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ヴェルトアーデン交響譚  作者: 乃東生
10/81

3

「言い方ってもんがあるでしょっ、ほんと!」

ラーウは文句を言いながらも手際よく薬草を摘んでいる。その意見に、

「ワフ!」

同意とばかりに吠えるのは、彼女の側で身を伏せる白い狼アルブス。


そしてラーウは、こちらを見て。

「キリアンは、もっと文句を言っていいんだからね!」


急に話を振られたキリアンは、ラーウの膨れっ面に少し笑った。




キリアンの胸にあった、深紅の魔石はもうない。


そう――。食べられたのはキリアンの胸に巣くっていたその石。魔力を奪い取る為施されていた枷。



魔女エルダは、キリアンと魔石を切り離し、直ぐにその石を幻獣であるアルブスに食わせた。

「稚拙なやり方だが、変に頭を回すより、こういう手の方が逆に良いだろう」


所謂、証拠隠滅。

『黒き森』にまで逃げ込んだが、残念ながら幻獣フェンリルに見つかり、少年は食われてしまったのだと。その魔石ごと。

現に、少年(キリアン)を追って来た男達は、この森でアルブスに襲われているのだから信憑性も増す。



「あれで師匠だなんて…、絶対キリアン苦労すると思う!」

不満顔のまま、それでもエルダ()に言われた薬草を採取するラーウは、籠がいっぱいになったのを見て、

「よしっ、じゃあちょっと休憩しよう」とキリアンを誘った。


今二人で集めている薬草は、キリアンが使うもので。

外された枷は胸に酷い跡を残した。これは一生消えないのだという傷。

別にそれ自体はどうでもよく。ただ動く度に、鈍く差す痛みを伴う。

この薬草は、それを緩和する鎮痛剤を作る為のもの。


「これから弟子になるのだから、それぐらい自分で作れ。まずは採取な」


魔女の弟子となる。それは決定事項だったらしい。

だけどなかなかの無茶ぶり。

昨日今日決まったばかりの、しかも薬草の知識など全くない弟子(キリアン)に、それは無茶だとラーウが付き添ってくれた。ついでにアルブスも。




木々が太陽を遮る森の、そこから零れ落ちた木漏れ日の下にキリアンは座る。

『黒き森』と言われる、人からは敬遠されるこの森。だけどエルダが張った結界の中、ここはとても居心地が良い。


すぐ横では、大きな狼に凭れ微睡むラーウがいる。

そのとても安らいだ様子に。彼女へと向けた視線が、寄り添う狼の赤い瞳と合った。


だけど今日はキリアンを威嚇することもなく。

アルブスは一旦目を細めこちらを一瞥しただけで。またラーウに頭を寄せるとその瞳を閉じた。


( 同情…、しているのだろうか? )


アルブスが食べた魔石には、キリアンの感情も思考も、それを施されてからの全てが刻まれていた。村を捨ててからの、自分が過ごした日々を。


まだ子供のなりだとは言え、キリアンはエルフだ。枷を付けられ過ごしたその日々は、優に三十年にも及んだ。


色々と酷い言動を受けるが、魔女には感謝しかない。

自分は助かったが、助けられずに、力を食い潰され死んでいった者もきっと沢山いるのだろうから。



キリアンは二人と同じように、その場に寝転ぶ。

柔らかな下草が身を包み、落ちる木漏れ日は優しい。


とても、穏やかだ。


目を閉じても、自分を騙し裏切った人間の顔さえもう浮かばない。

胸にずっと燻っていた憎しみも、魔石と共に消えたというのか。


( でも今はまだ…… )


自分には、力が足りない。



魔女、――エルダ。

 

改めて名を聞き驚いた。

それは誰もが知る名。最強、最悪の魔女。


彼女によって地形が変えられた場所があるという。一国の軍隊をもってしても敵うことがなかったという。

力を欲するものが彼女を望み、だが力には絶対服従はしない魔女。


どこまで本当か分からない逸話はまだ沢山ある。だけどもう随分と人々の前に姿を見せていない。

死んだとも囁かれていたが、魔女や魔法使いは不老不死でなくとも長寿だ。

やはり当然のように生きていた。


彼女から学ぶことが出来れば、何れ自分も力を手入れ、強くなれるだろうか。


( だから、まだ―― )




「そろそろ、帰ろっかー」

目が覚めたらしく、大きな伸びをひとつ、ラーウが言う。

頭上から降り注いでいた太陽の光は、いつの間にか西に傾き、木々の影を森に伸ばす。


キリアンは立ち上がり、ラーウの足元にある籠を拾うと彼女に手を差し出す。一度きょとんとした顔をしたラーウは、直ぐに笑って、

「ありがとう」と、キリアンの手を取り身を起こした。


横でアルブスが小さくグルルと喉を鳴らす。さっきは知らん顔をしたが触れることには文句があるらしい――が、無視する。


「キリアンはあれだね。小さいのに紳士だよね」と、

立ち上がったラーウの屈託ない笑顔。その言葉に。


キリアンは微妙な表情となる。



「小さいのに」という言葉。

今向かい合うキリアンとラーウの身長は差ほど変わらない。だから、そういう意味ではないだろう。

けど、別の意味だとしてもそれはおかしく。


エルフであるキリアンは、年齢だけで言えばラーウより年上のはずなのだ。少女はどう見積もっても二十歳を越えているかいないかというところだろうから。


でもそれは、

彼女を普通の人間と考えた話で。


淡い色彩を持つラーウ。人としては珍しいが、それはあり得ないわけではない。

エルダの本当の娘であると言われる方が余程あり得ない。あの二人は実の親子ではないだろう。


魔女の子供は、やはり膨大な魔力を持つ。自分がそうであるように。

だから魔力の乏しいラーウが魔女であるはずない。


精霊にも幻獣にも愛されている彼女だが、それ以外は普通の人間と変わらないように見える。


だけど、何故か?


人とは違う何かを感じる。


( そもそも、精霊や幻獣はそこまで人間を好きではないはずだ )


ましてやエルフの。愛や恩恵から外れたダークエルフの自分が、人間の側にいたいだなんて。


( そんなこと思うはずがないのに… )


宥めるように、幻獣フェンリルの鼻面を撫でるラーウを眺める。


苦笑を浮かべた彼女の横顔が、



一瞬―――。歪んだ。



そして崩れ落ちる。




「ラーウ!?」


慌てて駆け寄ったキリアンの腕の中に倒れ込んだラーウは、


纏う色彩と同じく、

とても白い顔をしていた。



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