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愛し子はパパの愛が重すぎる・改  作者: 江葉
一章:愛し子、顕現する
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お友達を探せ!

パパの神託はとても迷惑だったりします。



 神託が独特、かつ曖昧で、解読が非常に困難――つまり神は言いたいことしか言わないというのは、教会上層部にのみ伝わる事実であった。


 なぜ上層部のみなのか。それは、神は偉大であり、すべての生命を作りたもうた万能の存在が、娘かわいさのあまり酔っ払いの戯言にしか思えないことを言っているなどと知られては教会が困るからだ。


 全知全能の神は主のみだが、主に仕える精霊はいるし、季節を司る神もいる。神は万物に宿る、というのが聖統教導会の教えだ。万物を司る神に感謝を。神託は神の慈悲による恩寵である。矮小なる人間はそれをありがたく受け止め、生きとし生けるものに神の慈悲を行き亘らせなけれなばならない。

 ようするに、神の正体が単なる親バカのおっさんでは信者が減る。切実な事情があった。


 愛し子が顕現して三年。ついに賜った神託に、教会上層部、特にヴェルク神官長は頭を悩ませていた。


「……タート、シルヴィア様のお言葉に間違いないのだな?」


 できれば子供ならではの曲解であってくれ。そう願うヴェルクにシルヴィアの教育不足と叱責されたと思ったのか、タートは表情を顔に出すことなくうなずいた。


「はい。私は主の言葉を教えてくださるように二回確認しました。一回目は「西のお城に閉じ込められているお姫様がいる」でしたが、二回目は「西の伯爵領にシルヴィア様のような子がいる。お姫様なのに閉じ込められている。お友達になれるかな?」と、やや詳しくなっておりました」


 あまりにも突拍子がなさすぎて、タート自身も何を言われたのか理解できなかったのが窺える。

 「それと」と続けようとしたタートが口籠った。


「なんだ?」

「シルヴィア様は、主たる神を称して「パパ」だとおっしゃいました」


 言うか言うまいか迷った末の言葉に、ヴェルクはすっと目を細めた。


「そうか……。では、神託に相違ないな」

「えっ」


 てっきり不敬すぎると訂正するよう命じられるかと思っていたタートは、ついヴェルクを凝視してしまった。


「失礼しました」

「……神官長、タートには教えておいたほうが良いのでは」


 気づかわしそうに副神官長のオデッサが言った。初老の女性神官は、少年神官がこの先独断で神託か否かを判断してしまうことを危惧した。その顔には、普段冷静沈着な彼女らしからぬ苦渋が滲んでいる。


「そうか……そう、だな」


 ヴェルクは一度ため息を吐きだし、何かを堪えるように下を向いてうなずいた。それから顔をあげてタートを見る。


「タート、これは本来教会神官長、副神官長、ならびに重職にある者にしか伝えられないことである」

「はっ」


 タートは背筋を伸ばし、口の前で指を横に滑らせた。神に誓って口外しないことを表す手印である。

 タートの口に魔法陣が浮かび上がったのを見たヴェルクとオデッサは真剣な顔つきになった。


「よろしい、タート神官。……主は愛し子に対し、自らを称して『パパ』と呼び、そのお言葉は娘を溺愛する父親のそれと同じである」

「…………」


 タートがヴェルクの言葉を理解するのにしばしの時間がかかった。無理もない。ようするに神は単なる親バカだ、と他でもない神官長が断言したのだ。自分の時もそうだったな、とヴェルクとオデッサは懐かしくなる。けして神官の意義を考えたりなどしていない。


「たとえ理解できずとも、シルヴィア様が「パパが言ってた」とおっしゃることは逐一報告するように。わかりましたね?」

「……はい」


 理解できなくていいのか。真面目くさったオデッサが妙におかしく、タートは腹筋に力を入れた。どうやらこれは上層部の誰もが通る道らしい。


「神託は王に報告したのか?」

「はい。シルヴィア様のナースメイドが伝令を頼んでくれました」

「あれでは信じない可能性もある。花離宮に行き、シルヴィア様にも解読を手伝っていただこう」

「神官長が自ら行くのですか」

「王と重臣に納得してもらうのは私が行ったほうが早い」


 もっともである。

 神官のタートでさえ本当に神託かどうか迷ったのだ。王と重臣があれを真に受けてくれるとは到底思えなかった。


「わたくしも行きます。他に地理に詳しい者も連れていきましょう。貴族……は、あなたが詳しいわね。タート・ティディエ」


 王と重臣の前に出ることを求められたタートは、一瞬痛みを堪える表情になった。



 ***



 一口に西といっても範囲が広すぎる。

 地図を広げた神官が指で示しながら説明していく。


「花離宮からもっとも近い位置にある伯爵領でしたらエンゲリベルト、バーネット。その西北にレヒユング、西南にページョレ、マヌル。領ではありませんがアルフェ家がアーララ河の小島に別荘をお持ちのはずです」

「全部で六家か……」

「その中で姫君のいる家は?」

「六家すべてにいらっしゃいます」


 産めよ増やせよは王家に限らず貴族の義務である。魔力とはすなわち戦力であり、エルメトリアだけではなくどこの国でも貴族は子だくさんだ。

 さらに、と神官は続けた。


「平民の愛妾との間に生まれた魔力の少ない娘であれば、隠すこともありえます」


 神託にある『シルヴィアに似た子』がはたして魔力量なのか、それとも容姿なのか、はたまた境遇なのかがはっきりしなかった。

 花離宮の知識の間に集まったエルメトリア首脳部は、初となる神託を読み解くべく額を突き合わせていた。


 知識の間は世界中の書物が集められた図書室だ。聖典や神話などが多く揃っており、王宮の会議室よりこちらのほうがすぐに調べられるとこの部屋が神託会議に使用されることになった。

 急遽用意された長机と椅子に、重臣と神官が向かい合わせになるように席についている。タートは向かいに誰もいない端席に座っていた。

 上座にはシルヴィアが大人用の椅子に行儀よく座り、黙って果実水を飲んでいる。時折退屈そうに浮いた足をぷらぷらさせるのは御愛嬌だろう。


 シルヴィアが会議に参加しているのは、追加で神託が来るかもしれないと期待してのことだった。ヒント要員である。


「シルヴィア様」


 ウォルフガングがシルヴィアに声をかけた。


「シルヴィア様は、どう思われますか?」


 娘に甘いパパならば、シルヴィアが希望する娘を選んだのかもしれない。そう考えての問いだった。


「いっしょにあそべるといいね!」


 しかし残念なことに、シルヴィアも詳細までは知らないのだ。パパはシルヴィア以外の人間にあまり関心はない。この場で一番ヒントが欲しいのはシルヴィアである。


「そ、そうですな……」


 ウォルフガングが微妙な顔つきになった。

 我が子でもない幼女の友達探しなど、どうにでもなれと言ってしまえない立場の彼である。さすがにちょっと考えなしだったかと反省したシルヴィアは、大人の真似をして腕を組んだ。


「とじこめられてるって、ごびょうきなの? しょれとも、ひみちゅ?」


 視線がいっせいにシルヴィアに集中した。


「そうか、病気ということも考えられる」

「生まれたことを秘匿している場合もありますね」


 エルメトリアは始祖が愛し子だったこともあり、女性を大切にする国だ。

 出産もそうだが、貧しい娘を裕福な男が保護の名目で囲うことも珍しくなかった。妻になるか養女にするか、純粋に親切で保護する男もいるが、たいていは下心を持って囲う。男尊女卑と思うだろうが、行き場のない女性に仕事を与えるのは特権階級の義務であった。


 貴族ともなれば正室の他に第二夫人、第三夫人と側室を置くのが一般的だ。部屋を与えられるのは貴族の令嬢で、魔力の大きな子を産むことを期待して迎え入れられる。側室の待遇には差を付けないのがルールだが、一人の男の寵愛を数人で平等に分け合えるはずもなく、陰湿、泥沼、愛憎の三拍子揃うことになるのはいつの時代も変わらなかった。


 一方で露骨に差が付けられるのは妾だ。平民の娘は妾扱いとなり、子が生まれても家の権利など与えられなかった。屋敷ではなく離れた土地に家が与えられ、主人の通いを待つ身となる。

 生活に困ることはないし、権利の代わりに教育はしっかりされる上、就職の斡旋もされる。貴族並みとまではいかなくても充分優遇されていた。側室の争いに疲れて愛妾に癒されている貴族などは入りびたりである。

 そして愛が深ければ深いほど女の嫉妬が向かうのが世の常。子供の安全のため、生まれても秘密にして愛妾共々大切に隠している貴族もいた。


 シルヴィアのヒントで余計に話がややこしくなった。


「聖女捜索時にそれらしき令嬢はいなかったのでしょうか?」


 ウォルフガングが貴族年鑑をパラパラとめくった。これには貴族の戸籍から領地経営、事業、農作物とそれに関する収穫量などが細かく記載されている。聖女捜索時にめぼしい女児を攫ったものだ。


「残念ながら、令嬢と直接会ったわけではありません。仮に閉じ込められていても聖女となれば調べたでしょうし、聖女でなければ表に出したりしないのでしょう」


 ヴェルクが悔しげに否定した。直接面会しての調査なら、様子のおかしい娘がいれば見当がついただろう。


「シルヴィア様のご友人となればさほと年齢は離れていないと推測されます。少なくとも、三歳からデビュタント前、といったところでしょうか」

「招待状を出しますか? 名目は殿下と愛し子の友人探し」

「しかし、西方の伯爵家のみでは他から不満が出ますぞ」


 ウォルフガングが顔をあげた。彼はある可能性に気づいて背筋を震わせた。


「順番に招待しましょう。東西南北の伯爵家以上の貴族を招いた茶会です」


 以前、王妃の横槍で中止になった茶会を開催すればいいのだ。

 もしや、マリーのやり方に神が怒ったのではないだろうか。かわいい娘の気持ちも考えずにカインを寄こし、恋仲になるように仕組んだ。カインが来なければ外にも出られず、遊べる子供がカインだけとなれば、いくら愛し子でも否応なしに依存してしまう。シルヴィアを守ると言いながら囲い込むやり方に、神が怒ったのだ。


 茶会といっても王家主催となれば時間も金もかかる。東西南北の貴族が集合などマリーは考えていなかっただろう。シルヴィアの友人になるのはカインとの仲を邪魔しないマリーお気に入りの子供になるはずだった。

 王妃にとっては盛大なしっぺ返しだ。いいぞ神。さすが神。ナイス親バカ。ウォルフガングは俄然やる気になった。


「カイン殿下とシルヴィア様、お二人との顔合わせとなれば断れる貴族はおりません。必ずや娘を出してきましょう」


 力強いウォルフガングの言葉に、まさか私怨が入っているとは思わないヴェルクも同意する。


「もしも城に残された令嬢がいたら、その方こそ神託にある姫ということになります」


 こうしてエルメトリアにいる高位貴族に招待状を出すことが決定した。混乱を避けるため神託であることは伏せ、カインとシルヴィアの茶会デビューが名目である。


 大変である。


 西方の伯爵家だけならともかく、伯爵以上となれば侯爵家と公爵家を含む。

 シルヴィアだけではなくカインのためでもある。女児だけではなく男児も来るだろうし、その両親と使用人たちも王都に詰めかける。しかも母親の身分問わずだ。移動も含め、思い思いにめかしこんでくるのは間違いない。人だけではなく経済が動くのだ。


 大事おおごとである。


 茶会の準備だけでどれほどの金が飛んでいくのか、財務大臣は官僚を集めて会議を開いた。

 まずは国内だが、見つからなかった時のことを考えて外務大臣は各国に書簡を送った。愛し子を有している国が有利なのは当然だが、あまりに独占しすぎると国家連合に亀裂を招きかねない。神託により愛し子の友人探しをしているだけで、聖女捜索は引き続きよろしく。そんな内容だ。言い換えればシルヴィアのお友達募集中、ふさわしい姫君がいたら歓迎しますよ、というわけである。目眩がしそうな話であった。


 茶会の準備をしなければならない王宮の女官と執事、警備計画を立てる軍部も胃をきりきりさせていた。もちろん王妃マリーも自分の浅はかな計画が神によって弾け飛んだことを知り、こんなはずじゃなかったと臍を噛んでいる。抑えつけた分、反動が大きく出た。


「やったー! おともだちっ、おともだち!」

「良かったですね、シルヴィア様」


 無邪気に喜ぶシルヴィアだけが救いだった。




パパの神託に振り回される大人たち! 

応援よろしくお願いします!


「秘密の仕立て屋さん」書籍化しています。こちらもよろしくお願いします!

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