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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
13/81

6

魔女は何を言っているのだろうか?


()()ラーウの(せい)はもう直ぐ終わる」

「……は、何を言って…?」

「あの子は、わたしが与えた魔力で今生きているんだよ、それがもう切れる。それを死と言うならそうかも知れないが。ラーウの場合は一旦ここで眠るだけだ」


エルダは氷の台座を見つめる。

だから死とは言えない。だが、生きているとも。


その魔女の言葉にキリアンは困惑する。

「意味が…、分からない」

エルダ自身も少し困った顔をし、「そうだなぁ」と呟き顎に手を当てる。

「初期化と言えば分かるか? 一旦全てをゼロとする。ラーウにとってはここが出発点で、ここに戻ることでリセットされるんだ、記憶も生も」

「―――何故!?」


思わず大きな声が出た。だが、魔女は諫めることもなく。

「わたしにも分からないよ。 …もう何回目だろうな。それくらいこれを繰り返しても尚、」

声が静かに落ちた。


「…分からないんだよ」

静かな諦めにも似た声。


キリアンは言葉に詰まる。

「―――っ」


エルダが、ラーウのことを慈しんでいるのは分かる。

あの魔女が?とは思ったが、見ている限りそれは事実だろうと。そしてきっとあらゆる手を尽くしたのだろうことも。


力を持つ魔女であるからこそ、余計にそれを痛恨していること。

生と死を、言葉どおりの意味でなくとも、それを繰り返す娘を助けることが出来ないことを。


「ラーウは、死ぬのか……?」

「死ぬ訳じゃないさ。 言ったろ、眠るだけだ」

この冷たい寝台にて。


消える訳ではない。二度と会えない訳ではない。

「…………それなら、…いい」

俯くキリアンに、魔女の声が降る。


「少年、わたしがお前を助けたのもラーウの為だ。わたしが居なくなっても、ラーウを目覚めさせる魔力を持った者が必要だったから」


ラーウとは違い、魔女に対しては何か理由があるとは思っていた。自分を助けることに。

だから、構わないと首を振る。


「わたしも不死ではない、何れ死ぬだろう。だけどあの子は死ねない。何度でも同じ時を繰り返す、進まない時計のように」

可哀想な子なんだと、

哀れみと愛しさが混ざった声。そして。


「少年にはすまないが、お前の生の有る限り、あの子に付き合ってやってくれないか?」


ちっともすまないと思ってはいないだろう魔女の、

懇願しているようで、それは決定したものだという声が告げる。


キリアンは俯いたまま、今度は縦に首を振る。ラーウの側に入れるのなら、そんなことは本当に構わない。


もしラーウに、魔女に。助けられなければ、ただ消費され失っていただろう命。大切だと思える人に使われるのに、躊躇いなどない。

たとえそれが魔女によって仕組まれたものでも。

その思いだけは自分のものだから。



でも、もし――。


今自分に力があれば、

その終わろうとする彼女の今の生を、


止めることが出来れば?

この温かく優しい時間は継続されるはずで。


せっかく手に入れたばかりなのに、失うにはあまりにも早い。例えもう一度手に入れれるとしても。


だから―――、


「キリアン。それは今、叶わないものだ」



静かな声が響く。


顔を上げれば、感情のない黒い瞳がキリアンを射抜く。


「『望むな。願うな。求めるな。』

言ったはずだろう。 歪んだものでは叶わないんだよ」


告げられる言葉に、キリアンは唇を噛む。

魔女には全てお見通しなのか。失いたくないと駄々をこねる、自分の子供じみた感情など。


唇を噛みしめ、見上げるキリアンに、

エルダは少し表情を緩めて。

「もうそろそろ目が覚めたかもしれないから戻ろうか」


誰とは言わない。言わなくとも分かる。

だからキリアンは、もう一度こくんと頷いた。





戻るのはどうするのかと思えば、

魔女はこの氷室の一画に座標を設定しているらしく、それは家に設けられた座標と同じ。


「同一点をただ繋ぐだけだ。大した魔力もいらない」

との一言のもとに、二人の目の前には魔女の家の扉があった。


それならば、行きもそれで良かったではないかと魔女を睨めば、「面白かったろ?」と笑う。

本当に最悪の魔女だ。



 


「――あ、キリアンお帰りなさい。

ごめんね、アルブスから聞いた。わたし倒れたみたいだね」


驚かせちゃってと、ベッドの上で笑うラーウのその顔色は白い。

魔女が気を利かせたのか、へばりついているだろうと思ったアルブスは居ず、部屋にはキリアンとラーウの二人。


何も言わないままラーウの側へと寄ると、頬へと手を伸ばす。

その頬は白さと相まって冷たく。キリアンの行動に少し驚いた顔をしたラーウは、でも直ぐ柔らかく微笑む、

「キリアンの手は温かいね」と。


「―――っ…」

ぐっと息を詰め、顔が歪む。

それは、その言葉は、ラーウにこそふさわしいもの。

壊れそうだった自分に与えてくれた温もり。


そしてもう直ぐ、失う温もり。


記憶はリセットされると言った。

ならば、彼女が初めて自分に与えてくれたものは、二人を繋いだものは、

もう――、ラーウの中には残らない。



眉間に力を込めていないと、溢れそうな何かを堪える。きっと今自分は険しい表情になっているのだろう。


「キリアン…? …大丈夫?」

心配そうに尋ねる声と、見上げる顔。キリアンを気遣うラーウの、それさえも――…。



( けど、彼女はいる。消えはしない )


もし失っても、また新しく繋ぎ直せばいい。

与えるのも、与えられるのも。



「何でもないよ、大丈夫。

ラーウこそまだ顔色が悪い。ほら、横になって」

小さく首を振ったキリアンはラーウを促し、表情を無理にでも改め笑みを刻む。不恰好でも。


そしてベッドへと身を横たわらせたラーウの、額に掛かる前髪を避け手を当てる。

あの時の魔女のように指先へと力を集中させてみたが、やはり何も変化はない。


( …当たり前か… )


今の自分では、まだ何も出来やしない。


「さぁ、眠って」

キリアンは言う。


額に当てられたキリアンの手が気持ち良かったのか、

僅かに顎を反らせ、目を細めたラーウは、

少し笑みを浮かべて瞳を閉じた。


規則正しく聞こえた呼吸に一息つく。

今は安堵を覚えても、それは…、その時はもう直ぐ訪れる。

そしてきっと何度も味わうだろうこと。



だから力を付ける。

ラーウを目覚めさせることの出来る力を。

そして解き放てる力を。


搾取されるだけの長い生など疎ましいだけだった。

だけど今はその長寿に感謝する。自分にはまだ長い時間があるのだということ。

ラーウの為の。だから。


額に置いていた手をどけて、キスを落とす。

愛と祝福のエルフからのキス。


だけど自分は違う。それから外れた者。



だから、それは、執着の―――。


「……おやすみ…、ラーウ」



挿絵(By みてみん)

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