第90話 それぞれの思惑
「村長、良いんですか。彼らの好きにさせて」
「あ~、ライアス達のことか?」
「村長も分かってますよね。彼、今村の中に出てますよ」
「ああ、それも当然だろう」
この村の村長であるアリエッタはミレッタの訴えを受けてもさして気にしていない様子だ。
それが気に入らないのか、ミレッタは少し頬を膨らませる。
「村長、彼らのこと信用し過ぎじゃないですか?」
流石に妬いちゃいますよ、と言ったミレッタは少し不満気だ。
これはある意味当然の反応だ。
憎き人間を完全に信用しきっているアリエッタを見ると、一言いいたくなってしまうのも仕方がない。
抗議を受けてもアリエッタは気にしない様子で、祈りの姿勢を取った。
これは、彼女が精霊と対話する時に行うものだ。
普通、エルフは精霊の力を借りることで、自身の魔力以上の力を発揮する。
そんな訳で精霊の力を借りることを出来るエルフは多いのだが、対話となるとそうはいかない。
精霊はヒトと全く別の存在であり、思考回路も全く違う。
そのこともあって、精霊の機嫌が悪かったりすると力を借りられないという事態も起こったりするほどだ。
もし嫌われでもしたならば、次の日からは、いっさい力を貸してくれなくなるだろう。
そんな存在である精霊と対話できる特殊な能力を持っているのが、この村の村長でもあるアリエッタだ。
精霊との親和性が力に直結する彼女達にとって、対話できるというメリットは言うまでもない。
アリエッタはその力を遺憾なく発揮し、戦争でボロボロだったエルフを立て直した。
その力はミレッタだけでなく、村のみんなが認めるものだ。
だからこそ、彼女の信頼は厚い。
ミレッタも彼女に全幅の信頼は置いているが、それでも、今回の件は些か不自然と言わざるを得なかった。
ミレッタがへそを曲げていると、しばらく祈る形を続けていたアリエッタがミレッタに向き直る。
「ミレッタ、君が言いたいことは分かる。人間を信用して良いのか。また同じことが起きるんじゃないか。そういうことだろう」
ミレッタが同意するように静かに頷く。
「彼らを信用しろとは言わない。だが、私を信じてはくれないだろうか?」
アリエッタにこう言われれば、ミレッタは引き下がるしかない。
ただ、ミレッタが引き下がったのにはもう一つ訳がある。
それはアリエッタが今までにないくらい嬉しそうな顔をしていたからだ。
そのような顔が出来るということは、そう悪いことにならない。
ミレッタが納得する理由としては、それだけで十分だった。
ミレッタは、「はい。どこまでもついて行きます」と言い残し、自分の家へと戻っていった。
その後ろ姿を見送ったアリエッタは、一度窓近くまで移動して、村を歩く青年を眺める。
夜とは言え、精霊は村に無数に存在している。
そんな中を歩く存在はアリエッタには筒抜けだった。
夜の村を慎重に歩く青年を見て、アリエッタは静かに呟く。
「ついに私たちも動くときが来たのかもしれないな」
そう言ったアリエッタの顔は嬉しそうな、でも何か重大な事柄を前にした緊張感のようなものを孕んでいた。
◇◆◇
「え? なんで、ギルベルトがここに居るの?」
「それはこっちのセリフだぜ、どうしてライアスがここに居やがる」
エルフの村でまさかの再会を果たした僕達はお互いに状況が読み込めていなかった。
それでも、今のギルベルトを見れば、囚われているということは分かる。
人間であるギルベルトがエルフの村に囚われている理由……
咄嗟に回転していく頭の中で、二つの理由が浮かび上がってきた。
一つはエルフが僕達を騙しており、もともと人間の国に返さないようにするつもりだった。
そして、もう一つはギルベルトがエルフにとって不利な行動を取り、捕らえられたか。
ギルベルトには僕もお世話になったし、その人柄も油断ならないながら、気の良い人だった。
ただ、それでも亜人というだけで、性格を変えてしまう人も居る。
ギルベルトがそういうタイプの人という可能性は捨てきれない。
僕がそんな風に考えていると、ギルベルトもこの少しの間で考えを纏めたのか、色んな疑問を先送りにして、大切なことだけを伝えてきた。
「いや、今はそれは良い。おい、ライアス。お前がこのエルフの村で行動を許されていやがるなら、ここのリーダーに伝えてくれ。ここはヤバイってな」
落ち着いた様子で話すギルベルトは囚われているもののそれとは思えない。
そして、そんなギルベルトが伝えてきたのは、自身の身の保全では無く、何か別のものだった。
「やばいってどういうこと?」
「そのままの意味だ。あ~。オレがここに居る理由だが、実は王さん、いや正確には王さんの使いだが、まぁ、国に頼まれてのことなんだ」
王さん……つまり、人間の王ということだろう。
それなら、エルフの村に人間の王が友好的な使いを送るわけがないことを考えると、ギルベルトはそれを承知でここに居ることになる。
僕がギルベルトはエルフの敵だと判断しようとした時、ギルベルトから待ったがかかる。
「お前が思ってることは分かるぜ。だが、ちと待ってくれ。お前はオレがエルフを嵌めるためにここに来たと思ってるんだろ? だが、実際はちげぇんだ」
ギルベルトは思い出すように顔をしかめると、憎々し気に続けた。
「オレが頼まれたのは、この辺りにある村にメリエを持って行ってくれってことだけなんだ」
メリエ……やっぱりあの馬車はギルベルトのものだったのか。
実際、王様が頼むことじゃ無いと思うけど、違う場所にモノを売りに行くのは行商人の仕事だ。
ギルベルトが請け負っていてもおかしくはない。
「正直、オレも最初はおかしいと思ったんだ。王さんが指定した場所には村のようなモノは無かったはずだ。オレはこの近辺の村はある程度把握してるからな。そんな中で、聞いたこともねぇ場所だと思ったよ」
「じゃあ、それがこの村だったと……」
「ああ、まったくどういう理由か分からねぇが、腹が立って仕方がねぇ」
僕はここで、ギルベルトが囚われている理由が分かった気がした。
恐らくだけど、アリエッタさんはギルベルトにも「あの質問」をしたはずだ。
『さて、単刀直入に聞こう。君達は人間の国からの使いか?』
この質問をされれば、当然ギルベルトは「違う」と言うはずだ。
というより、「そうだ」と答えようものなら全力で攻撃されるだろう。
実際、ギルベルトにエルフを害するつもりは無かったのかもしれない。
それでも、ギルベルトは『国』からの依頼でここまで来ている。
それならば、これは国からの使いと言っても過言ではない。
この嘘をアリエッタさんは見抜き、捕らえたのだろう。
ただ、嘘と分かった瞬間に殺すなんてことはしなかったんだな。
憎き人間、それも国からの使いとなれば、殺されてもおかしくはないだろう。
僕がそこまで考えたところで、ギルベルトが自分の推測を語り出した。
「ここからはオレの妄想の域を出ないんだが、オレはこの村が危険に晒されていると考えている」
「危険……?」
「ああ、どうやって、この場所を割り出したのかは分からねぇが、恐らく国の奴らはエルフの村を探してやがる。実は、オレの馬車にアイツらは変なもんを取りつけやがったんだ。なんでも周囲の状況を把握するためのモノらしいぜ」
僕は続きを促すように頷く。
「それを馬車の先頭につけやがったんだ。これで、もし魔物などに襲われて任務を失敗したとしても分かるから、止むを得ない場合なら報酬は払うとよ。今思えばきなくせぇ話だぜ」
なるほど。ギルベルトはその装置? を付けてここまで来たと。
でも、それなら、まさか……
僕がハッとした表情をしたのを見たギルベルトは頷いて続けた。
「ああ、恐らくだが、人間の国にエルフの村があることがバレてやがる」
マジか……
ギルベルトの話に嘘は見つからない。
というより、もし嘘を吐くなら、こんな嘘では無く、自分が助かるための嘘を吐くべきだ。
それを思えば、今の話は本当だと考えた方が良いだろう。
「言っておくが、頼まれたのはオレだけじゃねぇ。他の行商人の奴らも軒並み別の場所に依頼されてやがったぜ」
ということは、国王はエルフの場所をある程度絞っており、その真偽を確かめるためにギルベルト達を派遣したということだろうか。
どうやって特定したのかは定かでは無いけど、この世界には魔力地図なるものがある。
アレを使えば、魔力が異常に大きい場所を把握できるため、そのようなモノを使えば、「何かが居る」くらいは絞ることが出来るかもしれない。
そこまで考えたところで、僕は恐ろしいことに気が付いた。
(これ、最初から行商人の負担が凄い……)
もし、僕の考えが本当だとすれば、行商人たちは魔力が強い場所に軒並み派遣されたということになる。
そして、魔力が高い場所というのは当然と言えば、当然だけど危険が大きい。
最悪のケースで言えば、大災害の魔物のようなモノが現れる可能性すらある。
もちろん護衛は付けているだろうけど、一端の行商人と護衛が対応できる魔物とは限らない。
つまり、これは使い捨てのような頼みごとなのだ。
そして国は馬車に取りつけた装置で、その場所がどれだけ危険なのかも把握できる。
(恐ろしいな)
ここに来て、僕はエルフの場所を探しに来たというよりは、危険そうな場所に行商人を派遣して、その危機レベルを調べようとしたと考えた。
たまたま、その中にエルフの村があっただけということもある。
僕はこの考えをギルベルトに伝えた。
ギルベルトは僕の話を噛みしめるように沈黙した後、続ける。
「なるほどな。確かに、その可能性は否定できねぇ。いや、実際そう言う目的もあったんだろう。だがな、それでもエルフの村は狙われてやがるぜ」
ギルベルトは確信を持って言い切った。
「オレは行商人だ。当然、色んな場所から情報が入ってくる。それは一つ一つが断片的なものだとしても、繋げれば一本の線になってたりするんだよ」
それらを纏めるとな、と前置きした上でギルベルトのトーンが一段と真剣なものになった。
「人間はエルフを攻めようとしている。間違いねぇ」
「なんで、そう言いきれるの?」
「あ~。全て話すと長くなる。だが、近頃の国の動き、そして過去の事例から考えれば間違いなくそうなる」
ギルベルトは何らかの確信を持って居るようだ。
僕も、いつまでも疑っている訳にはいかない。
もし、これがギルベルトの杞憂ならそれで良い。
それでも、もしこれが本当でエルフの状況がマズいなら僕も手助けをしなければならない。
僕はそこまで話を聞いたところで二つ聞き逃していることを聞いた。
「分かった。ギルベルトの言ってることを信じるよ。今は二つだけ聞かせて」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「ハンスさん……かは分からないのか。護衛の人達はどこに行ったの?」
「あいつらは恐らく別のところに居るはずだ」
良かった。どうやら護衛は無事のようだ。
そして、僕はもう一つ大切なことをギルベルトに尋ねる。
「どうしてエルフを助けようとしてるの?」
問われたギルベルトは、意外なことを聞かれたような顔をした。
そして、そこから歯をむき出しにして獰猛に笑った。
「当たり前だろ? 国のやり方が気に入らねぇからだよ。あいつらの思う通りにはさせないぜ。舐めたマネしやがって。借りはきっちり返さないとなぁ」
確かに今回の件、ギルベルトは騙された形になる。
ギルベルトにとっては、それだけでも国に反抗する理由になるんだろう。
「まぁ、そういうこった。オレがなんで殺されてねぇのかは分からねぇが、あいつらにもまだ人間を皆殺しにするという思想はねぇらしい。そんな中で行動を許されたお前が言えばエルフの警戒心も上がるはずだ。頼んだぜ」
「ギルベルトはそのままで良いの?」
「あ? 良くはねぇが、ここの食事は割とうめぇんだよ。正直、殺されても文句は言えねぇ状況だ。国が気に入らねぇのはもちろんだが、ここも割と気に入ったからな。オレのことは後だ」
ライアス達なら、なんとか出来ると信じてるぜ、と言い切ったギルベルトは喋ることに疲れたのか、壁にもたれ掛かると、ため息を吐く。
そんな様子を眺めながら、僕も決意を新たにした。
「分かった。こっちでもなんとかしてみるよ」
「ああ、そのついでにオレもここから出すよう頼んどいてくれ」
最後は笑いながら言ったので、後回しでも構わないということなのだろう。
久しぶりの再会は思わぬ形だったけど、ギルベルトの気の良さは健在だったので、僕は少し嬉しくなった。
「うん。この前に受けた情報料の借りがあるからね。ここで返させてもらうよ」
「よく覚えてやるなぁ」
以前、僕がギルベルトと別れる前に、ギルベルトは情報をくれた。
そのお礼は次に会った時にしようと思っていたけど、これは良い機会だ。
ギルベルトさん達を助けつつ、エルフの村もなんとか守りたい。
嘘を見抜けるアリエッタさんなら、話も早いはずだ。
(でも、ここのエルフは想像以上に義理堅いな)
いや、ここのエルフというよりはアリエッタさんが、という方が正しいかもしれない。
敵の国からの刺客も無碍に扱うことはしない。
このことについてもアリエッタさんにも話を聞いてみよう。
僕がそう考えながら、ギルベルトに別れを告げ、家に戻ろうとした時、どこからか音が聞こえて来た。
ドッドッド、という規則的な音は、何かの行進のようにも感じられる。
僕は冷や汗を掻きながら、音のする方を見た。
夜なのもあり、何かが見える訳では無い。
それでも、その先には何かが居るということは感じることが出来た。
ギルベルトも何かを感じ取ったのか、声を上げる。
「おい、何か地響きがしねぇか?」
それが何かは分からない。
でも、恐らく僕達、いやエルフにとって悪いモノだろうということは想像できた。
どんどんと大きくなる足音を前に、僕は唾を飲みこんだ。
人間を招き入れたアリエッタには何か確信めいた考えがあるようです。
彼女には一体何が見えているのか。
そして、ギルベルトが訴えた人間がエルフを攻めるということは事実なのか。
次回、兆し。お楽しみに