6、時は来た
僕たちはよりいっそう熱意を持ってレベルアップに励んだ。
数日おきに影と出くわした。
そのたびに、影は少しずつ距離を縮めてきた。
タイムリミットを意識せずにはいられなかった。
そして、とうとう陽菜だけでなく僕もレベル九九に達し、カンストした。
僕がこの世界で目覚めてから、一〇カ月余りが過ぎていた。
その日の帰り、僕たちは自宅の前で影を見た。
距離は六メートルほどだった。
「なんとか間に合ったね」
「うん」
影は消え、僕たちは家の中へ入った。
*
「明日、地竜に挑戦しよう」
食事を終えると、僕はいった。
「願いはどうするの?」
「こっちの世界の記憶を持ったまま、元の世界で目覚めることができるようにしてもらう」
「それが駄目だったら?」
「………………」
駄目だったら、僕と陽菜はもう二度と会えなくなる。
それだけはなんとか避けたい。
けど、そのためにどんな願い事をすればいいのか見当もつかない。
「陽菜はなにか良い案がある?」
「……逆にずっとこっちの世界でいられるようにしてもらうとか?」
「影に呑み込まれないように?」
「うん」
「そんなこと頼んだひと、今までにいるのかな?」
「私たちみたいに運命の相手と出会えたひとなら、同じことを考えてもおかしくないと思うけど……」
陽菜は言葉を切った。
そんなひとがいたとしても叶えられたはずがない。
地竜に挑戦して、迷宮の外へ出てきたひとは皆無なのだから。
こっちの世界で過ごした記憶を元の世界へ持っていけないのなら……どうすればいい?
どうすれば陽菜と一緒にいられる?
僕はもう水晶玉を失くしたくない。
陽菜が好き。
この思いは曖昧ふわふわじゃない。
明瞭カチカチだ。
僕は我知らず陽菜へ手を伸ばしていた。
陽菜は僕の手を取ろうとした。
手は触れることなくすり抜けた。
――曖昧ふわふわ。
なんて哀しいんだろう。
*
僕と陽菜は迷宮の入り口前に立っていた。
地竜のいる迷宮だ。
僕らの背後五メートル余り離れた場所に、人影が二体立っている。
彼らに意思はあるのだろうか。
喜んだり哀しんだり、ひとを愛したり愛されたりすることはあるのだろうか。
――僕と陽菜の影が幸せでありますように。
「行こうか」
「うん」
僕らは迷宮に足を踏み入れた。
そしていった。
「「地竜に挑戦する」」
すると、僕らは光に包まれ、最下層にある地竜の住まう領域に転移した。
*
そこは限りなく広い草原だった。
雲ひとつない鮮やかな青空が、天を覆い尽くしている。
その中心に、二〇メートルを優に越える巨大な地竜が鎮座していた。
僕らは竜と闘ったことが何度かある。
炎竜、氷竜、闇竜、冥竜――。
そのどれもがレベル九〇を超えてからのこと。
それくらいでなければ対等に闘えないほど、竜族は強いのだ。
竜は種類にかかわらず、どれも同じだ。
どれも等しく怖くて強い。
まさにラスボスにふさわしい絶対強者だ。
「オオオオオオオオオオンンンン……」
いきなり地竜が雄叫びをあげた。
僕と陽菜の胃が、心臓が、ビリビリ震えた。
それを聞いただけで、身体の奥底から恐怖が湧きあがってくる。
けど、もちろん引き下がりはしない。
僕は炎生剣を、陽菜は氷響剣を抜いた。
僕と初めて会った頃の陽菜は魔法使いだった。
今は成長して魔法剣士になっていた。
そして、僕も同じく魔法剣士になっている。
僕は炎系、陽菜は氷系の魔法剣士だ。
僕の炎生剣が炎を、陽菜の氷響剣が氷の結晶を纏った。
「オオオオオオオオオオォォォォ!」
再び地竜が叫んだ。
それを合図に、この曖昧ふわふわな世界での、僕と陽菜の最後の闘いがはじまった。
*
「『神炎葬送』!」
「グオオオオオ!」
炎生剣の斬撃に火炎魔法を乗せた一撃が、地竜を斬り裂き、肉を燃え上がらせる。
そこへ、
「『神氷葬送』!」
「オオオオオオォォォオ!」
氷響剣の斬撃に氷結魔法を乗せた一撃が、地竜を斬り裂き、肉を凍りつかせる。
炎と氷、正反対の攻撃が地竜に予想を越えるダメージを与えていた。
「アオオオオオッ!」
地竜の雄叫びと共に、大地が裂け、僕らの足下からマグマが噴き出した。
「『絶対零度』」
陽菜の魔法が即座にマグマを凍らせる。
その隙に、僕がさらなる攻撃を加えた。
「秘剣・十字破邪!」
「オオオオ!」
「あ、やば……あうっ」
僕は地竜の羽に薙ぎ払われ、大地に激しく身体を打ちつけられた。
「悠斗!」
僕は意識を失いそうになりながらも、なんとか立ち上がった。
「くっ、僕なら大丈夫……それよりあと一息だ」
「うん、もう少しで……」
地竜は全身を斬り裂かれて、ボロボロの状態だった。
あちこちから血を大量に流しており、動きもかなり鈍くなっている。
もはや魔力が尽きているのか、治療魔法を使わなくなっていた。
「ガフゥ……」
地竜が苦しげな吐息を漏らした。
もう少しなのは間違いない。
だが、僕らの方も限界が近かった。
用意しておいたポーションは使い切っており、治療魔法も発動するだけの魔力は残っていない。
僕も陽菜も、そして池竜も、次が最後の攻撃になる。
僕は陽菜を見た。
陽菜は僕を見て頷いた。
なにもいわなくても、意思は通じ合っている。
「グオオォ……」
地竜は弱々しいながらも決意を秘めた声を漏らし、首を高く上げた。
地竜も決意を固めたようだ。
「陽菜、絶対勝とう」
「うん!」
僕と陽菜は剣を構えた。
「うおおおおおお!」
「やああああああ!」
「オオオオオオオオ!」
僕らと地竜の叫びがひとつになった。
「『百火繚乱』!」
「『氷宴乱舞』!」
「グオオオオオオ!」
もはや自分がなにをしているのか、なにを考えているのかすらわからなかった。
ただ、地竜を倒すことのみを胸に抱きながら闘い続けた。
最後にはそれすらも忘れた。