第二章
城下には、広場を埋め尽くす松明が見える。
夏至の夜の祭りのクライマックス。生者と死者の境目が曖昧となる夜。
この距離からでは街の人々個々の顔は見ることは出来ないが、風に寄って運ばれてくるざわめきには嫌なものは感じられない。
皆がそれぞれの想いでこの夜を過ごしているのだろう。
純粋に祭りを楽しむ者。亡くした死者に哀悼を捧げる者。乗じて酒を飲む口実に使う者、色々。
そして、自分は。
「…もう、行かれるのですか?」
背後から声が聞こえた。
既に気配は感じていたので驚くことはない。
その気配も知った者。この場において、自分が唯一心を許せる者。
振り向き見た者はやはり見知った、幼き頃から仕えてくれていた初老の男。
「行き先は――…。 …聞かない方が宜しいですね」
「……それが賢明だな」
その方が安全だから。
何も言わず、何も知らないまま自分は消えたのだと。
だけど彼に向けての、追求の手を逸らすことは出来ないかもしれない。
「そうそう、伝え忘れていましたが、私は明日から暇を貰いましたので領地へと帰ります。
優雅な隠居生活でも送らせてもらいますよ」
「―――!」
ニコニコと笑顔でいう男に釣られて、
凪いでいた顔に、思わず苦笑が浮かぶ。
「………もし、何もかもが終わって…」
初老の男は静かに続ける。
「側を通ることがあれば、顔を見せて下さい。
歓迎いたしますよ。でも出来ればお早目に。なんせ老体ですので」
「……善処しよう」
視界の隅で、遠く松明の炎が揺れる。
「私の隠居先はここよりまだ南ですので、北からですと大分離れてしまいますが、もし何かあれば…」
その言葉に、やはり苦笑しかない。
長年仕えてきただけのことはある。何もかもお見通しか。
「大丈夫だ。ありがとう」
それ以上は何も言わず、忠臣と言ってもいいだろう男は、こちらに頭垂れそのまま下がっていった。
彼も今日中に発つつもりかもしれない。
そしてまた、祭りへと目を向ける。
全ての松明が中央広場へと向かい大きな火柱となり空へと上がる。夜空を照らす大きな赤い炎。
戦禍の炎でなく、それは祈りの炎。
人々の幸せなくして国は成り立たない。
だから、その選択は間違いではないのだろう。
けど―――、
拭えない気持ち。
視線は燃え上がる炎を避け、北へと向かう。
遠くに見える、夜の空より尚暗く広がる森。
この国の人は決して近付かないだろう禁忌の森、『黒き森』
炎を通して見るそれは、赤く揺らめき更に禍々しく見えた。