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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
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黒き森の蛍 1

公国ヒルトゥール。

いや、もう公国では無くなったこの国の、膝元である首都ダドラルタよりも北に位置する。

『黒き森』に一番近い街ラティエ。


森を避け、迂回する人々が一度補給などに立ち寄る街として、そこそこ発展している。


夏至祭り本番の夜は、街の比率にしてそれこそ何処からこんなにも?というほどの人混みだったが、明けた翌日も、まだ人の往来は多い。

でももしかしたら、これが通常なのかも知れない。それは()()()この街に来た少女にはわからないこと。



「はぐれるから手を繋いで」


フードを目深に被った青年が少女へと手を差し出す。

見上げた青年の姿はいつもとは違う色彩。

黒い髪は、金茶へ。ダークブラウンの瞳は、淡い青。街にもちらほらと見掛ける、エルフ達と似通った。


「何か、見慣れないし…」

「仕方ないよ、我慢して」

エルフの青年は笑って少女の手を取り、

「ほら、ちゃんと被って」と、フードを引いた。



本来は暗色を纏う、絶対数の少ないダークエルフである青年は言わずもなが、少女自身も珍しい色彩の持ち主で。

白に近い髪は老人にも持ちえるものだが、薄いホワイトグレーの虹彩、まるで色が抜け落ちたような。それはあまり見かけないもの。


そもそも、『魔女の弟子』と『その養い子』であること自体が、あまり公にしてはいけないことで。



初夏の日差しの中、薄い素材とはいえフードで顔を隠す青年と少女は、

魔女エルダの弟子キリアンと、魔女の娘ラーウ。


魔女本人は、夏至の数日前に、

「ちょっと呼び出された。不本意だが行ってくる」と、

よく分からない説明を残し、不機嫌顔のまま出掛けて一週間。まだ戻る気配はない。



人混みに疲れベンチへと座った少女、ラーウは、同じく横に腰かけたキリアンを見る。


「今日はもう森に帰るんだよね?」

と尋ねれば、

「そうだね…。――で、どうだった? 祭りは堪能出来た?」

逆に少し意地悪そうに返される。


それに対して唇を噛むラーウ。


( 母さんがいない、これはチャンスだ! )


と、キリアンに頼み、街までこっそり祭りを見学に来た。

空高く上る炎の様子は、それはそれは圧巻ではあった。――が、如何せん。


皆が避ける『黒き森』に暮らし、普段から人と接触のない生活をしてるラーウには、いきなり大勢の人間に触れることは中々な衝撃だった。


「楽しかったよ! ……楽しかったけど、もういいや。お家に帰りたい」

素直に本音を吐露すれば、キリアンは笑って。


「はは、分かった。――じゃあ、買い物だけして帰ろうか」

「だね! アルブスも待ってるだろうし」

ラーウのその言葉に対し、今度は若干顔をしかめ、

「魔女も飼い主なら、ちゃんと連れて行けばいいものを…」

「アルブスはペットじゃないから」

ラーウはたしなめる。



森にある魔女の家には、魔女本人とキリアンとラーウ。そしてもう一人、幻獣フェンリルのアルブスが暮らしている。


そのアルブスとキリアンはあまり仲がよろしくない。でもまぁ、お互いに度が過ぎることはないのでよいのだけど。




祭りのなごりで、露天にはいつもより物が多い。行商もいわば書き入れ時なのだろう。

二人はついでに必要なものを買い込み、帰る為に乗合馬車へと乗り込む。


馬車の振動、幌の開口部から入る風が気持ちよく。祭りの為、結局昨日は一睡もしていないラーウはウトウトとし出す。

聞こえるのは、同じ馬車に乗る人達の声。



「結局大公は国を売ったんだ!」

「あんた、大きな声を出さないで…」

「だってそうだろう? あんな新参の得たいの知れない国の属国になるなるて」

「大公は俺達の為に争いを避けたんだろうが?」

「それはそうかも知れんが! でも納得はいかない! ……きっと、それで公子様は姿を消したんだ」

「第二公妃に殺されたって噂も……」

「―――しっ! それはあまり言わない方がいい。あの方はあまりいい噂は聞かないから」

「まぁ、俺達にとっては村が家族が戦争に巻き込まれなかっただけでもありがたいがな。国が変わろうがどうしようが」

「ちっ! これだから愛国心の無いやつは…」

「あんたっ…!」



「――ラーウ? 


眠るならもっとこっちに寄って」


ふいに耳元で声がした。


「……ん?」

半分寝ぼけたまま返事を返せば、

キリアンが腕を伸ばし、自らのケープの中へとラーウを引き寄せる。

「ほら、もういいよ。寝ても」


優しく響く声。


キリアンはいつもラーウを甘やかす。

母である魔女が、大概にしろよ。と呆れるほど。

それが少しこそばゆく、でも心地がよく。包まれていると安心する。


だから、微睡みは確実なものとなり、

ラーウはキリアンに身を預けると、ゆっくりと眠りの中に落ちていった。







「ほんとに大丈夫かい? こんなところで…」

「ええ、大丈夫です。直ぐ近くですので」

「そうかい…。もうすぐ日が暮れるから、森には充分気をつけて」

「ありがとうございます」


御者の男へと挨拶をし、キリアンは一歩下がる。人の良い男は何度も振り返り、こちらを心配していたが、馬車はやがて見えなくなった。


キリアンは嘆息する。腕の中にはスヤスヤと眠るラーウ。


馬車など使わなくとも、街近くの森の入口には地点を刻んでいる。なので転移は可能なのだが。魔女からは、街ではなるべく力を使うなと言われている。

早くラーウをベッドへと寝かせてやりたいのに。

「…面倒くさいな」

再びため息を吐き、周りを確認し森へと入った。



一歩踏み込む。

キリアンを囲む森の景色が一瞬、ぶれた。

色を変えていた姿は元へと戻り、景色が変わる。


目の前には、魔女が要とした結界の大樹。

その傍らには大きな白い狼。

…迎えに来たようだ。


その狼――、アルブスはこちらに近付き、鼻面を腕に抱えるラーウへと寄せる。

そして赤い瞳がキリアンを睨む。少女をこちらに渡せとでも言うのだろう。


そんなアルブスを無視して、キリアンはさっさと家路へ向かう。うしろで唸る声。

――ふと、気になる気配を感じて。  

キリアンは振り返り鼻面にシワを寄せるアルブスを見た。


「誰か森にいるのか?」

「………ワウ」

「人間が? 何故だ?」


知るか!と唸るアルブス。

だがその気配はここよりまだ遠い場所。


( 自殺願望の馬鹿か? )


未だに好奇心でこの森に入る人間は後を絶たない。自分がここで暮らし始めてから二百年経とうと。


( まぁ、死のうが、狂おうがこちらには関係ないか )


ラーウに関わらない限りはどうでもいい。

なので直ぐに忘れた。


自分の腕の中で眠る少女。

キリアンにとってはそれが全てだから。



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