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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
18/81

3

どうせ今からではもう寝れないだろうと。


満月からは幾分欠けた、それでもまだ充分美しい円を描く青い月を眺め、散歩でもしようかと部屋靴を履き窓から外へと出るラーウ。


玄関へと向かえばキリアンを起こしてしまいそうだったので、何となく。


そう、何となく。

見つかったら絶対連れ戻されることも分かっていたので。それか自らも付き合うと言われるか。


それはそれで別に構わないのだけど、何故か今は一人なりたかった。




家の周りを囲む小さな池にも月は浮かぶ。

いつもなら池の畔で寝ているはずのアルブスの姿は見えない。

これは願ったりと、ラーウはその中に一本走る小さな小道へと足を踏み出す。


まるで橋のようなその道は、本来ラーウひとりであれば、通ることは叶わないはずなのだけれど、小さな水の精霊ウンディネ達が手を貸してくれる。

「ありがとう」と小さく声を掛け、森へと入ったラーウ。


人からは忌み嫌われるこの森。

だけどラーウにとっては親しんだ森。だから怖いと思うことなどない。


そもそもだ。

ここは魔女の、母さんの結界の中。

怖いなどと思う必要もないとこ。

人間も、害を為す者も入り込むことはないのだから。



昼間の太陽とは違う、冴え冴えとした月明かりが木々の隙間から森を照らす。影は尚暗く、小さな獣達の目がその中に光る。

いたずら好きな夜の精霊達が木の葉をザワザワと揺らし、フクロウの声は低く優しく響く。

夜の森は、昼とは全く違う顔をラーウに見せる。


保護者達には夜の森にはひとりで出ないように言われている為、滅多に見れないその顔に。思わず魅せられて、思ったより大分奥へと来てしまった。


小さく川が流れる音。多分、母さんが結界とした小川だろう。

でも喉を潤すにはちょうどいいと、ラーウは音のする方へと向かった。




近づき気付いたのは、遠くに揺れる炎の灯り。

( 誰かが、火を灯してる…? )


場所はラーウが向かおうとしている小川の側。結界内だろうか?

だけど結界内には魔女に許された者しか入ることは出来ない。


では知り合いだろうか?

だけどラーウにはエルダの知り合いなど一人も知らない。

( ……どうしよう? )


戻ってキリアンに話すべきか。

多分それが正解。でもラーウは、自分の好奇心に負けた。


もう少しと、灯りへと近づく。

どうやら、旅人風情の男が一人、焚き火をしているようだ。


更に近づこうとしたラーウに、


ふいに掛けられる低い誰何の声。


「―――おい、そこにいるヤツ」



ラーウは一瞬、ぎょっと身を竦める。

まだ充分に遠い距離だ。灯りの元にいる男ならいざ知らず。暗闇に紛れたラーウは見えないはずなのに。


男は顔を上げた。フードに隠れてはっきりと顔は見えない。だけど明らかにこちらを向いている。


「いるのは気配でわかっている。隠れてないで姿を見せろ。じゃないと敵と見なす」

脅すような低い声。更には傍らに置いていた剣の柄へと手を掛ける。


傍らにいる精霊達がざわめく。男は本気のようだ。

( 嘘でしょ! )


「ちょっ――、ちょっと待ってよ!」

慌てて声を掛け、ラーウは月明かりの下へと躍り出た。もちろん、姿を見せる為に。


そんなラーウの姿を目に止め、

「………子供か…?

何故こんな時間に、こんなとこに…?」

驚いたような、訝しむような男の声。


子供と言われたことで、ラーウは一瞬ムッと顔をしかめる。


「あんたこそ、ここで何してるのよ!」

「それは俺が質問してることなんだが……まぁ、用事の為だと言えばいいか?」

「用事って……。人間にはこの森に用事何てないでしょ!

…まさか、あんたも谷底にはお宝があるとかいう噂にのせられた口なの?」


それはいつの間に広がった馬鹿な噂。

『黒き森』の奥深くにある瘴気に覆われた亀裂。その深い谷底には隠された財宝が眠る。


そんな噂に踊らされて、好奇心という名で何人もの冒険者と名乗る男達が愚かな死を遂げた。


エルダやキリアンはそんな奴らはほっておけと言うが、やっぱり自分の大好きな森で人が亡くなる状況は避けたい。

だけど私自身が一人で人間に会うことなんて無く。今回、この男の目的もそれならば一人の、その命を救うことが出来るんではないか?と。


まぁしかし、その同じ好奇心で、現在ラーウは男の前に姿を現さないといけない状況なのだが、それも人助けとなればチャラになると言うものだ。


意気揚々と注意しようとしたラーウ。

「言っとくけど! あんな噂ウソだから。

谷には近づか―――……て、何!?」


男は急に立ち上がり、こちらへと向かって来る。


「な、何よ! …怒ったの…? で、でもホントのことだし!」


無言で近づいて来る男の圧力にラーウは怯み、思わず背を向け逃げようとしたが、

男の方が速く、手首を捕まれた。


「!?」

「その噂は、初めて聞いた。…まぁ、そんなのはどうでもいい。だが――、

お前さっき『人間には』と言ったな…?」

「……だから何?」

「人は自分達のことを『人間』と言うくくりではあまり言わないものだが?」

「――!! そ、そんなの……っ!」


ギリッと手首を掴む力が強くなる。引き上げられる腕。

「痛っ――!!」


「……お前は何者だ?」


静かに尋ねる、男の低い声。


自分に痛みを与える男をラーウは睨み上げる。月を背後にした男はフードの影に隠れ、見下ろす二つの瞳だけが冷たく光る。


青い、夜空のような深い青い瞳。

こんな状況なのにラーウは、何故かそれを綺麗だと思った。



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