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愛し子はパパの愛が重すぎる・改  作者: 江葉
二章:愛し子と神託
13/17

愛し子は過去と未来に思いをはせる

そろそろ恋愛パートにいきたい。シルヴィア六歳です!



 シルヴィアは六歳になった。

 覚えた言葉が増え、喋り方から幼さもだいぶ抜け落ちた。グレイスという心強い友人を得て花離宮の外に出られるようになってきている。


 シルヴィアの関心が外に向けられるようになったからか、神託も多岐に及んできた。


『海のやつがずいぶん張り切ってキラキラしてる。今年のやつは熱いぜ』

『海のに釣られて山のもやばい。攻めてるねえ』


 パパは通常運転だが地上に住まう人々はそうはいかない。海と山になにがあった。挟まれている平野部にも影響が及ぶのは必至だ。

 ただちに神託会議が発足し、天文局から博士が呼ばれ、教会が過去の資料をひっくり返した。


 シルヴィアもこれが神託で良いのかと疑問に思っていたこともあり、教会に残された聖遺物、極秘文書扱いになっている歴代愛し子の日記を読ませてもらった。

 聖統教導会大聖堂の奥まった場所に愛し子関連の文書は集められている。エルメトリア大聖堂にあるのは写本だ。

 奥の間は日焼けして写本が傷まないよう窓にカーテンがかけられて薄暗く、インクの匂いがかすかに漂っていた。


「これを読むことができるのは神官長と副神官長のみです。私はシルヴィア様の侍従になるにあたり、例外として読ませてもらいました」


 読書机は一つしかなく、タートは立ったままどんな質問が来てもいいように控えた。

 革張りの表紙をシルヴィアのふくふくとした指が撫でる。原本は羊皮紙だが、ここにあるのは紙の本だった。

 シルヴィアは過去の愛し子がどんな日々を送り、どう神託を伝えたのか、緊張してページをめくった。


 ――パパの言葉が通じない。不敬を申すなと父に叱られた、本当なのに。

 ――パパの言葉をそのまま伝えていいものかどうか迷う。北でやべー奴らがドッカンって、戦争でも起きるのだろうか。

 ――やばい。パパめっちゃ怒ってる。あいつらがどうなろうと知ったこっちゃないけど両親にとばっちりがいったらどうしよう。

 ――いいかげんにして、パパ。


 ほとんど愚痴だった。


「…………」


 シルヴィアは無言で日記を閉じた。

 なるほどこれが極秘文書になるわけである。愛し子が神に愚痴ってるなんて公表するわけにはいかないだろう。教会関係者の苦労が偲ばれる。


 目を動かしてタートを窺うも、彼は顔色ひとつ変えずにいた。あっぱれな心遣いにそっと感謝の念を捧げておく。


 どうやら歴代の愛し子も、シルヴィアと同じく貴族に取り立てられ、淑女教育を受けたのだろう。そりゃあパパの大雑把な言葉使いに悩む。苦労したんだね……と思うが、今まさにその苦労が降りかかってきているシルヴィアには他人事ではなかった。


 というか、まさに他人事ではないのだ。シルヴィアは知る由もないが、愛し子は天にも地にもただ一人。神にとって、シルヴィアであろうがエルナであろうが愛しい娘であることに変わりはない。つまりこれは、シルヴィアのためにシルヴィアが残した日記なのだ。


 愛し子の日記と過去の神託を照らし合わせると、パパほんとロクなことしないな、という感想しか浮かばなかった。

 パパなりに娘を思いやってくれているのはわかるのだが、もうちょっとくらい周囲の人間を信用しても良かろうに。怒りに任せてやらかしたのが今でも続いているとか、これはひどい。


「タクラカカンって、本当に一晩で砂漠になったのかしら……?」


 天罰の規模が半端なさすぎる。愛し子へのヘイトを生み出す原因は、主にパパだ。


「シルヴィア様、タクラカカンは蔑称です。正式にはバッハトマ王国といいます」

「そうなの? 地図にはタクラカカンって書いてあるわよ?」


 シルヴィアに注意したタートは、日記の巻末に添付された地図を広げた。


「教会の地図ですから神罰を受けた国を明確にするため、タクラカカンと表してあります。タクラカカンは古代語で『死の国』を意味し、砂漠化したことからそう呼ばれるようになりました」


 砂漠になる前は水豊かな(バッハトマ)という名にふさわしい、運河により栄えた国であったという。

 タートは書棚から歴史書を取り出して、タクラカカンの項を開いた。


「百三十一年前の愛し子、マーブレーナの時代です。シェルンブール共和国に顕現した愛し子が、共和国大統領となるトラン公と結婚するはずでした」

「はずってことは、結婚できなかったの?」


 はい、とタートがうなずいた。愛し子の不幸に痛ましげな顔になる。

 歴史書にはその時のことがこう記されている。


『愛し子マーブレーナ、トラン公の元に嫁がんと欲するも、バッハトマ国王べリスの奸計によりトラン公暗殺さる。マーブレーナは身柄をバッハトマ王国に移され、これを咎めたシェルンブール共和国との間で戦争状態に陥る。マーブレーナ、ここに至りついに天に帰ることを決意。愛し子の奇跡は人々に降り注ぎ、バッハトマ王国、シェルンブール共和国、共に神への畏敬に震えただ祈るのみ。愛し子の嘆きを見た神、バッハトマ王国に天罰を下す。一晩にて豊かな水は涸れ、都市は砂漠に覆われ、人々は神の怒りに触れた国とバッハトマ王国を非難した』


 教会の歴史書はこの程度だが、実際はもっと泥沼の争いがあった。愛し子の物語として描かれているマーブレーナは悲劇の愛し子である。


「マーブレーナに聖女はいなかったのかしら。暗殺を防げなかったの?」

「マーブレーナの聖女はバッハトマの出身でした」


 タートが端的に答えた。教会としてはあまり深く突かれたくないことのようだ。


『あー、あの聖女ね。あいつトラン公に横恋慕して見事にふられた腹いせに暗殺に協力したんだよ。やり方が汚かったからきつーく絞ってやったけどさ』


 代わりに説明してくれたのはパパだった。未だに怒りが冷めないようでプンプンしている。

 そういうことか……。あんまりな真相にシルヴィアの目が死んだ。


「シルヴィア様?」

「いえ……。聖女も人の子なのだと思っただけ」

「そうですね。その後、バッハトマはいくつかのオアシスを残して砂漠化し、終戦を待つことなく壊滅に陥りました。現在の人口は一万人ほどで、かつての賑わいはありません」

「シェルンブールにお咎めはなし?」

「愛し子が帰ってしまいましたので……。教会では愛し子が天の国にお帰りになることを奇跡と呼んでおりますが、神託が降りないのは国家的大打撃です」


 バッハトマは壊滅したが、かといってシェルンブールが戦争に勝ったわけではない。愛し子と結婚し、大統領になるはずだったトラン公をみすみす暗殺されているのだ。それも、聖女に。シェルンブールは顔に泥を塗られたようなものである。


「今回の神託で、さらに酷いことにならなければいいのだけれど……」


 シルヴィアの言葉に、タートは微笑みが浮かぶのを感じていた。

 やさしい子に育ってくれた。過去の愛し子を思えばタクラカカンの現状など自業自得だ。タートですらざまあみろ、と思う。

 だがシルヴィアは今を生きる人々を思い、胸を痛めていた。愛し子の自覚を持ち、やさしく素直な子に育ってくれたことが誇らしくなった。


『思い出したらムカついてきた。シルヴィアに変なことしないよう、もう一回締めといたほうがいいかな……』


 パパ――!?

 真っ黒なパパの声にシルヴィアの息が止まった。


 きつーく絞った結果が砂漠化なら、さらに締められたらオアシスすら涸れてしまう。酷いことにならなければと言ったのを気に病んでいると思われてしまったのかもしれない。そうじゃないのよパパ。余計なことすんなって意味なの!


 冷や汗垂らして焦るシルヴィアに気づくことなく、タートはやわらかく言った。


「大丈夫です。天文博士によれば、海のキラキラとは海水温の上昇のことではないかと。雨期に雨雲が長く留まる兆候があるそうですから、タクラカカンにも恩恵があるでしょう」

「良かった……。すぐに元通りにはならないかもしれないけど、少しでも砂漠化が治まれば良いわね」


 だからくれぐれも、くれぐれも、締めるのはやめて。シルヴィアは切実に祈った。


「じゃあ、山が攻めてくるっていうのはどんな意味なのかしら?」

「そちらは民間に言い伝えがあります。緑の風、山となりて攻め来たる。蝗害をこう呼びます」

「コウガイ?」

「蝗のことです。蝗は食欲旺盛で、大量発生すると畑だけではなく庭木も何もかも食べ尽されてしまいます。農村はもちろん、都市部の市場も、あらゆるところに被害がでます」

「大変だわ!」


 蝗害は発生条件が未だ解明されておらず、大損害をもたらす災害として恐れられている。タートも深刻にうなずいた。


「どこで発生するかが不明なので、各国は備えに奔走しています。幸いなことに近年は豊作が続いていますので、食糧不足に陥ることはないでしょう」

「倉庫まで蝗が入ってこないかしら? 虫よけの魔法ってないの?」


 子供らしい発想にタートが苦笑する。


「虫よけの魔法ですか、それはいいですね。魔導士に研究させてみましょうか」


 そうはいっても蝗害に虫よけ程度ではあまり意味はないだろう。


「蝗の群れはシルヴィア様がお考えになられているよりずっと大きく、広範囲に及びます。ですので発見しだい魔導士が駆除するしか今のところ方法がないのが現状です」


 蝗害は発見してから魔導士を派遣してもらい、魔法で駆除するのでどうしても後手に回る。ある程度の被害は覚悟しなければならなかった。


「聖女様がいてくれれば、あるいはなんとかなったかもしれません」


 言いにくそうな顔をしたタートが、それでも言った。


「聖女が?」

「はい。聖女様の精霊魔法であれば蝗の探査も容易でしょう。過去に何度か聖女によって蝗害を防いだことがあるようです」

「そうなのね……」


 シルヴィアは考え込んだ。

 シルヴィアには聖女がいないが、これといって不便に感じることはない。グレイスという親友がいるし、別にいらないかな、とすら思っていた。

 だが今後のことを考えればやはり聖女は必要な存在だ。愛し子の神託と聖女の精霊魔法、この二つが揃ってこそ神の恩寵を実感できる。


「タート、聖女はまだ見つからないの?」

「申し訳ありません。捜索は続けているのですが……」


 タートが苦しそうに眉を顰めた。教会も愛し子の守りとして聖女の必要性を認めている。しかし、こうまで見つからないとなると、神の意思ではないかとも囁かれていた。


『聖女っている? いやでも聖女じゃないとみんながシルヴィアのそばにいられないって文句言うしな~』


 どうやらパパもお悩み中のようだ。みんなって誰だろうと思いつつシルヴィアはそ知らぬふりをした。たしかに、愛し子の結婚相手を逆ギレで暗殺する聖女はいらない気がする。


「……神の御心のままに」


 シルヴィアは目を閉じ、そっと両手をそのちいさな胸に当てた。さすがにもうパパとは人前で呼ばなくなっている。


「神はわたくしのために、試練をお与えになっているのかもしれません。聖女に頼ってばかりでは真の愛し子とはいえないでしょう。タート、蝗の研究をしている方をお招きしてください。共に乗り越えていきましょう」

「シルヴィア様……!」


 タートは感激に頬を紅潮させた。


『シルヴィア……!』


 パパもどうやら感激しているようだ。


『者共! 者共であえー! シルヴィアの初陣じゃあー!!』


 何と戦わせるつもりなの、パパ!?


 パパの思い出し怒りというかやつあたりというか、世界的危機ともいえる神託はシェルンブールとタクラカカンに集中した。

 タクラカカンの雨季は、近年稀に見るほどの大雨になった。だが同時に、それは蝗害の予兆でもあったのだ。


 雨と共に蝗が来る。生命など宿っていないような砂漠で蝗がどのような生態を維持しているのか不明だが、学者たちは長年の研究でそれを突き止めていた。

 きっかけさえわかれば対策がとれる。神託会議はシルヴィアと彼女が招いた学者を含めて検討が重ねられた。続けての神託はそれだけではなく繋がっていると見るべきである。


 海水温上昇によって発生した雲がシェルンブールに連なるトゥディオ山脈にぶつかって雨雲になり、それが季節風によってタクラカカンの雨季に雨を降らせるのだ。


「海岸部は台風、内陸は蝗害の警戒をしておいたほうがいいでしょう。特にタクラカカンで蝗が大発生すれば、事は砂漠のみならず内陸国家に及びます」


 教会は神託と共にシルヴィアの策をタクラカカンに授け、蝗害を最低限の被害で食い止めることに成功した。タクラカカンは今代の愛し子が過去の遺恨もなく助言を授けてくれたことに感動し、国王ティルクはシルヴィアへの忠誠を誓った。


 また今作戦はシェルンブールと共同で行われたため、両国間の国交が回復する快挙となった。タクラカカンはトラン公暗殺を正式に謝罪。シェルンブールもシルヴィアの手前、受け入れざるをえなかった。


『いやー、どうなることかと思ったけど上手くいって良かったよ!』


 誰のせいなんですかねえ。まったく、パパは気楽なんだから。

 二か国の仲を取り持つことになったシルヴィアはぐったりだ。

 タートとアリア、それにエルメトリアの重鎮がいたとはいえ、愛し子に恨みを持っているだろうタクラカカン――バッハトマ国王と会うのは緊張した。逆ギレして暗殺に走る人じゃなくて本当に良かったと心労がすごかった。


『これでシルヴィアのファンも増えたし、この調子で自慢しちゃおうっと!』


 まさかそれが狙いじゃないよね!? 

 愛し子だけど自分じゃない過去の尻拭いなどシルヴィアはごめんだ。


 かつてのツケと、これから起こるだろうパパの暴走を思い、シルヴィアは六歳にして人生を危惧したのだった。




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