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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
11/81

4

瞳を閉ざした彼女の顔は、血の気もなく。

その体温も徐々に冷えてゆく。


「………ラーウ…?」


呼び掛ける声にも、反応はない。

抱えたはずの両腕に感じるのは氷のような冷たさ。


これではまるで…、死者の――…。



「キリアン、代われ!」


苛立った声がする。

一瞬身を震わせ顔をあげれば、

人型となった幻獣(アルブス)がキリアンの腕からラーウを奪う。その凍える体を。


「――っ、ラーウは!?」

いったい何が!?


焦って問い掛けるキリアンを、アルブスは一瞥して。

「話は後だ。――おい、魔女!」と、

宙に向かって大きく声をあげた。



その宙を――、

景色を、割く一本の線。


「聞こえてる。喚くなバカ犬」

降ってきたのは不機嫌な声。空間に走ったその線からの。


線は揺らめき、ぶれて円へと形を変える。

そしてその円は、魔女を吐き出すと、何事もなかったかのように静かに消えた。



二人の、目の前へと現れた魔女(エルダ)

アルブスに抱えられている(ラーウ)に近付くと額に触れる。眉が僅かにひそめられ。そして黒い瞳を縁取る、長い睫毛がゆっくりと下りる。

ただ静かな一連の動作。

だけど微かに、ラーウの頬に赤みが差したのが見えた。


キリアンはほっとして。だけどアルブスの顔は険しく。

魔女が目を開くが、やはり眉はひそめられたまま。


「何時もより早いな。まだ二、三年は持つと思ったが…」

誰ともなく呟く魔女の声に、アルブスが眉間にシワを寄せる。

「後どれくらいだ?」

「ただの応急措置だからな。こうなれば、…まぁ数日だろうな」

「……そうか」


珍しく無駄なく会話をする、エルダとアルブスの声は低い。話が読めず取り残されたキリアンは、ただ二人を見つめるだけ。


そんなキリアンへと、魔女の視線がずれた。

そして浮かぶ苦笑。


「何て顔してんだ?

……本当にあの子は人以外からは好かれるな」


前者は自分に向けての。後者は魔女の独り言。だけど。


自分の顔など確認出来ないキリアンには、

その後者の言葉でこそ、はっきりと理解出来た。

顔に出るほど、そう言われるほど、


自分はラーウに好意を寄せているのだと。



あってたかだか数日。差し伸べられた手の、助けてくれたことへの恩を覚えたとしても、

実際に処置を施したのは魔女エルダだ。

それなのに、何故?


( こんなにもラーウに心を惹き付けられるのか…? )


そしてエルダとアルブスの会話は、キリアンを不安にさせた。

「………ラーウは?」



苦笑を浮かべたまま、エルダはキリアンから一旦視線を外し、娘を抱えた男を見る。

「アルブス、先にラーウを連れて戻れ。わたしはキリアンと話してから戻る」


エルダの言葉に、アルブスは小さく頷くと、

ラーウを自分の体に凭れるように抱え直し、重さを感じさせないほど軽やかな足取りで去って行った。


見送るキリアン。

実際に幻獣である時のアルブスからしたら、ラーウの重さなど無いに等しいのだろう。けど――、


それが少し、羨ましい。

今の自分ではラーウを受け止めることは出来ても、抱え上げることは出来なかったから。



「――さ、少年。 ちょっと行こうか」

後ろから魔女の声がする。


「……?」

話をすると言ったのにどこに行くというのか?

振り返えったキリアンに、

エルダは「ついて来い」とだけ言い、背を向けさっさと歩き出した。

家がある方向とは反対に。


正直、ラーウの側へと直ぐにでも行きたい。マシにはなったとはいえ、さっきまでの彼女の姿に拭えない不安がある。

彼女を失う…、かの恐怖。


だけど先を行く魔女に焦りは見えない。

生死を達観しているのだと言われればそれまでだけど、それとは少し違う気がする。

けど、読めない。


( 話すというのだから、とりあえずはそれを聞かないと… )


キリアンは一度小さく息を吐くと、魔女の後を追った。




森を行く魔女の足取りは淀みがない。

人の手が加えられていない森には道らしきものなどなく、木の根や石、湿地などに足を取られ。黒く長いローブを纏ったエルダには歩きにくいはずなのに、キリアンとの差は開いて行く。


息を切るキリアンの前方で魔女が止まった。

やっと追い付き前を見ると澄んだ緩やかな水が流れる小川。

「ここの水は綺麗だから汗を拭え」

告げるエルダ自身は汗ひとつかいていない。


ここは言葉に甘える。

両手で水を掬って顔を洗い、ついでに喉も潤す。

やっと一息ついた。そんなキリアンに魔女が声を掛ける。


「この川から向こうは結界外だから、今度はあまりわたしの側から離れるな」

「………何故?」

不思議に顔を見上げれは、魔女は呆れた顔をする。


「お前…、何も知らずにこの森に入ったのか?」

「瘴気が…、体に障りがあるから誰も嫌がって入らないのだと…」

確か周りはそんなことを言っていた。


「ふん…。 自分達とは関係ないよそ者だからか」

魔女はやはり呆れたように言うと、

『黒き森』(ここ)には()()()どもが沢山いる。お前がたまたま会わなかっただけで。

わたしやアルブスがいるなら奴等は姿を見せないが、今のお前では出会ったら直ぐ死ぬぞ。覚えとけ」


魔女はそう言うと、休憩は終わりとばかりに小川に掛けられた粗末な橋へと向かった。慌てて後を追うキリアン。


その背に敢えて問う。

「……化け物って?」


背を向けたまま答えるエルダ。

「哀れな…、巻き添えを食らった動物達と―、」



「愚かな考えに取り付かれた人間達のなれの果てだ」



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