どうも、救われてしまいました。
お久しぶりです、あまりに久々すぎて自分に引きました。
この話をどういう経緯で落ち着けようかなと書いて消して放置してたんで……。とりあえず次くらいで攻略対象その1が出せるかなと……。
書きたいところその1なので早めに出せるように頑張ります。
「まあ! あなた、とてもすてきだったのね!」
にこにことそう笑いかけてくるのはお嬢さんこと、エピトード・キャロディルナお嬢様。本日付で俺の主人になった。
あのあと、延々とクッキーを吐くまで(恐ろしいことに文字通りだ)詰め込まれた俺は、公爵夫人様に「必ず幸せにします…!」と誓われ、公爵様に「ここでは不自由な思いはさせないよ」と微笑まれ、シンシアさんには「今後は飢えとは無縁です、大きくなりましょう」と手を握られた。
ちなみにこのとき、この御三方は屋敷に来たばかりな俺に無茶をさせたとヒューバートさんにお説教され正座していた。大の大人が膝を揃えて座っているのが可笑しくて笑ってしまい、なぜか四人揃って微笑ましいものを見るかのような目を向けられた。くすぐったい。
そんなこんなで身支度を整え、公爵夫妻とその執事に認められた俺は、晴れて公爵家の使用人として迎えられることになった。
連れてこられたときから、痩せっぽちのチビは公爵家に相応しくないと罵られる覚悟をしていたのだが、杞憂だったようだ。むしろ、あまりに貧相な様が憐憫を誘ったのか、すれ違う度に飴やらチョコやらを恵まれる。それらには今まで向けられ慣れていた、欲やら嫌悪などの不快な感情は含まれない。主人…というか夫人の気質のおかげなのだろう、この屋敷はとても温かい。
そして目の前のこの少女はその影響を存分に受けて育ったのだろう。薄らと色付いた頬も、豊かな表情も、身体全体で表現される感情も、全部が柔らかで、彼女を見ているとなんとなく春を連想してしまう。
愛されて育ったのだろう。恵まれた子なのだろう。俺の今までの暮らしからしたら妬んでもおかしくないとは思うのだが、不思議とそういう感情は浮かんでこない。
彼女に救われたから、というのが大きいと思う。だけど一番は、やはり似ているのだ。甘え上手なのに変なところで気が回わり、周りを振り回すくせによく見ていて、容量が悪くて目が離せない──きっと最期に救うことが叶わなかったであろう、前世の妹に。
俺が生まれ変わったのは神様が与えたチャンスなのかもしれない。神様なんて信じたことはないし、いたとしても恨み言以外に言いたいことはないが、このことに関しては感謝したいと思う。
妹の代わりにするわけではないが、今世は必ず、この恩人を守り抜こう。
花を摘んで冠を作っていたらしいお嬢様は、編みかけの花を地面に置き、俺の方に体を向けた。
クロムグリーンの穏やかな目が、嬉しそうに細くなる。薄汚く見るに堪えないガキが掘り出し物でほくそ笑んだ…という感じではない、絶対。子供が宝箱に入れた綺麗な石を眺める、そんな視線が近い気がする。
「ながいかみのけで、おかおがよく見えなかったけど、とてもとてもすてきだわ! まるでオズワルドさまみたい」
「オズワルド様?」
まるっとした子供らしい頬に手を当て、ほうっと満足気に息をつくお嬢様に首を傾げる。突然出てきた聞き覚えのない名前をオウム返しに呟くと、お嬢様は目を見開き「しらないの?!」と声を大きくした。
「すみません、あまり人と関わってこなかったもので…」
というか、今まで関わってきた人間の多くは、俺が他人と接触するのを嫌って…。閑話休題。
「有名な方なのですか?」
終わったことを思い返しても意味がない。切り替えていこう。
首を振ってそう尋ねてみると、お嬢様はよく聞いてくれたと言わんばかりに表示を明るくした。
「あのね、オズワルドさまっていうのはね、ものがたりのとーじょーじんぶつなの!」
「物語」
「そう! えっと、シンシア、もってきてくれる?」
「はい、直ちに」
いつの間に控えていたのだろうか、シンシアさんの声がすると同時に素早く去っていくのが視界に入る。あまりに迅速な対応にちょっとビビった。俺も公爵家の使用人になるからには、このレベルを要求されるのだろうか…少し不安だ。
そんなふうに先のことを考えていると、シンシアさんは一冊の本を持ってすぐに帰ってきた。持ち主は余程その本がお気に入りなのだろう、幾度となく開かれ触られたであろう表紙や栞の紐が擦れたのか傷んでいるように見える。
持ち主ことお嬢様は手渡される本を受け取ると、大事そうにページをめくった。文字こそ大きめなものの、挿絵などは一切ないその本は凡そお嬢様が読むには少し早いように思える。言動が幼いように感じるが、やはり貴族であるからか、問題なく読める程度には教養があるらしい。そのギャップに思わず目を丸くしてしまう。
「あった! ほらここ、オズワルドさまってかいてあるでしょう?」
目当ての名前を見つけたのか、お嬢様は本を俺の方に向けてとある文章を指さした。
お嬢様とは逆に学がない俺ではあるが、言われた単語はすぐに見つけられた。指さされていたというのもあるが、その『オズワルド』という名は開かれたページの中だけでも何度も書かれていたからだ。
「オズワルドという方が主人公なのですね」
「そうなの! とてもつよくて、かっこいいのよ」
全文は読めないが、お嬢様が絶賛するオズワルドに興味がわいた。この先、文字を覚える機会があれば読んでみるのもいいかもしれない。
なんとなしに『オズワルド』の文字を指でなぞっていると、お嬢様が今気付いたと言うように小さく声をもらした。
「そういえば、あなたのなまえをきいていなかったわ…。おしえてもらえる?」
にこにこと頬を緩めるお嬢様になんと言おうかと考える。
彼女にとって名前はあるのが当たり前のものだ。それを理解させるのは些か面倒くさい。どうしたものかとシンシアさんに助けを求めるように視線を向けると、心得たというようにひとつ頷いてくれた。
「お嬢様、彼は幼い頃の記憶がなく、自分の名前も分からないそうなのです」
ド直球だった。それで伝わるのかと目をむくと、驚きの種類は違えど同じく目を丸くするお嬢様が俺の顔を覗き込む。
「まあ……! たしかきいたことがあるわ、なまえがないと…シミンケンがもらえないのよね? たいへんだわ……たいへんだったのね?」
お嬢様はそういうと眉尻を下げ、あやすように俺の頭に手を伸ばす。咄嗟に身を固くしてしまうが、不思議そうに首を傾げただけで、柔らかな手は俺の髪を無遠慮に掻き混ぜた。
「わたしととしがちかいのに、いっぱいがんばったのね? すごいことだわ。エライ!」
頬を薔薇色に染め、にっこりと微笑むお嬢様。俺に対する害意が毛ほども見当たらない様子に、怯えてしまった自分を恥じる。たとえ一瞬でも、こんないい子に今まで出会ってきた大人たちを重ねてしまうなんて、とんでもない恩知らずだ。
「……ありがとうございます、そう言っていただけるなんて、報われるような思いです」
噛み締めるように、そう呟く。
本当に、報われた、そう思った。虐げられ搾取され嘲われ続けた今世で。初めて人として生きていて良いと言われたような。そんな気が、した。
「あの、もし……よければなのですが、」
情けない声がした。今にも泣き出しそうな、震えた水っぽい声だ。きっと声の主は惨めったらしい貧相な子供なのだろう、酷くみっともない顔をしているのだろう。見ることが叶わなくてよかった。
しかし目の前の貴人の目を汚してしまうのが申し訳ない。そっと顔を伏せようとするが、お嬢様が弾んだような声で「なぁに」と先を促すので。隠すタイミングをなくしてしまった。
「なまえを、」
過ぎた願いだ。でも、例え国に他人に認められないとしても。どうしても欲しいと思った。
「あなたによんでいただくための、なまえをいただけませんか?」
俺を見つけてくれた、俺の一生を捧げたいと、そう思える人からの贈り物を。欲しいと思ってしまったのだ。