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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
21/81

廃公子と魔女の娘 1

声がした方へと顔を向ける。


暗い森の中で、だがそれよりも尚暗い闇を持つ影。

「人間風情が何しにここへ来た?

――ふん…しかも、その顔には見覚えがあるな」


言葉と共に影は揺らぎ掻き消え、次の瞬間には至近距離から自分を覗き込む黒い――、どこまでも黒い瞳。

自分よりも低い位置にあるそれなのに、何故か見下ろされているような。


そして、剣呑に細められた瞳。


「!!」


それは一瞬で。

為すすべもなく、体は側の樹木へと叩きつけられる。


「―――ぐっ!!」

避けることも、身構えることも出来なかった。まさに圧倒的な力。

体は縫い付けられたようにその場から動けない。


それを行った魔女は、結果を確認することもなく。完全にこちらを視界の外に置いたままラーウの側へと屈む。

眠る娘の頬に掛かる髪を耳へ掻き上げると、

「全く…、呑気なものだな…」

苦笑混じりの、だが柔らかな呟き。


その姿に少し驚いて。

「本当に…自分の娘だという、認識なのだな…」

「………は?」


苦しい中、でも思わず零れ出た言葉に、魔女の意識は再びこちらを向く。そしてその言葉は、余計彼女の期限を損ねたらしく、押さえつける力が強くなった。



「―――……で?」と、

娘から離れ自分の目の前へと立った魔女。


「お前…、――いや、()()ディ()()()()()


このような場所に、一体どのようなご用件で?」


微笑む魔女エルダはとても優雅で、

心の芯を凍らすように冷たく美しい。



樹木へと縫い付けられたままのカイ…いや、カイディルは、自分の名の後ろに付けられた敬称に僅かに眉をしかめる。

分かっていてやっているのだろう。本来の名を知ってるいるのだから当たり前か。


微笑みは嘲笑へと変わる。

「――ああ、すまない。もう公子では無かったな」と。



そう―――、カイディルが公子であったヒルトゥールと呼ばれた公国はもうない。

西から勢力を伸ばしてきたラドラグル帝国に無条件で降伏し、今はただのヒルトゥールという帝国の一領地となった。


大公はただの領主となり、現段階では国の管理を任されてはいるが、何れその地位は帝国の息のかかった者に取って変わるだろう。 


カイディルは自嘲の笑みを浮かべる。

だがそれも、もはや()()()()とは関係のない事柄だ。


「魔女エルダ。貴方にお願いがある」


だから真っ直ぐに、黒い瞳を見つめ言う。


直ぐ様、胡乱(うろん)に眉をひそめる魔女。

「……この状況でそれを言うのか?」


馬鹿なのか?と続く、呆れの混ざった声。

そう問われれば、確かにそうなのだろう。

自分が今から口に出そうとしている言葉も、きっとそのせいだ。


「俺に――、魔女の殺し方を教えてくれ」









──‥──‥──‥──‥──





『また、迷い込んだか?』

闇の中から声が聞こえる。


ここはさっきと同じ。

ラーウの無意識下で繋がった世界。目覚めれば忘れてしまう世界。

だけど今度こそ思考の全てがクリアだ。

()()()()()()()()()()認識出来ている。



闇が人の形を作る、黒い影のシルエット。

そして声は、その影から発せられる。


「この世界で、□□□□は今幸せか? 」

微かに心配を伴った声に、ラーウは笑う。

()()()を細めて。


「もう、その名ではないの。今のわたしは()()()と言うのよ、母さんがつけてくれた」

「ああ――…。 あの()()()()()()か…」


影の言葉に、ラーウはより一層笑みを浮かべ。

「フフ、大丈夫。『この世界(ヴェルトアーデン)』はわたしに優しい世界。そうでしょ?」

「…ああ、そうだな」


「そう…、あの時の全てはもうないもの」

僅かに声が落ちる。



では――、()()()()()()()()()()()()



俯いた自分の顔の横に、緩やかにうねる()()()()()が寄り添い流れる。

それを自らの耳に掛ける――と同時に、再び顔を上げたラーウ。

「―――あっ…」


「……どうした?」影が尋ねる。

「母さんが……。――ちょっとマズイかも…?」

「戻るか?」

「……――ええ」


頷いて、佇む黒い影を見る。

全てが闇色の色彩に染められた男。


それは無機質な、寸分の狂いもなく創られた造形。

完璧で美しいそれは、観る者に寄っては恐怖をも感じるかも知れない。

だけどラーウにとっては――…。



もし今度、この無意識下の中を訪れたとしても、自分は今の自分としての意識を保てていないかもしれない。

こちらを見つめ、微かに闇色の瞳を細める男を、ラーウも返すように暫く見つめる。


誰よりも。今のラーウと関わる誰よりも。

わたしのことを思ってくれている存在。

戻れば、全てを忘れてしまうのに。


「…………行くね」

「ああ――」


別れの言葉は短く。


ラーウは素早く翻る、()()()()消える前に。



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