。

最大の契約内容は、彼が今その身を擦り寄せているラーウを守る為、後は些末な用事。


そして今はその些末な方が目的。

「この男を森の外に放り出しといてくれるか? それと、」

エルダは目を細める。遠くを見るように。


「やっぱり他にも幾人かがこの森に入ってるな。あぁ、グループもあるのか…」

「そうなの? 誰とも会わなかったけど?」

ラーウが口を挟む。

それは精霊達が気を付けているから。とは言わず。

「まだ遠くにいるからね」とラーウに告げると、その隣の狼を見る。

「アルブスそいつらも追っ払っといて。殺すなよ、だけど痛い目はみせといて、二度と来ないように」


アルブスはめんどくさそうに鼻面にシワを刻んだが、ラーウにもう一度身を擦り寄せると、仕方ないとばかりにゆっくりと森の中に消えた。



「あいつ、ほんと対価の魔石減らしてやろうか……」

契約獣のフェンリルが消えた森に向かってエルダが呟けば、その独り言を聞き付けたラーウが「可哀想だ!」と文句を言う。


怒るラーウをエルダは見つめる。


自分で言うのも何だが、魔女は総じて見目が良い。そしてどちらかと言えばきついイメージだ。

纏う色が黒だからなのかもしれないが。

その反対の色を持つラーウは、肩を越えたくらいの緩いフワッとした髪に、顔立ちも甘く優しい。

性格はそこまで甘くはないのだが。



わたしと、似ていない魔女の娘。

対価も契約もなく、その身に大した魔力も持たないのに妖精や幻獣達に好かれるラーウ。

章気の立ち込める谷の奥底で眠っていた少女。そして―――。



でも、そんなことはどうでも良いことだ。

今は自分の大切な娘なのだから。


エルダは苦笑して、娘の柔らかい髪を撫でる。

「分かった、分かった。 じゃあ、アルブスの為に純度の高い魔石でも用意しとくよ」


( あげるとは言わないけどな )

それは心に押し留めて。



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