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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
19/81

4

「はーなーしーてよっ!」

「色彩からしたら精霊か妖魔な類いか?」

「聞いてる!? 離してってば!」

「そもそもこの森に子供などいるわけないな、ははっ」

男は自嘲気味に笑って。


( また子供って言った! )

ラーウは痛みと、何だかよくわからない悔しさで、少し涙目になりながら男を睨む。

精霊達はザワザワとラーウの周りを飛び交うが、何故か男の方へとは向かわない。


「だからそんなんじゃないし! ――わたしはっ!」

一瞬、言葉を止める。でもいいや!と、

「わたしはっ、魔女の娘なんだからね!」


「――――魔女の?」

若干、力が緩んだ。


「そうよ! この森に住む魔女エルダの娘のラーウ!

素性はわかったでしょ、離して!」

なんか色々言ってしまってるけど、後でキリアンに記憶でも消してもらおうとラーウは開き直る。


だけど男はラーウの手首を離すことはなく。

「魔女の娘と言うには黒色を持たないが?」


「それは―――、」

ラーウは唇を噛む。


「…………わたしが、本当の娘ではないから…」

どうしてこんなことをこの男に言わないといけないのか?


気にしていないようで、実は気にしている。

ラーウの色彩は全体的に白い。魔女とは対象的な色。

黒色は魔力の象徴。それを持たないラーウは必然的に魔力は乏しい、寧ろないに等しい。

魔女の娘という立場なのに、ラーウは魔法のまの字も使えはしない。

それを目の当たりにされた。


少し俯いたラーウに、「……そうか」と、

先ほどより幾分和らげられた声が落ちる。

そして離された手。

顔を上げれば、自分のフードに手を掛け、それを外した男。


月明かりに照らされた赤みを帯びた茶色の髪は短い。

キリアンやアルブスとはまた違う、どちらかと言えば男らしい精悍な整った顔。

でもやはり、少し鋭い深い青い瞳が印象的で。


ただ何となく、ぼーっと見上げていたラーウを、その瞳が捕らえた。

瞬間に、両頬を押さえたラーウ。何故だかわからないけど。


そして男は、ラーウの前にひざまづいた。

目線が下がる。

「私の名は――、…カイと言います。

高名な魔女殿のご息女とは知らず、数々の無礼お詫び申し上げます」


急に改まった口調と態度に、逆にまごつくラーウ。

「な、な、何…急に…」

「いえ。随分失礼な態度を取ってしまいましたので」

「そ、そう? 別にそんなの……」


男は、膝を折ったまま無言でラーウを見上げる。ラーウの心をざわつかせる青い瞳が、月明かり受け更にはっきりとこちらを見る。 


「………………ぐっ、うぅぅ…」



そして、折れた。ラーウの心が。


「―――ああっ、もう!!

早く立ってよ!そーゆーのいらないから!」


「いいえ、そういう訳には」

だけど男は涼しい顔で。

「何で!? いいって言ってるでしょ!

――ああ、そう! 許す、許します。 これでいい!?」


視線が外れた、男が俯く。

ほっと息をついたラーウ。目の前の男の肩が揺れる。

「…………もしかして、笑ってる…?」


ラーウの問い掛けに、「――いや、」と、男は手で口元を隠し立ち上がる。

すぐ側に立つと見上げるほど高い背。アルブスと同じくらいだろうか。


やはり笑っていたのか、鋭い目尻を少し下げた男がラーウを見下ろし、

改めて上から下まで一旦ラーウを眺めると、

「そうだな、どう見ても妖魔の類いとは言えないな」との一言。


何か馬鹿にされた気がして、ムッと顔しかめるラーウに、

「お詫びと言ってはなんだが、お茶でも一杯飲まないか?」

わりと上手なんだが。と、口調を戻した男が今度こそはちゃんと笑って、ラーウをお茶に誘った。





すぐに断る理由が思い浮かばなかったのと、喉が渇いていたのは事実で。ラーウは男の誘いに乗った。


会ったばかりの知らない男の誘いだなんて。

保護者達に知られたら怒られそうだが、何故かこの、カイと名乗った男は大丈夫な気がした。

たとえ本当の名を隠したとしても。


あの一瞬の躊躇いはそういうことだろう。

( まぁ、別にどうでもいいけど )

どうせ今この全てが、消してしまう記憶なのだから。だからこの時間も何もかも、男の中には残らない。

――そのことに、何故かチクンと痛む胸。



男は手慣れた様子で焚き火にケトルを置く。すぐに湯気を立てる音。

分量など気にしてない様子で入れらる茶葉に、ラーウは大丈夫か?と眉をひそめたが、

男から手渡されたカップからは、茶葉の良い香りがする。


恐る恐る一口含めば、零れ出た言葉は。

「……美味しい」

向かいでは同じようにお茶を飲みながら、その言葉に満足げに目を細める男。


あんなに適当なのにこんなに美味しいなんて。なんかちょっと悔しい。

ついでに言えばここに焼菓子なんかがあれば、「……最高なんだけどなぁ…」と思わず零れた。


そんな独り言に、男が反応を示す。

「何か言ったか?」

ラーウは小さく首を振って。

「ううん。こんなに美味しいなら一緒にお菓子があればいいのにって」

「それは……。さすがに今はないな」

チラッと一瞬自分の荷物を見て、律儀に答える男に、ラーウはちょっと笑う。


「家に戻れば沢山あるんだけどね」と、

肩をすくめれば、男は少し複雑な表情を浮かべて。

「そう言えば、こんな時間に外を出歩いて大丈夫なのか?」

それは、やはり何となく、小さな子供に対しての。

「多分、怒られる」

「――おい」

「でも今母さんいないから」

「それは……親の居ぬ間にハメを外すというやつか…」

呆れたような声。男の言うそれはちょっと違う気もするけど。


続いて告げられた言葉は、少し残念そうな声色。

「そうか……、魔女殿は今留守なのか…」

「用事って母さんにだったの?」

「――ん? ああ…、まぁそうだな」との、男の返答に、


「多分もうそろそろ帰ってくると思うよ。なんなら家で待つ?」

ラーウの何気に口をついた言葉が、男の目を見開かす。


その表情に、あっと口をつぐみ、

そして、ばつの悪い顔となるラーウ。



『人間と魔女は馴れ合うものではない。一線を画すものだ』


エルダにも言われたそれは、昔からあるルール。

善き隣人という関係がベストであると。

特にエルダは名の通った大魔女だ。その存在は人にはとっては最早、畏怖の対象なのだ。


だからラーウの提案は人間にとってみれば、

自ら死地へと赴く程の勇気が必要なこと。

こちらにそんな気など全く無くとも。


要らぬことを言ってしまった。

「……ごめんなさい」

謝るラーウに、男は苦笑を浮かべる。


「多分、勘違いしてると思うが…、

見知らぬ男を、あまり簡単に家に招待してはいけないと思うぞ?」

「――え?」

咄嗟に尋ね返せば、「いや――」と男は苦笑したまま首を振る。そして、


「ここは思ったより快適だからここで待つさ。……ありがとう、ラーウ」


炎の向こうの男は、鋭い目を細め笑った。

ラーウの名を口にして。



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