7、そして僕らは出会う
――――――気づいた時には、地に仰向けに倒れていた。
なんとか起き上がり、周囲を見回した。
「陽菜?……」
陽菜は少し離れた場所に倒れていた。
「陽菜!」
「うっ……ゆ、悠斗?」
陽菜はゆっくりと身体を起こした。
「よかった……大丈夫?」
「うん……それより、地竜はどうなったの?」
僕はハッとなり、また周囲を見回した。
地竜が二十メートルほど離れた場所にいた。
戦闘開始時は遥か上から見下ろしていたのが、今は地にぐったりと倒れ伏している。
目は開いたまま、ピクリとも動かない。
目だけでなく、全身が静止している。
誰が見ても、死んでいることは明らかだった。
「私たち……勝ったの?」
「そうみたいだけど……」
次の刹那、地竜の身体が白い光を放ちはじめた。
やがて光が治まると、地竜は消えていた。
後には魔石すらも残っていなかった。
間を置かず、僕らの目の前に金色の光を全身に纏った、たとえようのないほど美しい女神があらわれた。
「よくぞ地竜を倒しました。望みをいいなさい」
女神は透きとおるような声でいった。
僕と陽菜は目を見交わし、同時に頷きあった。
「こっちの世界の記憶を持ったまま、元の世界で目覚めることができるようにしてほしい」
「それはできません。この世界の摂理に反します」
予想どおりだ。
だったらどうする?
なにを願う?
「じゃあ……元の世界で僕と陽菜が出会えるようにしてほしい」
僕はいった。
――こっちで過ごした記憶を持たない僕と陽菜が、元の世界で出会えるようにする。
それがふたりで話し合って決めた願いだった。
「それなら可能です。あなたの願いは?」
女神は陽菜に向かって問うた。
「私も同じ。元の世界で私と悠斗が出会えるようにしてほしい」
元の世界で出会う――。
こちらの世界で惹かれ合い、プラトニックな関係で愛し合ったことも、迷宮で魔物と闘ったことも、数限りなく語りあった何気ない会話も、ただ黙ってのんびり過ごしたふたりだけの時間も……。
それらすべてを知らない、真っ新な僕と陽菜が、ただ出会う。
僕らの願いはそれだけだった。
それでなにが起こるのだろう。
なにが変わるのだろう。
なにも変わらないかもしれない。
ただ出会っただけで何事もなく別れ、以後は交わることなく人生を過ごすことになるかもしれない。
けど、僕らは賭けた。
僕は陽菜が好きだ。
陽菜も僕を好きでいてくれている。
この想いに賭けた。
とてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても、
すごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごく、
――愛している。
この想いに賭けたのだ。
「では、あなた方の願いを叶えましょう。これより後、この世界で目覚めることはありません。よろしいですね?」
僕と陽菜は大きく頷いた。
「では……あなた方が幸せでありますように……」
女神の言葉と共に、僕らを包む世界が光で満たされた。
光は僕らの身体だけでなく心までも照らし、浸透し………………。
やがて、すべてが消えた。
*
僕は急ぎ足で会社へ向かっていた。
気分は上々。
なぜか、目覚めた時からなにかを成し遂げたような、妙にスッキリした気分なのだ。
こういう時は、なにか良いことがある――そう思いたい。
(ま、期待はしないでおくけど)
期待してなにもなかった時、がっかりの度合いが大きくなるので、あえて期待しないでおくのだ。
これも人生を穏やかに生きていくコツだと思う。
もうすぐ会社に着く――その時だった。
「陽菜、早くしないと遅刻しちゃうわよ!」
僕の斜め前にいた女性が手を振りながら、僕の背後にいるであろう陽菜という女性に向かっていった。
陽菜?
なぜだろう。
なぜか胸が温かくなるような、せつなくなるような、なんともいえない感覚に襲われた。
「ごめーん、ちょっと待って!」
背後から可愛らしい声が聞こえた。
僕は思わず振り返った。
そして、陽菜と目が合った。
見知らぬ顔、初めて会う女性――なのに、とても愛しく感じられた。
僕は驚き顔で、陽菜という名の女性を見ていたことだろう。
陽菜という名の女性もまた、僕を見て明らかに驚いていた。
――水晶玉を見つけた。
そんな気がした。