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どうも、お見合い当日です。

 お嬢様の婚約話があがって数日。

 遂に、お嬢様と相手の顔合わせの日がやってきた。とはいっても、俺はいつも通り勉強している。

 奥様が言っていたように、俺はまだ貴人の前に出せるレベルではない。今までお世話になってきた屋敷では、顔がいいから可愛がられていた(不本意)だけで、俺は本来身寄りのないただの下働きの小僧だ。

 今現在はキャロディルナ家での教育を受けてやっとこさ平民の子供レベルの躾がされている孤児になったところ。短気な人なら前を横切っただけで鞭打ちにされてもおかしくないのだ。相手はこれからも懇意にするかもしれない家なので尚更気を付けねばならない。

 奥様の口ぶりだと俺の頑張り次第でいつ挨拶をさせてもらえるか決めるようだ。俺がこれからもお嬢様にお仕えするのなら、その婚約者様への顔見せは必須。俺はお嬢様のお付になる予定なので相手の方とは接する機会も多くなるはず。挨拶が遅くなればなるほど、相手に悪い印象を抱かれてしまうだろう。さっさと貴族相手にも完璧な身のこなしを見せられるようになれ、という圧をひしひしと感じる。おそらく旦那様の。あの方はかなりのスパルタだ。他が甘いとも言うが。


 ともあれ。そんなわけで今日の俺は屋敷中がどれほど忙しなくあろうと、表に出ることができないのである。いつもなら、ばたばたと音を立てて走る人などいないのに、何故か今日に限っては騒がしい。というかそもそも誰かが走っていることすら稀なのに。

 もしかして想定外の問題が起きたのだろうか?

 そわりとどこか居心地の悪いような気分になる。なにか手伝った方がいいのではという気持ちと引っ込んでた方がいいと思う気持ちがせめぎあう。

 しかして、あっさりと後者が勝ち、俺はお昼用にと用意されていたサンドイッチを持ち、裏庭にある巨木の根元に座った。

 当たり前である。ガキ一人でしゃばって解決するようならこの騒動はとうに収まっているだろう。むしろ俺が出て行って、相手貴族様の不興を買ったりしたらそっちの方が問題だ。目も当てられない。

 気にはなるが、俺にできることは影からそっと様子を伺うことくらいだ。


 まあ、俺がお客様の視界に入ったら大変なことになりかねないから人目を避けて移動したので、微塵も情報が得られるとは思ってない。大変なことが何かって? 主に拉致監禁。勿論俺がされる側である。

 これがマジなんだわ笑えねぇことに。今まで生きてきて目があった瞬間攫われることが数回あったので。俺は多分ある程度自衛ができるようになるまでこの屋敷の外に出るべきではないと自覚している。ここは聖域かなんかですか? 生きやすさが他とダンチである。


 閑話休題。やれることがない俺はとりあえず無に等しい物音に聞き耳を立てつつ、昼食にありつくことにした。

 使用人というのは結構ハードスケジュールである。特にキャロディルナ公爵家の屋敷はとても広い。やるべき仕事は今までいたどの家よりも当然多くなる。その分、使用人の数も比例しているが、家主の地位が高い分、量だけでなく質まで求められている。一人に対しての仕事(やること)は他家の比ではない。

 仕事が多い分、削られるのは休憩時間だ。俺はまだ子供でなおかつ教育を兼ねているので目溢しをいただいているが、お茶の時間は勿論、食事を座ってとる時間は殆ど与えられていない。旦那様方の昼食の時間より少し早い時間に、用意されているサンドイッチなどの軽食を厨房の片隅で立ったまま腹に収めるのが辛うじて休憩と呼べる時間だろうか。ものの数十秒とれたら良し、と言った具合だ。


 今の時間は午後三時少し前。

 今日はいつも俺の面倒を見てくれる他の使用人先輩方に余裕がないからなのか、自習という名の実質的な休日が与えられていた。なので、俺は誰に誰に止められることもなく本を読むのに集中していて昼食が遅くなってしまった。にも関わらず、厨房に用意されていたサンドイッチは山盛りだった。いつもだったらこの時間にはひとつも残っておらず、代わりにお嬢様達にお出しできない型崩れしたクッキーなどが並んでいるはずなのに。周りは僅かな昼食の時間すらとれないほど忙しいというのに、一人暇を持て余しているのが申し訳ない。早く一人前になって役に立ちたいものだ。


 屋敷の北側にどっしりと構えるこの巨木は、俺のお気に入りのサボり場──もとい、休憩所だ。

 実際にサボっているわけではない。一人になりたいときや少し頭を冷やしたいときなどに、ここの静けさは非常に有能で、時間が出来たら度々立ち寄る秘密基地のようなものだ。

 陽の当たる南側とは違い、ほんのりと薄暗い北には巨木の他に特徴的なものがない。そんな所には静寂を望む人以外はやって来ない。そしてそんな暇がある人はこの屋敷にはいない。よってここはほぼ俺専用だ。

 まあ静かすぎて目的その二である聞き耳を立てるが全く達成できないのだが。元より期待などしていないし、聞こえたところで手を出せないのなら別に問題ないだろという話なので。いいかなと。


 もそ、とサンドイッチにかぶりつく。時間が経っているからかパンはぱさぱさとしていて、レタスも何となくしおれている。

 ここ最近はテーブルマナーの勉強として誰かとをとっていたので、一人きりで食事というのは久々だ。少し前まで檻の中に投げ込まれた、これよりももっと粗悪なものを食べていたこともあるのに、随分と甘ったれたものだ。一人が寂しい、なんて。たった数ヶ月でそんなふうに思うようになるとは、随分と人間らしくなったんではないだろうか。

 そんなことを考えつつ、味気ない食事に溜め息をついた、そのとき。


「──おい、おまえ」


 ざっ、と。地面を踏みしめる音がした。

 気を抜きすぎていた、そう気付くには遅すぎて。慌てて顔を上げると数メートル先に見覚えのない少年が立っていた。

 内心舌打ちをしながら腰を上げ、片膝を地面につけて頭を下げる。簡易的ではあるが基本の敬礼だ。咄嗟にとれた行動にしては上出来だろう。

 油断した。油断した、油断した! なんという体たらくか。こんな近くに来るまで気付かないなんて。暗殺者とか所謂裏稼業のやからならともかく、見た感じ普通の貴族の坊ちゃんだ。


 恐らく、彼がお嬢様の婚約者候補なのだろう。推定七歳、気配を消す術など身に付けていない子供相手に何たる失態。いやそもそも何でこんなとこにいんだこの人! 屋敷の人でも立ち寄らない穴場スポットなのに! 先輩達なにしてんの!? いやというか屋敷中慌ただしいのってもしかしなくても彼のせいでは? ハイQED!

 そこまで考えて(この間〇コンマ五秒)、やっとこさ絞り出すような声で返事をする。


「はい、いかがいたしましたか」


 いっそ哀れなほどに声が震えてる。我ながら聞き取りづらいなあと思った。


 しかしながら考えてみてほしい。俺は生まれてこのかた──記憶のある限り、関わってきた人間の八割がアレな人種だったのだ。お嬢様達に出会うまで人間らしい扱いを受けたことがなかった。

 それがここ最近、今までなかった人権を与えられたかのように、まるで普通の子供のように真綿でくるむように丁重な扱いをされている。精神的な耐性が落ちてきているのだ。あるいは対人スキルの低下。

 それがいきなり主人の婚約者候補の対応。一歩間違えたら死も有り得る状況である。鬼畜にも程がないか?

 死、なんて流石に言い過ぎかもしれないが、もし俺の選択ミスで婚約話がなくなってしまったら当然この屋敷にはいられなくなるだろう。旦那様が厳選に厳選を重ねたであろうこの少年と同格以上の相手がまたすぐに見つかるとは思えない。不始末の責任は当然とらされるはずだ。

 そうなれば俺は生きていけないだろう。次の奉公先がすぐに見つからなければ、俺のような非力で見た目だけしか取り柄のないガキはたちまち食い物にされる。運良く職につけたとしても今までの生活に戻るだろう。キャロディルナ家の環境に慣れだした俺は両家を比べて生きるのが苦しくなるに違いない。

 そしてなにより、お嬢様達への恩を返せていないのに。与えられるばかりで、返せるものが仇ばかりなんて、到底我慢できない。

 完璧…は無理でも、不快にさせないような対応をして、さっさとどっか行ってもらわなくては。

 震える手を押さえつけて、笑みを浮かべた顔を上げる。頬が引き攣っているような気がするが、この距離だ。相手は気にしないだろう。


 案の定、足を開きふんぞり返るように胸を張った少年は、俺の恐怖に気付くことなく、「ああ」と一つ頷いて要件を口にした。


「ここはどこだ。」


 サンルームにいろと言われたんだが。そんな少年の言葉を、案内を促すように腹の音が追いかけた。


 …………………俺の不安、杞憂だったみたいだなぁ。




Twitterにて更新のお知らせと小話(裏設定?)を載せていく予定です。

小話については今のところどうでもいい情報しか呟いてないですが名前の由来とか小説におこさなかった(おこせなかった)部分はこちらで補足するかもしれませんので、もしよかったらフォローお願いします。

→@SuyaSuyaSuyak0

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