どうも、どうやら死んだようです。
なんてことのない、よく晴れた日のことだった、ように思う。
随分昔のような、つい先程のような。そんな感覚でその日のことを思い出す。
その日はいつものように通学路を走っていた。
前を走るのは、あまり似ていない妹だ。どれくらい似ていないかというと、「実は血の繋がりはなく妹どころか恋人なのでは」と噂される程度らしい。日に一度は「えっ付き合ってないの?」と聞かれるほど仲がいいのも他人疑惑を助長させていると友人に教えてもらった。
妹はめちゃくちゃ可愛い。そこらのアイドルなど目ではないくらいの可愛さだ。身内贔屓の分を差し引いたとしても文句なしに可愛いし、妹以上に可愛い人間を俺は見たことがない。幸いなことにそのせいで男子からやっかみを受けることは今のところないが、そのうちあいつも誰かから告白されて彼氏ができたりするのだろう。そうなると寂しいなとぼんやり考える。
そうしていると、追いついて来ない俺に業を煮やしたのか、妹がこちらを振り返った。
「おにいちゃん! 早くしないと遅刻するよ!」
頬を膨らませ、いかにも“怒っています”という顔をする妹だが、そのくせ指先は焦れたようにもごついている。そういえばこいつ、遅刻が多かった。登校だけではなく、授業毎の教室移動や準備にかかるのが遅く、多かったら日に数度も遅刻することがあると聞いた気がする。
流石に自分のせいで妹の進級を阻むのは申し訳ない。そう思って少しだけ足を早めた。
が。
「いや元はと言えばお前が遅くまで起きてて寝坊したからだろ」
追いついた速度を落とさないまま、並走しながらジト目を向けると、妹はむぐっと口を噤む。
「だ、って! あと少しで全ルート全エンド回収だったの! 隠しキャラの攻略が! あと少しだったの! だったらやるでしょ最後まで!」
「進級とゲーム、どっちが大切なんだ」
「でも!」
正論なのは俺の主張だと分かってるだろうに、妹はそのゲームがいかに面白いかを身振り手振りで伝えようとしてくる。それに伴い少し速度が落ちたので背中を軽く叩き促す。
そんな対応も気に触ったのか、妹は眉根をよせた。ああ、しまった、これは長引くかもしれない。あからさまな子供扱いをしたつもりはなかったのだが、妹はそうとったらしい。一歩大きく踏み出した妹は振り返り「だいたいねぇ!」と声を張り上げた。
遅刻目前とはいえ登校時間だ。学生のみならず通勤中のサラリーマンだっている。けして人通りが少ない道路ではない。落ち着けようと伸ばした俺の手を避けるように、妹はさらに一歩踏み出す。当然、俺から逃げるためなのだから後ろに、だ。
「あ、」
そう小さく呟いたのは誰だろうか。俺だったのかもしれないし、たまたま傍にいた知らない誰かかもしれないし、勢いづけすぎてバランスを崩した妹かもしれない。
後ろにあった縁石に気付かず、踏み出した踵がぶつかった。たたらを踏んだが、妹は転ぶことなく、「吃驚したぁ」と焦りから乱れたらしい息を整える。体が揺れたときは倒れるのではと肝を冷やしたが、ぶつけただけの踵が痛む様子もない。ほっと息をついた。
次の瞬間、目に飛び込んできた“それ”にらしくもなく声を張り上げた。
「危ないッ!」
飛び出して妹を抱きしめる。キキーッという甲高いブレーキ音。ドンッと何かがぶつかる音。次いでくる衝撃、鈍痛。
「なつ、く…」
震える妹の声が聞こえる。
初めて聞く弱々しいそれに、無事かどうか判断がつかない。確認しようにも痛みのせいで声が出ない。赤色を纏ってはいるが、俺の血かもしれない。
体格差があると言っても包み込むほどの違いはない。咄嗟に庇おうとしたが、抱きしめるよりも突き飛ばした方が良かったかもしれない、失策だ。
そんなことを考えていると視界が狭まっていることに気付く。周りの人が「救急車を呼んだ」とか「あと少しだから」とか言っているのが耳に入るが、どうやらそれまで耐えられそうにない。
遠のく意識の中、気にかかっていたのは腕の中で身動ぎすらしない妹のことだった。
そういえば、“なつくん”なんて呼び方、いつぶりだろうか。
ふとそう思ったのを最期に電源が落ちるようにぶつりと意識がなくなった。