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愛し子はパパの愛が重すぎる・改  作者: 江葉
二章:愛し子と神託
15/17

愛し子は食を満喫する

短いです。



 シルヴィアとグレイスに用意された部屋に入ったタートは、絨毯の上に転がっている少女二人に笑いを堪えた。


「これは、シルヴィア様、グレイス様」

「あ……っ」

「タート様」


 タートに気づいたシルヴィアが慌てて居住まいを正す。グレイスも澄まし顔でクッションに腰掛けた。


「タート、どうしたの?」

「これからのことをお話に来たのですよ」


 笑いを堪えているタートにぷくっと膨れたシルヴィアだが、真面目な話らしいとタートに座るよう勧めた。


「今夜は国王陛下との晩餐会になります。外務大臣の会談は明日になりますが、シルヴィア様は予定通り、砂漠地帯の視察です」


 シルヴィアはうなずいた。


「天文博士によれば、明日の夜あたりから雨になるそうです」

「蝗が発生するのは雨の後、だよね?」

「はい」


 タートがシルヴィアに膝を寄せた。


「砂漠とはいえ何もいない、というわけではありません。サソリや蛇、ハリネズミなどが生息しています。また、熱砂が目や肌に当たると怪我をする危険性もあります」

「わかってるわ」


 タートはグレイスを向いた。何度も口を酸っぱくして言ってきたことだが、それでも心配なのである。


「私も風魔法で防御しますが、くれぐれも気をつけてください。シルヴィア様は魔法で回復させることができません。不測の事態が起きたら、我々は全力を挙げてシルヴィア様をお守りします」

「シルヴィア様の守りの要はわたくしにお任せを。何があろうとお守りしてみせます」


 グレイスが真剣にうなずいた。そんな二人に、シルヴィアは眉を寄せる。


「わたくしも、みなを守るよう心がけるわ」


 シルヴィアの護衛がシルヴィアを守るのは当然のこと。だからこそ、彼らを危険に晒さないようシルヴィアは行動しなくてはならないのだ。


 バッハトマ王国への来訪は、シルヴィアにとって命がけの道程である。

 魔法を持たない愛し子は身を守る魔法すら使えない。怪我をしても魔法で治癒することができない。おまけに砂漠では、魔法で簡単に水を出して喉を潤すこともできないのだ。ないない尽くしである。


 細心の注意を払うため魔導士団が同行し、護衛に騎士団が派遣された。さらにはシルヴィアが我慢しすぎないようにとタートとグレイスが付いている。


 当然増える予算にエルメトリア国王と宰相、なにより財務局が渋った。それを説き伏せたのはシルヴィアの、


「わたくしは愛し子です。神託の結果をこの目で確かめたいのです」


 という、毅然とした言葉だった。


『パパがいるよ! パパはいつでもシルヴィアを守ってるよ!』


 加えてパパの心強い言葉もある。

 実際、パパのおかげで砂嵐や盗賊にも遭わずにすんだ。パパのありがたみを実感する旅である。


 もとよりシルヴィアは余計なことをして邪魔になるつもりはなかった。ただ昔パパが怒ったせいで砂漠になってしまった国で災害が起きるとわかったから、居ても立っても居られなかっただけなのだ。

 シルヴィアが愛し子の自覚を持っていることを確認し、タートはほっとした。



 ***



 晩餐会は宮殿でもっとも重要な祈りの間で催された。


「ここは主に王族の結婚式や即位式など、国家の重大な儀式に使用されている」


 上座の中央には竹で編んだ玉座が鎮座している。

 天上には光輪を背負った愛し子、五大精霊がモザイク画で描かれていた。光輪から伸びた光がちょうど玉座の上に当たるようになっている。


「あの玉座には神がお座りになる」


 言って、王は目を細めた。

 上座から一段下がってバッハトマ国王アララギとシルヴィアが対面している。シルヴィアには、その時の彼は何かを懐かしんでいるように見えた。


「愛し子様は、バッハトマの名の意味をご存知だろうか」

「はい、水豊かな国だと聞いたことがあります」

「そうだ。バッハトマの歴史は古く、大河と湿地帯が天然の要塞となって他国の侵略を阻んできた」


 今もそうだ。アララギがシルヴィアに向き直った。


「砂漠の国に攻め込む国はおらぬ。バッハトマは運河によって栄えたが、悩まされてもきた。一度水が溢れれば、人も家も家畜も、なにもかも流されてしまう」


 いかに魔法があろうと、人の営みなど自然の前には無力なのだ。


「こうなって良かった、とは思えぬ。だが神はやはり慈悲深い。我が民は水を慕うようになった。水を懼れぬようになった」


 ゆえに。アララギが王として宣言した。


「バッハトマ。我らはバッハトマ国王なのである」

「……はい」


 シルヴィアは胸が熱くなるのを感じた。アララギはこの国が好きなのだ。愛をもって治めようとしている。

 まことの王とは彼のことをいうのだろう。その王が今、シルヴィアに頭を下げていた。


「ようこそお越し下された。心より、おもてなし致します」


 王に続いて臣下たちもシルヴィアに向かって頭を下げた。


『バッハトマってあいかわらずだなー。愛がおもーい』


 ……感動を返して、パパ。そんなこと言って、声にちょっと照れが入ってるよ。


「ありがとうございます」


 バッハトマ王国はオアシスに都市を築き、往年の勢いこそないが人々はたくましく生きている。

 井戸がなくても魔法で水が出せるし、交易で培った経験を活かして砂漠を旅していた。ただ、農業に関しては広範囲に水が必要となるため壊滅的である。

 そんな砂漠でのごちそうは、なんといってもヤギだ。丸々一頭、骨まで無駄にせず使いきる。


「揚げパン!」


 シルヴィアが気に入ったのは、ヤギ肉と野菜を包んで揚げた揚げパンだ。エルメトリアにはない料理である。

 油でこんがり揚げられたパンのサクッとした食感と、ちょっと濃い目の味付けの具があつあつで本当に美味しい。パンがちょっと甘くて、それがまた味を引き立てるのだ。


「揚げパンが気に入ったか」

「はい。もう本当に美味しいです」


 即答したシルヴィアに、アララギが嬉しそうな笑い声をあげた。


「そうか。では、そちらの料理人に調理法を教えよう」

「いえ、それは遠慮しますわ」


 油でべとべとになった手を布で拭いて、シルヴィアは首を振った。


「バッハトマに来た時のお楽しみにします」

「……そうか!」


 また来たい、という意味だった。アララギは目を瞠り、また声をあげて笑った。

 余談だが、ヤギの中でも老いたヤギは臭みが強くて美味しくない。ついでにヤギそのものも臭いため、草地を求めて移動するのは生活の知恵だと思われる。オアシスに住まず、遊牧民となった者たちはバッハトマの宝石とまで呼ばれている。どこにあるかはわかっているのになかなか巡り合えない、そして出会えれば嬉しい、そういう意味だ。


 骨髄からとったスープ粥の後は、デザートのフルーツとチーズだ。


「わたくし、このチーズ大好きですわ。とても濃厚で甘くて、癖になりますわね」


 グレイスは目の前で薄く切り分けられたチーズに目を輝かせた。


「わたくしもよ。これ、チーズとは思えないわ」

「ヤギのミルクがこんなに美味しいなんて」


 大きなキャラメルのような見た目のチーズは味もよく似通っている。濃厚なキャラメルか、チョコレートのようだ。チョコレートの中には苦かったり酸っぱかったりするものもあるが、このチーズにはハズレがない。口に入れたグレイスは幸せそうに頬に手を当てていた。

 もちろんシルヴィアも虜になっている。グレイスと揃ってうっとりした。


『旅はいろんなものが食べられていいねえ。いっそのことシルヴィア食べ歩き漫遊記とかしちゃえばどうかな』


 パパが誘惑してくる。とても魅力的だが、予算はエルメトリアだ。

 シルヴィアとグレイスはまだ子供なので酒は飲めない。さすがに王と愛し子が揃った晩餐で羽目を外す者はいなかったが酔っぱらいの声がそこかしこでしていた。


 毒味についてはシルヴィアが断っている。アララギと会い、イルマと話をしたうえでのことである。王の宮殿で毒を盛るなど、この人たちはしないと信じたのだ。

 毒味不要と言ったことで、宮殿の者たちの愛し子への崇拝は極まったといっていい。

 祈りの間を警護している兵も、給仕のメイドたちも、全員が笑顔でエルメトリア一行をもてなした。


「……あ」


 ふいにグレイスが顔をあげた。


「グレイス?」

「雨が近づいてきています」

「グレイス、わかるの?」

「はい。なんとなく水の気配がします」


 グレイスの様子に気づいたタートも、目を閉じて魔力を練り上げた。


「たしかに、水の気配が強くなっていますね。天文博士の予想では明日の夜からですので、雨雲が接近しているのでしょう」


 神託の時が来た。アララギは自国の神官長に目をやり、彼がうなずいたのを見て、晩餐を終えることにした。


「ついに時が来たようだ。名残惜しいが今宵はこれまでといたそう。明日はエルメトリアの方々にも助力をお願いする。ゆっくり休み、備えて欲しい」


 晩餐の礼を伝えて部屋に戻る直前、シルヴィアはアララギに耳打ちした。


「王様、王様」

「うん? いかがなされた」


 しゃがむようにジェスチャーするシルヴィアに不思議そうな顔をしながらも、アララギは素直に従った。


「パパのひとり言。教えてあげます」

「っ!」


 それはもしや神託では、と息を飲むアララギに、シルヴィアは囁いた。


「あいかわらず愛が重い、だって。パパ、嬉しそうだったの」


 内緒ね、とはにかむシルヴィアは、父親の秘密をばらしてしまった子供そのものだった。意表を突かれたアララギは絶句する。


「シルヴィア様?」


 タートが呼んだ。


「はい、今行きます。王様、おやすみなさい」


 淑女の礼をしてヴェールを翻して走っていく。それを見送ったアララギは、まいったな、と呟くと手で目を覆った。

 なぜ愛し子が『神の娘』でも『聖女』でもなく『愛し子』と呼ばれているのか、その理由がわかった気がした。




蝗害や砂漠については「バッタを倒しにアフリカへ」光文社新書・前野ウルド浩太郎/著を参考にしています。ファンタジー要素入っているのであくまで参考程度です。


アララギさんはシルヴィアをそういう目で見てないですよー。せいぜい娘ですよー。


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