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 すらっとした太もも、白く透き通った肌、流れるような美しい黒髪、大きく開いた瞳……。それをすべてあわせ持った少女がいるとしたら、その少女は美少女だ。そう誰もが納得するだろう。彼女のかすかな息遣いは、退屈な授業の時間帯までも、まるで天国かのように彩る。そこにいれば周りの空気が浄化され、けがれた僕の心さえも溶かしつくしてしまうかのようだ。ああ、まさに天使。その言葉がぴったりなんだ。

 僕は羽生功補はにゅうこうすけ。共学の公立高校に通う、どこにでもいる高校1年生だ。成績は可もなく不可もなくって感じで、運動はどちらかといえば苦手。趣味は読書と映画鑑賞。当然、教室で目立つキャラなんかではなく、「さえない眼鏡くん(B)」で通っている。(B)というのはA、B、CのなかのBだ。つまりモブキャラ。もちろんそう思われることに良い気持ちはしないが、そう思われたって仕方がないかもしれない。僕のここまでの人生は何の面白みもない。小学校も、中学も、高校生活だって。彼女もいたことなんてないし、友達と「青春」っぽいことをしたことなんか一度だってない。

 もう僕の話はやめよう。平凡の中の平凡で面白みなんてありはしないだ。それよりもはるかに美しくて魅力的な女の子(ひと)の話をしよう。そう、隣の席の雛酉天音ひなどりあまねだ。僕は今、授業の真っ最中だというのに彼女に見とれてしまっている。

 僕は頭を押さえながら問題を解くふりをして、雛酉さんの太ももをこっそりと眺めた。長すぎでも短すぎでもない理想的な丈のスカートから、ふっくらとした真っ白い脚が、椅子の上にちょこんと乗っかる。ああこれは聖域だ。美少女の、雛酉さんの、膝とスカートのかすかな隙間にある、誰にも侵すことのできない聖域だ。この聖域を侵す輩がいるとしたら、僕は全身全霊をかけて叩き潰す。青春の肖像しょうぞうとも呼ぶべき、かけがえのないものなんだ。きっとクラスの男子どもならわかってくれると思う。

 僕は目をつぶって深く息を吸った。すると雛酉さんのわずかな匂いが胸の奥に充満した。素晴らしい瞬間だ。僕は多幸感に頬を緩ませ、紅茶でもたしなむように頷きながら目を開いた。美少女の、雛酉さんの隣になってよかった。僕は眼鏡の位置を調整し、雛酉さんの膝下に標準をあわせた。さて今度は膝から下を、じっくりと楽しむことにしよう。

 雛酉さんの膝下は、太く筋骨隆々で、すね毛がいっぱい生えている。黒く焼けた肌はまるで峡谷の切り立った岩のようにそそりたつ……って、えっ? 僕は目をこすって、もう一度すねあたりに視線をあわせた。雛酉さんの、美少女の膝下だぞ。そんなバカなことはないはず。しかしもう一度みなおしても、すね毛が生えた野郎の汚い脚がはっきりと見えた。この脚は僕のよりも汚いかもしれない。

 僕はサンクチュアリを求めて、視線を上にそらした。あの太ももだ。あの芸術に近い太ももを見なければ、僕のSAN値は削られてしまう。僕は目を見開いて、精神安定剤を視覚からぶち込むことにした。しかしそこにあったのは「もも毛」の生え散らかした、汚い男のそれだった。


「うわああっ」


 僕は授業中にも関わらず、気づいたら大声を上げていた。


「どうした羽生? うるさいぞ」


 担任が不思議そうな顔で僕を注意する。クラスの視線が一斉に僕に向けられた。こんなことって初めてだ。当然、隣の席の美少女からも好奇の視線がむけられる。


「すっ、すみません」


 僕が弱弱しくあやまると、担任は「仕方ないな」といった感じで再び授業に戻った。好奇の視線も一瞬で向けられなくなり、僕は安堵した。

疲れてたのか。僕は何気なく隣の席の美少女を見た。今のできっと雛酉さんから嫌われてしまったに違いない。だが、すがるように見つめた目の先にあった景色に、僕は再び大声を上げた。


「うわあああ!!」

「いい加減にしろ羽生!」


 先生のツッコミも耳に入ることなく、僕はそのまま床に転がり落ちた。あまりにも無様な姿にクラスからは笑い声もこぼれる。でもそんな程度のこと、僕にはもう気にならなかった。だって僕の目の前には、あまりにも信じがたい光景が映っていたのだ。


(え、だっ、誰?!)


 僕はひきつるように頬を上げ、心のなかでつぶやいた。隣の席の美少女、雛酉さんの椅子に、50歳くらいのおじさんが、この学校の女子の制服を着て、何事もなく座っていたのだ。それはおぞましくも、温かい、雛酉さんの秘密を僕が知った瞬間だった。


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