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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
23/81

3

「――ほら、起きろ、放蕩娘」


声と同時に鼻が摘ままれた。


フガッ!と女子にはあるまじき鼻音をたて目覚めたラーウは、天井もなく、眩しく直接瞳に刺さる太陽の光に、ここが自室でないことに直ぐに気付く。


「――ふぁ!?えっ、何!? ここ何処!?」


勢いよく起き上がり辺りを見回して。

誰がどう見てもここは森の中だ。そして目の前には明らかに怒っている母、エルダの顔。


「何処じゃない、馬鹿娘!」

「――あれ…?母さん…? 帰って来てたの? お帰りなさーい」

「は? ……………はぁー……」

呑気な娘の返答に、毒気を抜かれた魔女は盛大なため息。そしてラーウは首を傾げる。


( はて? それにしても何故自分はこんなとこに? )

と、つらつらと昨日の夜のことを思い出して瞬時に顔色を変える。

( え…、母さんがここにいるってことは…!? )


慌てて辺りを確認すれば、すぐ側に昨夜の焚き火の痕跡はあれど、カイの姿も荷物も見当たらない。


……行ってしまったのだろうか?

母さんに見つかる前に姿を隠せたことは良かったと思うが、何も言わずに去られたことがラーウの胸をチクリと刺す。


( あれ? でも母さんに用事があるって言ってたような? )



「ああ――、やっと起きたか」

そんなラーウの耳に、心地よい少し低い声が響く。


声の主は小川の方から荷物を抱え歩いて来たカイ。

顔でも洗ってたのか赤銅色の前髪からは水が滴る。それをうっとうしそうに掻き上げると、彼の深い青い空色の瞳が見えた。


その突然―――。

急に熱を帯びた自分の顔に、ラーウは両頬に手を当てる。

( ………んん? )



「……ラーウ…? お前……」


何故か少し驚いた感じで自分の名を呼ぶエルダの声に、ハッ!とラーウは我に返り。咄嗟に彼の存在を誤魔化そうとする。

「あっ!母さん、あのね!彼はね!

あのっ…えっと……、あの………」

だけど、そういうことはわたしには全く向かないみたいだ。


はぁー。と、エルダのため息がまたひとつ。


「キリアンのやつ……ったく、不甲斐ない」

魔女の独りごちた言葉はラーウには聞こえなかった。



エルダは身支度を整えている男を一瞥すると。

「ヤツから粗方話は聞いた」

「えっ!? カイから!」

その言葉に驚くラーウ。

「……カイ?」

何だそれは?とエルダがカイを睨む。


しかしラーウは聞いてはいず、驚いた顔から一転、今度は急に眉を寄せる。

「今から……カイの記憶、消しちゃうの…?」

昨日はそれが当然だと思っていた事柄。

「わたしとしてはそうしたいし、この男はここから放り出したいがな。

――だが、今はしない」

不本意だという態度のエルダ。


「魔女殿が約束してくれたんだよ。それと、暫くはここに滞在することになった」


その言葉は身支度を終えたカイから。

再び驚くラーウ。だが今度は少し上気した顔で。


「そうなの!? え、じゃあ、本当に家に来ればいいじゃない?」

「―――は!? こら、ラーウ! 何言ってる!?」

「何で? 部屋だってまだ空いてるでしょ?」

「そーゆーことじゃなく!!」

「いや……、俺は別にこのままここで良いが…」

やんわりと、断りを入れるカイ。


「――ほら、こいつもそう言ってる!」

言質を取ったようなエルダの態度に、

「何で!? この森は人間には危険だよ!」

ラーウは少しムキになり反論をする。


「ああー! なら結界内に入れればいいだろ!」

「結界の中も家の中も同じでしょ!」

「いや、全然違うぞ!?」

「母さんの結界内ならもう家ってことでしょ!」

「何だその謎理論は!?」

まだ暫く続きそうな親子の口論。


「……………」

もう口を挟むのは止めたカイディルは、どちらにしても移動は余儀なくされそうだと。

とりあえず荷物の整理をすることにした。




「じゃあ、カイディルってゆーの?」

「ああ」


結局、母さんとの口論は平行線のままだったけど、このままここに居ても仕方ないと。

家へと向かう道中、ラーウはカイから自分の本当の名前はカイディルだと聞いた。


( カイディル……、カイ……。 うん、あんまり変わんないじゃん? )

そのことでちょっと笑えば、何だ?とこちらを見下ろすカイディル。

わたしより頭ひとつ以上高い彼をラーウは仰ぎ見て。


「カイディルって呼んだ方がいい?」

そう尋ねれば、対して変わらないからどちらでもと、ラーウ自身も思っていたことを口にした。

それならばと。


「――ねえ、カイ?」

「何だ?」

「カイって呼ぶことにする」

ふふふと楽しそうに笑うラーウに、

「好きにしたらいい」とカイディル。その態度はとても素っ気ない。


キリアンもアルブスも、そして結局のとこエルダも、ラーウに接する態度はどこか甘い。たけど――、


甘くもなく、かといって突き放す訳でもない。適度な距離を保つ男の側は何だがとても居心地が良い。


思わず鼻歌でも歌いそうな上機嫌のラーウは、軽い足取りで、カイディルを自ら家へと案内した。




そんな娘の背を最後尾で眺め、


( さて、どうしたもんかな )

と、エルダは複雑な表情を浮かべる。


本人の自覚はあまりないようだが、明らかにラーウはカイディルに対して特別な思いを抱いている。しかも昨日会ったばかりの男にだ。

所謂一目惚れというやつか?


たがしかし、()()()()()()()()()()()()()()()者は、カイディルを知っているようなニュアンスだったが。


……まぁ、そんなはずはないか。

あれは氷室で眠っているオリジナルの姿。今を生きる、たかだか百年も満たない生しか持たない人間と関わっているはずがない。


そう、たかだか百年。

ラーウを守るには短すぎる年月。

しかも男は見たところ、変な違和感はあれど魔力は持ってはいない。


( どうしたもんかなぁ… )

何だかとても面倒くさいことになりそうで。


帰る家の方向からは、その兆しがバンバン伝わってくる。そこに関しては、本人が不甲斐ないせいなのだと思うのだが。


エルダは頭をポリポリと掻きながら、とりあえず弟子が暴走しないように願った。

うん、だって面倒くさいから。



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