1、目が覚めて、僕らは出会った
「悠斗、今よ!」
「わかった!」
僕はミノタウロスにトドメの一撃を加えた。
ガツンッ!
剣がミノタウロスの脳天にめり込み、そのまま一気に股下まで両断した。
と同時に、全身が炎に包まれた。
炎生剣に付与された魔法効果だ。
「グオオオォォォ……」
ミノタウロスが断末魔の叫びをあげて倒れた。
そして光を放ち、消え去った。
後に残ったのは、白い魔石だけ。
魔石には魔力が宿っており、それを吸収することでレベルアップできるようになっている。
「お見事」
「っていっても、全部、陽菜のおかげだけどね」
「そんなことないよ、もう出会ったころとは別人みたいに強くなってるもの」
陽菜がそういって励ましてくれた。
たしかに僕は強くなっている。
けど、まだレベルは五〇を少し超えたくらいだ。
すでにレベル八四までいっている陽菜には、遠く及ばない。
(もっともっと頑張らなきゃな。いつまでも守られてばかりじゃ恥ずかしいし)
僕は魔石を拾い上げた。
「それじゃ貰うね」
「うん」
「吸収」
僕がそういうと、手の中の魔石がスーッと手の中に溶け込んでいった。
魔石に込められた魔力が、僕の中に吸収されたのだ。
レベル違いの陽菜にはさほど必要ない物なので、俺がありがたくいただいている。
とはいえ、売れば金になるので正直なところ、少し申し訳ないなと思っている。
だからこそ、僕はもっともっと強くならないといけない。
『レベル五三になりました』
脳裏にメッセージが響いた。
「あ、レベルが上がった!」
「やったじゃない。この調子でどんどんいこ」
「うん」
僕と陽菜は魔物の住む森のさらに奥へ進んでいった。
*****
僕がこっちの世界に来たのは半年前のことだ。
夜、いつものように仕事を終えて帰宅し、食事と入浴をすませた後、ネットをしたりテレビを観たりしてのんびり過ごし、就寝した。
そして眠りに落ちたはずが、気づいたら見知らぬ森の中にいた。
「ええっ!? なんだここ!? たしかベッドで横になって寝たはずじゃ……」
周囲には鬱蒼と生い茂る木々と草――。
風に揺れる葉擦れの音や鳥の鳴き声が聞こえてくる。
高い木々の間からは木漏れ日が射しこみ、僕はまぶしさに思わず手をかざした。
「なんなんだ、これ? 変な夢でも観てるのか?」
けど、夢にしてはあまりにリアルすぎる。
自分の身体を見た。
着ているのはラフな普段着。
足元は休日用の運動靴だった。
「どういうこと?……」
茫然としていると、木陰からいきなり、
「うわっ、だ、誰!?」
「あ、驚かせてごめんなさい。こんなとこにひとがいたから、ちょっと挨拶に来たの」
そういってあらわれたのが陽菜だった。
膝下まである黒くて長いローブに、杖らしきものを手にしている。
まるでファンタジー系の漫画やアニメに出てくる魔法使いのような恰好だ。
その時、僕はコスプレでもしてるのかな、と思ったのを覚えている。
「……きみは?」
「私は藤崎陽菜。ここでは魔法使いをしているの」
「あ、そうですか」
「待って、引かないで! ここはそういう世界なの!」
「そういう世界?」
「うん。じっくり説明するから、とりあえず別の場所に行かない? ここにいたら危ないのよ」
「危ないって、熊とか猪が出るとか?」
「それよりもっと怖いもの」
「い、急いで移動しよう!」
ということで、僕は陽菜に、森の近くの都市ヤエルへ連れて行ってもらうことになった。
*
まるで中世ヨーロッパ(?)のような街並。
行き交うひとたちの中には、犬猫のような耳としっぽをつけた獣人や、金髪にとんがり耳のエルフ等……。
僕のイメージするハイファンタジーの世界そのままだった。
陽菜は僕を宿屋へ案内してくれた。
一階はレストランになっていて、夜は酒場になるらしい。
ここに来るまでに、僕たちは簡単に自己紹介を済ませていた。
僕が相沢悠斗、二四歳、IT系企業に勤めるサラリーマン。
彼女は藤崎陽菜、二四歳、デザイン会社でイラストレーターをしているらしい。
この時の僕はまだ混乱していたので、なにを聞いても上の空だった。
それがわかっていたのだろう。
ふたりで隅のテーブル席につくと、陽菜がハチミツ酒を勧めてくれた。
僕はハチミツ酒を一口飲むと、ようやく少し落ち着いた。
そして、陽菜がこの世界について話してくれた。
*
ここは私たちの住んでいる現代日本があるのとは別の世界。
向こうで眠ると、ごくまれにこの世界で目覚めるひとがいる。
私と相沢さんもそのごくまれな内のひとり。
もともとこちらの世界で生まれ育ったひとは現地人、私や相沢さんのようなひとは、転移人と呼ばれている。
これは現地人がそう呼んでいるの。
なぜこの世界で目覚めるのかについては、誰も説明できない。
とにかく目覚めて、というか来てしまったという事実を受け入れることしかできない。
ここはゲームや漫画、小説なんかでよくある西洋ファンタジーの世界そのままで、剣と魔法で魔物と闘ってレベルアップするの。
バカバカしいと思うでしょうけど、これも事実。
あとで低レベルの魔物の出る森へ行って、実際に体験してみるのがいいと思う。
あ、大丈夫よ、私がついてるから。
こう見えても私はもうレベル七二までいってるの。
だから、よっぽどレベルが高くないと、私に傷ひとつつけられない。
ちなみにレベル九九までいくと、もう上がらなくなる。
カンストっていうらしいわ。
それと、この世界で経験したことは、元の世界ではいっさい思い出せないようになってる。
元の世界のことははっきり思い出せるのに、こっちの世界でどんなに強烈な体験をしても、全部忘れてしまうようになってるの。
だから、元の世界で会う約束をしても無駄。
夢の中でする約束みたいなものね。