どうも、ピンチは続きます。
お久しぶりです、そしてあけましておめでとうございます。
年内に更新したかったのですが思ったより筆が乗ってしまい遅くなりました。そして思ったより進みませんでした。
でもとりあえずは場面転換まで持ち込めたので良しとします。良しとしてくださいお願いします。
「……おい、そろそろいいかげんにしろよ。さわりたいだけだろ」
「おや、バレました?」
俺の言葉に放心したようにぼんやりしていた少年は次第に眉根の距離を縮め、遂には地を這うような低い声(とは言っても幼子のそれなので充分高いのだが)を出して俺を咎めた。
ぺしっと頬を撫でていた手をはたかれ、丸かった目はいつの間にやら細くなってる。睨まれている…のは分かるのだが、如何せん先程まで泣きべそをかいていたので威力は半減していたが。
その一連の流れも、子供の反抗感が漂い愛らしい。気付けば頬が緩んでいたらしく、「おい」と苛立ちを隠さない声が再度飛んできた。愛い。
今のやり取りもう一度繰り返したいなと思いつつ、そろそろ自重すべきだろうと手を下ろす。何度も言うが物理的に首が飛びかねんので。もう既に現時点でだいぶアウトな気がするが。
「……まあ、おまえのおかげで、たしょうらくになった。…ありがとう」
しかし少年は思っていたよりも寛大だった。
そっぽを向いて不機嫌ですという顔はしているものの、先程までの暗さはない。どちらかというと吹っ切れたような顔に見える。
「いえ、お気になさらず。力になれたのなら幸いです」
「そういうわけにはいかない。シンカにホウビをあたえるのは、あるじのギムだと父上もいっていた」
「わあ」
出た。貴族特有のナチュラル見下し発言。実際、俺より立場は上ではあるが、礼を言う側が上から目線なのは人としてどうなんでしょうね。口にはしないけど。
その代わりに漏れ出た意味のない声に首を傾げる少年は、不可解そうに片眉を上げている。
「おまえは、まだおれのシンカじゃないけど、しょうらいてきにそうなるんだろう。だったら今のうちにアメをあたえておくのは、ひつようなことだ」
「発想が統治者のそれ。将来有望だな…」
この年でその考え方とは。貴族の教育方針怖。帝王学っていうのか、そういうのまだ早いと思うんだが。算数やらせとけよ。
しかし、自分でも言ってることの意味をよく分かってはいないんだろう。少年は、聞きかじった言葉をそれっぽく並べて満足しました、という顔で俺を見つめてくる。きらきらとした目は何が欲しいのか言えと無言の圧力を与えてくれる。
しかして。困ったことに今の俺には欲しいものなんて特にはないのだ。もともと物欲はそう強くない方だし、この屋敷に来てからは三食満足に食わせてもらってるし、服だって持て余すほどに与えられている。給金だって生活費の類は差し引かれているので渡された分は自由にできるし、必要なものを買っても貯金する余裕さえある。欲しいなと思うものがあっても、自力で手に入れられる範囲のものでしかない。
それに加え誰か─それもさっき会ったばかりで、将来仕えるかもしれない未来の主(仮)に強請るような厚顔でもなしに。期待に応えられそうにないのだが。
どうしたものかと内心頭を抱えていると、ふと思いついた。
「名前」
「なまえ?」
「俺の名前はオズワルドです。“お前”、じゃなくてオズと呼んでいただけますか?」
大変苦し紛れな言い分である。自覚は大いにある。でも正直、前世の弟よりも小さな子供に求めることなんてその程度しか思い付かない。弟と初めて会ったときも似たような会話をしたなと思い出し、何とか絞り出した要求だ。
「……おま…オズ、はムヨクだな」
案の定、彼はたいそう不服そうに顔を歪めた。それでも俺の願いを聞き入れようとしてくれたらしく、苦虫を口いっぱいに詰められたかのように不満げながらに言い直す。とても素直な人だなぁ。
「そうでもないですよ。身分の高い方にこんなお願いをするなんて、心臓が飛び出しそうです」
「よくいう。そうは見えんぞ」
はっと鼻で笑いながら、少年は胡座を組んだ膝に肘をつき、してやられて腹が立っていますと言いたげな顔で「で?」と聞いてくる。言ってる意味が分からず、俺は思わず首を傾げた。
「で? とは」
「ファーストネームをなのるならファミリーネームもなのれ。おまえがきぞくだか、へいみんだかしらんが、おれのしたにつくなら、そんなブレイはゆるさんぞ」
「……ああ」
俺はようやく合点がいったと頷くと、少年は一人で納得するなと言うように視線を尖らせた。
これ以上機嫌を損ねないように、俺は笑いながら─それがやや苦いものなのは置いておく─否定をするように首を振った。
「ファミリーネームはありません」
「は、」
「というか、現時点では俺には名前がありません」
法的にと付け足せば聡い彼は気付いたらしく、目を丸くしつつ、そうかと呟いた。
彼のような貴族の子息の側に、俺のような名前もない孤児が近付くことは、普通なら有り得ない。
俺をたまたま見つけた貴族がお嬢様のような善性の塊だったから。俺がたまたま容姿の整った子供だったから。俺がたまたま前世の記憶を持って同年代より優秀だから。
そんな“たまたま”が積み重なって、そうして今がある。恐らく…確実に、貴族が“名前のない人間”を見ることなんて他にないだろう。
だから彼は当たり前に誰にでもあると思っている“名前”を訊ねてきたし、俺も何を訊ねられたが理解できなかった。
当たり前だと思っていたが、実感した。こんな気安く話ができたとしても、彼と俺では住む世界が違うのだと。
ぼんやりと何か考え込んでしまった彼を見つつ、立ち上がる。
そろそろ彼をいるべき場所へ戻さなければ。今日の主役の片割れが行方不明だなんて由々しき事態だ。俺と会ってからも結構な時間が経っている。心配もされているだろうし、他所の子息が失踪したとなれば大問題、下手をすればキャロディルナ家に害が及ぶ。
俺以外の人間が出払っている居住区の方に迷い込んでいたのを保護したことにすれば大事にはならないだろう。
そう提案をしようと見下ろすと、彼は。
「なんだ、あるじゃないか、ひつようなもの!」
輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。
何故。そう口にする前に、彼は俺の手を掴み、引っ張るようにしながら立ち上がり、したり顔で頷いた。
「おまえはあれだな! ひとにヨウキュウするのがニガテなタイプだな! ほしいものがあっても、ねだれないんだろう!」
「はあ」
鬼の首を取ったように自慢げな顔で、俺に人差し指を突きつけながら少年はそう言う。
確かに前世を合わせても「何とかが欲しい」なんて言ったことがない気がする。そう思いつつ肯定すると、彼は満足そうに笑った。
「まったく! おれをささえるなんてほえるなら、すこしくらいゴーヨクであるべきだ! なまえなんて、そのくらいすぐにくれてやるのに」
「は?」
腰に手を当て、胸を張ってそう言う彼。その様子に背中を冷たい汗が伝う。
何度も言っているように、この世界においての名前というのは教会から許可を得て初めて法的に認められるものだ。許可をとるには、平民と貴族では違うものの、ある程度のまとまった金額のお金が必要だ。親もなくやっと職を得たばかりの俺が未だに名無しなのはそういうことだ。
確かに貴族なら平民一人に名前を買ってやるのはわけないだろう。しかし、彼は子供。自由に使える金なんてほとんどないだろう。そうなれば支払い先は彼の両親となる。が、俺は現段階では彼の婚約者候補の使用人見習いでしかない。そんな子供の為に金を払う人間がどこにいるのか。
──もっとも。これは金を払う必要があればの話、だが。
「あの、ほんと、いや、マジでだいじょうぶです、お気遣い結構です」
動揺で手が震える。冷や汗が止まらない。ついでに声も酷くか細いし、頭が回らないせいで何を言ってるのか自分でも分からない。
ただ一つ理解しているのは、このまま彼に話させていると俺の精神状況的によろしくないということだけだ。
そんな俺の様子に気付かないのか、気に止める必要を感じていないのか。彼は楽しげに歌を口ずさむかのように口を開く。
「オズワルドというとあれだろ? 『こくぎょくのきし』だろう。なら、ファミリーネームはボルツ、なんてどうだ?」
オズワルド・ボルツ。なるほど、語呂もいいしなかなかセンスのある名前だ。とてもいい。
だが、そこは全く問題ではない。
「かねのことなら、きにするな。おまえもヤトワレのみだろ。ういたとおもえばいい」
「いや、そういう問題ではなく……!」
「しかし、エピトードじょうはセンスがあるな!」
どんどん血の気が引いてくる俺を尻目に、彼は今日一番の笑顔を浮かべ、そしてとどめの一言を突き刺してきた。
「まさにおうぞくのシンカにふさわしいなまえではないか!」
輝かんばかりに、いや文字通り、物理的に輝かせながら、少年は宝石のようなその目を俺に向けてきた。
くらりと視界が、いや、力が抜けた身体が揺れるのを感じる。だが、自覚しようとどうこうできる心理状況ではない俺は、半ば尻もちを着く形で再度地面に座り込んだ。
そして丁度。呆けた俺の耳に遠くから誰かを呼ぶ声が聞こえる。
お嬢様の声だったらどんなに遠くからでも何と言われてるのか分かってしまう。だが、この声は聞き慣れない男のものだ。それなのに、目の前の少年が誰か理解してしまった俺には、何と言っているか想像できた。できてしまった。
それでも、そうじゃないかもしれないという、淡い希望を抱いて。からからに乾ききった喉を僅かに滲んだ唾液で湿らせ、何とか声を絞りだした。
「申し訳、ない、のですが…お名前をお伺い、しても………?」
「ん? ……ああ、おれもなのっていなかったな?」
そう言って、こちらに体の正面を向けた少年は、手を腰に当てて胸を張るようにして高らかに声を張った。
「おれのなまえは──」
「ジルコニア殿下! なんでそんな所にいらっしゃるんですかぁ!」
しかし、先程から誰かを探すように声を上げていた男の声がそれを遮る。
若い男だ。しかし体格はしっかりしているし、半泣きな顔をしてはいるがその動きに隙は見られない。かなりの手練だということは見て分かる。そもそも、彼の身につけた青いラインの入った白い軍服のようなデザインのそれはエリートの証、王族直属の近衛騎士のものだ。
そして、改めて少年に目を向ける。
透き通るような銀髪。非常に整った容姿。同年代より秀でているであろう知力。幼いながらに身についた責任感。子供の身でありながら人ひとりの市民権を用意できる影響力。そして公爵家の一人娘の婚約者に選ばれる家柄。
極めつけに、というか決定的なのはその目。まるで宝石のように光を乱反射する、所謂《宝石眼》。それは、王族にのみに受け継がれる、王家の証だ。
「ジルコニア……カルボーニオ、殿下……」
「ん。さすがにしってたか」
からっと笑った少年に、俺の意識は飛びそうだった。
とりあえず俺は、意識はどうでもいいが首だけは守ろうとしたのだろう、気付けば土下座の形に倒れ込んでいた。




