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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
12/81

5

多分、自分はその姿を森で見た。

逃げ惑う中での一瞬だったけど、確かに。


けどそれは、とても人だとは思えない姿をしていた。



「今から向かうのは奈落だ」

目的の場所である入り口の前に立ち、エルダは言う。


そこは、<大崩壊(グレートコラプス)>で出来たという地の裂け目。

対岸は遥か彼方。奈落だといった底は、光りも通さない程深く。暗く立ち上る瘴気の霧。


結界を越えてから、幾ばくもしない内に森の雰囲気は変わった。

――いや、変わりはしない。木々はそのまま青々とし川は流れる。だけど、

動物達の気配は消え、森の気配も変わった。感じるのは、人でも動物でもない者の気配。



「キリアンこれを被っておけ」

何もない空間から魔女が取り出したのは、フードがついたケープ。

「ここからは瘴気の濃度が濃い。いくら耐性があっても今のお前では無理だからな」

ほら。と手渡され、キリアンは無言でそれを受けとると素直に羽織る。


なんでもないただのケープに見えるが、魔女が言うのだから何かあるのだろう。

きっちりとフードを被りボタンを留めたキリアンは顔を上げる。――と、魔女と目が合った。


「……ほんとは、もう少し先だと思っていたから。お前にも選択の余地はまだあったのだけど、な」

今まで見せて来た高慢さは鳴りをひそめた、少しだけ誠実な。そんな魔女の態度に、思わず。


「ラーウのっ――…。

……役に立てるなら、俺は別に…」

意味が分からないまま、それでも答えるキリアン。


まさに刷り込みのごとく。

キリアンの心は、ラーウの為に動く。

( 本当に……、意味が分からない )


それでも、自分のその心が、キリアンは嫌ではない。

だからそれが全て。



エルダは少し笑って、再び真面目な表情で言う。

「この中では、『望むな。願うな。求めるな。』

それだけを頭の中に置いておけ。じゃないと、」

あの者達のようになる。


目を向けるのは森の中。

魔女がいるので姿は見せなくとも、そこらじゅうから漂う気配。


魔女は化け物と言った、人間のなれの果て。


「この瘴気は、壊れ廃棄され、行き場を失った魔力の滓。望めば、願えば、求めれば、それでも力を与える。だけどそれは歪んだ…」


キリアンが見た者は、それは一瞬だったが、

盛り上がった背から、突起物のようのモノを生やしていた黒い影。

一体それは、何を、望んだというのか…?


「普通は狂うか死ぬんだけどね。時々超える者がいる。耐性があるものは特に」


黒い瞳がこちらを見る。


「だけど、そんなもので叶うことなんて無いんだよ」

あらかじめ釘をさすように。


頷いたキリアンのフードをぐいっと引っ張りエルダは笑う。

「じゃあ、とっとと行くか!」と。


そして直ぐその笑みは変化する。良くない方向へと。

「ちなみに、愚かな先人達が頑張ったので途中までは階段がある」

「はぁ?」

「つまるところ、途中までしかない」

「………」

( 今自分で言ってたろ? )

その意図は、まだ読めない。


「そしてここは驚く程深い」

「………はぁ、まぁ」

( 底は見えないし )

「つまりは、飛び降りた方が手っ取り早い」

「………はぁ、……――え?」


読めた。否応なく読めた。

魔女がキリアンの手を掴む笑顔で。

あり得ないほど強い力。どこからそれが?


「よし!」

掛け声ひとつに、体が浮いた。躊躇するまもなく。


「――――――――っ!!!!!」


まさに絶句。

声を出すことさえ出来ずキリアンの体は奈落へと落ちる。

横で、楽しそうに笑う魔女の声を聞きながら。









少しの間、意識が飛んだ。

絶対に死んだと思った。

けど一応生きている。


一気に何キロも痩せた気がする。

青ざめて蹲るキリアンに、

「なんだー? それくらいで」

平然とした顔で言ってのける魔女。

本人は楽しかったのだろう、ご満悦だ。


( 噂の通り、やっぱり最悪の魔女だ…… )

ぐっと踏ん張り、やっと立ち上がれたキリアンは辺りを見渡す。

暗い、はずなのに、何故かほのかに明るい。

そしてとても寒い。


地中に近付けば近付くほど、地熱により暖かくなるはずなのに、ここは氷室のように寒い。ほのかに吐く息も白い。


明るいと思ったのは微かに地面が光っているから。

地上では対岸は遥か彼方にあったが、それは底にいくほど狭まったのか、壁と壁の間はせいぜい三メートル程。

その間を歪に走る地面は、青く、暗く光る。


( ……ここが、底か…? )

何もない。ただ暗闇に光る道。ある意味とても幻想的で。


そしてキリアンは気付く、

「―――!? 瘴気がっ…、」

( ……ない…? )


ここは瘴気もなくとても澄んでいることに。


「そうだよ、不思議だろ? 瘴気の渦の奥底だと言うのに、ここは限りなく神聖な場。たぶん街にある神殿よりも」


そう言って、エルダは立ち止まったままのキリアンについて来いと顎をしゃくる。

両方に道は延びるが、魔女が進む方がそうなのだろう。キリアンはその後に従う。


コツコツと響く靴音。魔女はまだ何も言わない。

だけど、ここに来たことは何か意味があるのだろう。ラーウについての。


壁にポツポツと灯りが見えて来た。というより、人の気配に反応して灯るのか、進む先は灯り、過ぎた後は消えて行く。

そして導かれるようにたどり着いたのは、少し広くなった場。



中央に台座が見える。

キリアンは歩を止めたエルダを追い越し台座へと近付く。危険はないのだろう、魔女は止めない。

人が横になれる程の大きさのそれは、寝台と言ってもいい。触れると冷たい。氷で出来た寝台。


「そこにラーウはいたんだよ」


後ろから聞こえた声に、キリアンはゆっくりと振り向く。

こちらを見る魔女は少し笑って。そして微かに唇を歪め言う。


「そしてもう直ぐ…、ラーウはここに戻る」と。



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