どうも、着せ替え人形です。
遅くなりました。
説明回です、とてもクドクドしてて読みにくいかもしれません、すみません。
そろそろ攻略対象出したいなーと思ってたのですが早くても次の次の回になりそうです。
頑張ります。
「これは…本当に原石ですね、素晴らしい」
公爵夫人様の宣言を聞くや否や、あれよという間に風呂場に運び込まれた俺は、まず身体の隅々まで洗われた。頭から足の先まで、人前で口にするのがはばかれるとこまで、文字通り隅々。メイドさんではなくヒューバートさんだったのがせめてもの救いだ。いや、精神年齢的にはキツイものが、あるがまだマシという意味だ。
その後、髪を乾かしながらスキンケア。化粧水や乳液らしき液体を数種類塗りたくられた。あまり詳しくないが前世の妹がそれらの効果を力説していたので、多少は知っているつもりだったが何種類も分けて使うなんて思わなかった。世の女性は苦労をしている。
久々に洗われ、指通りのよくなった髪を次は短く整えられる。数年放置されて伸び放題だった髪は邪魔だったが、訳あって伸ばしていたのだが…公爵夫人様の剣幕に待ったをかけることは叶わなかった。顔を覆い尽くしていた前髪は目にかかる程度に、肩より下にあった後ろ髪も何とか結べられるかというほどの長さにされてしまった。
最後に服。最初に用意されていたはずのシンプルなシャツと膝丈のズボンはさげられ、代わりに出てきたのは肌触りのいいリボンタイ付きのシャツにスラックス、ベストという高価そうなものだった。デザインはそう変わらないが、触っただけで質の良さが伺える生地は、袖を通すだけで緊張してしまう。
そうしてできあがった作品に、シンシアさんは無表情にそう言った。
彼女はどうやら感情があまり顔に出ないタイプなのだろう。しかし最初に公爵夫人様の言葉に返事をしていたときに比べて声のトーンは高いし、ぱちぱちと指先で拍手したりと表情以外で感情表現しているので冷たい印象は抱かない。
むしろ茶目っ気のある人なのか「では次はこちらは如何でしょう、お似合いになられると思います」と自分が着ているものとサイズ違いのメイド服を見せてくる。茶目っ気…だよな、冗談だよな、目が爛々としてるのは気のせいだよな?
「もう、シンシアったら。 彼も困っているでしょう?」
じりじりと近寄ってくるシンシアさんを止めてくれたのは腰に手を当てて溜息をつく公爵夫人様だ。メッと子供を叱るようにシンシアさんを軽く睨みつけると、俺の方を見て微笑みかけてくれた。
「確かにとても似合うと思うけれどそういうことはもっと私達に慣れてからじゃないと駄目よ! ね?」
……違う、そうじゃないと。彼女らに慣れてしまえばツッコミを入れることができたのだろうか。
少なくとも今は、身分の違いすぎる貴人の笑みに曖昧な返事をすることしかできなかった。
「それにしても、どうして顔を隠していたの? 貴方くらい整った顔立ちをしているならもっと楽な暮らしだってできたでしょうに」
そう言いつつ、公爵夫人様は俺の頬を親指でそうっとなぞる。最低限の食事しかしてこなかったせいで年の割に肉がついていない頬は骨張っていて、柔らかさは皆無だろう。おそらく同年代のお嬢さんと比べたのか、公爵夫人様は表情を曇らせた。
確かに俺の容姿はとても整っている。公爵夫人様のいうように、上手くやれば十分な食事も清潔な衣類も立派な家も華美な宝石だって手に入っただろう。
だが、しかし。
「いや…無理ですね…」
薬も過ぎれば毒になるように。物事には適量というものがある。
とどのつまり、俺の容姿は毒になりかねないものなのだ。それも、下手をすれば国を滅ぼすこともできるほどの猛毒。
俺が髪で顔を隠すと決めたとき、それは数刻前まで俺がいた子爵家に来る前のこと。とある貴族の屋敷で起きた事件がきっかけ…というか決定打だった。
「子爵家のお世話になる前のお屋敷で色々ありまして…」
「あー…」
濁してはみたが、反応からして察したのだろう。気まず気に目が逸らされた。
見目麗しいと度々称されたこの容姿に、成長途中の未成熟な身体は、ごく一部の人間にはたまらなく魅力的なものらしい。傍に置きたいと請われることはよくあり、それどころか欲を抱く者すら現れた。
ごく一部のとは言ったが、俺の場合はそういう輩に遭遇する率が異常に高く、もしやこの世界はロリショタ趣味の人間ばかりなのではと絶望しかけるほどの頻度だった。着せ替え人形にされるのは困るが、奥様の反応は比較的まともな方で、感謝すら覚えた。よかった、まともな人、この世界にもちゃんといるんだ、と。
「初めて普通な主人に出会えたようで…俺は…」
何せ今まで七つのお屋敷でお世話になったが、サンドバッグにされたり主人に性的な目で見られたり天使と間違えられお迎えが来たと言って前当主が他界したり令嬢に無理駆け落ちさせられそうになったり剥製にされかけたり下手したら祖母くらいになる夫人に押し倒されたり子息に信仰されたりで、関わってきた人間が概ね異常だったのだ。思い返すと泣けてきた。
「とても…壮絶な…人生を…送ってきたのね…」
どうやら俺の遍歴は声に出てたらしい。奥様に哀れみの目を向けられた。我が人生ながらドン引き案件なのでその視線も受け入れよう。十歳にも満たない子供に起きていいできごとではない。
「剥製とかも相当だけど、性的なって…そのとき君はいくつなんだい…?」
同じく同情したらしい(表情は変わらない)シンシアさんにねじ込まれたクッキーを咀嚼していると、入口の方から別の声がした。公爵様だ。
「えっと、剥製は三つ目のお屋敷なので五歳頃でしょうか…。ご主人様に迫られたのは六つ目なので昨年、六歳頃ですね。夫人に襲われたのは二つ目のお屋敷で四歳ごろだったかと」
「片手にも満たない歳で…」
「待っていてください、今ケーキをお持ちします、彼は甘やかされなければいけません」
質問に答えると公爵夫人様は目眩がしたかのように頭を押さえてふらつき、シンシアさんは眉をやや釣り上げ全力で俺を甘やかすと宣言して部屋を出ていった。いい人達だ。号泣しそう。
「…? 頃、というのは?」
絶句していた公爵様は頬をひきつらせて数秒固まっていた─理性的で一部に対してを除いて冷淡な方だと思っていたので意外な反応だった─が、浮かんだ疑問に眉を顰める。
ああ、その辺の説明もしていなかったなと思い返す。正直忘れていた…というか前世の記憶があるせいであんまり気にならなかった、比較的“どうでもいい”ことだ。
「物心ついてから四歳くらいまでの記憶がないんです」
「は、」
「ですので名前も分かりません。お好きにお呼びください」
この国では生まれた時につけられた名前を役所で登録し、それにより市民権が発生して人として扱われる。他所の国からの移民などこの国以外で生まれた者や、犯罪を犯し身分を取り上げられた人間が新しく登録しようとすると高額な金が必要になる。身寄りがなく名前もない俺には当然そんな金の用意もできるはずもなく、俺の身分は奴隷も同然で、頭に性がつく扱いを受けても仕方なくはあった。法律で奴隷は禁止されているので、出るとこ出たら勝てるとは思うが。
「な…名前もなく…?」
「こんなに小さいのに…?」
「他人の食い物にされ続け…?」
「あ、いえ慣れてるので。そんな同情されたら反応に困ります、お気になさらず」
「気にします!」「気にしますよ!」「気にするよ!」
異口同音に怒鳴られ怯む。
若干麻痺っていた自覚はあったが、相当だったようだ。今世は善意を向けられることが極端に少なかったので、虐げられるのがデフォルト。世の中にはただの善人もいて、見返りを求めない好意が存在する、そんなことも忘れていた。
俺は、いつの間にか戻ってたシンシアさんと公爵夫妻の三人がかりで口にねじ込まれるクッキーを砕きながら、八回目のご主人ガチャでやっと当たりを引けたのだと実感した。
…ところで、そろそろ口の中がぱさぱさになるのでやめていただきたいです。