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第89話 エルフの村

 


(さて、どう出てくるか……)


 僕は新たに現れたエルフを注意深く観察する。

 ミレッタが村長と呼んだエルフのお姉さんは村長にしてはかなり若かった。

 人間でいえば二十代前半というところか。

 とはいえ、エルフは見た目と年齢が合わない場合が多い。

 見た目通りの年齢だとは思わない方が良いだろう。


「村長! ただいま帰りました!」


 そんな村長の元まで走ったミレッタは村長に向かってシュバッと敬礼した。

 元気よく挨拶する姿はまるで忠犬のようだ。

 村長の言葉を今か今かと待っている様子が後ろ姿からも分かる。


 そんなミレッタを見る村長の顔が一瞬辛そうなものになった。

 まぁ、そうなってしまうのも無理はない。

 元気に振舞ってはいるけど、ミレッタの傷はほとんど癒えていないからだ。

 身体のあちこちに包帯が巻かれ、血が滲んでいるところを見れば、彼女がどれだけ危険な状態だったかは想像に難くないだろう。

 村長は優しい笑みを浮かべながらミレッタを抱き寄せる。


「そ、村長!?」


「おかえり、ミレッタ。本当によく帰ってきてくれた」


 村長はミレッタに負担を与えないようにそっと抱きしめた。

 最初は狼狽していたミレッタだったけど、村長の言葉で緊張が解けたのか、少し涙を流していた。


 しばらくして、ミレッタも落ち着きを取り戻し、村長がミレッタを離す。

 そして、こちらに視線を送ってきた。


「待たせてしまってすまない。君達がミレッタの怪我を治してくれたのだろうか?」


 僕は肯定の意を込めて頷く。


「まずは感謝を。ミレッタを助けてくれてありがとう」


 そう言って村長と呼ばれたエルフは姿勢よくお辞儀をした。

 その横でミレッタも村長に合わせるように礼をする。

 どうやら村長もミレッタ同様義理堅い性格をしているようだ。

 なかなか敵対している相手に頭を下げられるヒトは居ない。


 ただ、これで終わりということも無いだろう。

 少なくとも村長がここに居るということは、この近くにエルフの村があるのは間違いない。

 それなら、ここまで来てしまっている僕達はかなり危険人物のはずだ。

 何もなく「はい、さようなら」で終わる話とも思えない。


 僕の予想通り、そこで村長の顔色が変わった。

 先程までは穏やかだった目も鋭くなり、少しの嘘も許さないという雰囲気が伝わってくる。


 静かな空間に村長の言葉が響いた。


「さて、単刀直入に聞こう。君達は人間の国からの使いか?」


 おぉ、思ったより切り込んできたな。

 正直、この答えに信憑性があるとは思えないけど、僕もしっかりと答える。


「違います……と言って信じて貰えるものだとは思っていませんが、僕たちが示せる誠意は示すつもりです」


 僕が答える間も鋭い視線を送っていた村長は一つ頷くと質問を続ける。


「続けて聞こう。君達は私たちエルフに危害を加える気があるか?」


「そちらが何かしてこない限りは、こちらから攻撃する気はありません」


 僕がこの問答に意味はあるのか? と疑問を持ち始めた頃、村長は強めていた視線を弱めると溜め込んでいた息を吐き出した。


「そうか。どうやら嘘は吐いていないようだな」


「分かるんですか?」


「ああ、私の能力の一つだ」


 なるほど。どういう理屈かは分からないけど、彼女は嘘を見抜くような力があるらしい。

 それならこうして質問してきたことも理解できる。

 少なくとも彼女の中で納得の行くものは用意できたみたいだ。

 ただ、これがハッタリという可能性は捨てきれない。

 こちらを油断させるために一度は和解した素振りを見せて、後で罠に嵌めるということもあるだろう。

 初対面の相手だ。警戒は怠らないようにしよう。


「疑ってすまなかった。君達は大丈夫なようだな。ミレッタの件もある。私たちの同胞を救ってくれた礼をしたい。良ければ私たちの村に寄って行ってくれ。もちろん帰りたいのなら帰り道は教えるつもりだ」


 君達は……?

 この言い方ではまるで他にダメな存在が居たような言い方だな。


 それにしても帰る選択肢も用意してきたか……

 これは向こうも僕達が警戒していることを察して提案してきたのだろう。

 帰る選択肢を用意することで、村に行かないことも出来る。

 もし村で罠に嵌めるつもりなら、帰り道を教える選択肢は出さない方が良い。


 ……

 まぁ、色々と警戒はしているけど、少しでも情報を手に入れるためエルフの村には行っておきたかった。

 相手が呼んでくれているなら向かわせてもらおう。


「いえ、良ければお邪魔させていただきたいです」


 僕は余計なことは言わずに本心だけを伝える。

 彼女は嘘を見抜ける可能性が高い。

 変なことを言って嘘だと不信感を持たれないようにしないと。


「それでは、荷物を纏めておいてくれ」


 そう言って村長はミレッタの怪我を確認しだした。

 何かエルフにだけ分かる治療法のようなものがあるのかもしれない。


 そこで僕は何とも言えない気持ちになった。

 エルフにはエルフの、人間には人間の治療法があるけど、もしお互いの種族が協力していれば医療に限らず、さらに技術は発展していたかもしれない。

 それを思えば、亜人を排斥している今の世の中は、どこかもったいないような気がした。



 ◇◆◇



「そっか~。アイリスの故郷に行きたいのか~ ボクは故郷というか、村から出ることは少ないから分かんないな~」


 あれからミレッタと村長に引き連れられる形で半日程森の中を歩いていた。

 そこで彼女達とも少し話をしたのだが、どうやら村長はアリエッタさんと言うそうだ。

 アリエッタさんはエルフの中でも若い方だけど、その信頼の厚さから村長に抜擢されたらしい。

 そうやって村長の凄さを鼻息荒く語るミレッタに、アリエッタさんは困ったような表情を浮かべていた。


 今の話からも分かる通り、今まで僕達を敵視していたミレッタは完全に僕達に対する警戒心を解いていた。

 それを尋ねたところ、村長が大丈夫っていうなら大丈夫だからね~と僕達を信用したというよりは、村長を信頼している感じだった。


「まぁ、行き方が分からなくてこんなところまで来ちゃったんだけどね」


 そうやって談笑していると、アリエッタさんが僕達を右手で制した。

 前を見れば、森の切れ目になっているようで、その先には村のようなものが僅かに見える。


「ここが私たちの村だ。申し訳ないが私の家までは大人しくしていて欲しい」


 出来れば村の者たちを刺激したくないのでな、と言った村長を先頭に僕達は森を抜ける。



「おぉ」


 森を抜けた僕は視界に入ってきた光景を見て思わず感嘆の声を上げてしまった。


 そこは不思議な空間だった。

 周りを高い木々に囲われ、どういう原理なのかは分からないけど、瑞々しい葉が空をも埋め尽くさんとしていた。

 そんな風に周囲全体を緑で囲われているので、日の光は葉の隙間から零れる程度だ。

 それなのにも関わらず、暗さのようなものは微塵も感じなかった。

 それはそれぞれの木が淡く発光していたからだ。

 その光のようなものは空中を漂い、辺りを淡く照らしている。

 何処か夢に迷い込んだような、そんな幻想的な空間がそこにはあった。


「綺麗……ですね……」


 そう、プリエラがこぼしてしまうのも無理はない。

 みんながその景色に見惚れているところに、先を行っていたミレッタが振り返る。


「そこまで感心してくれるのは嬉しいけど、早く行くよ」


 また歩き出したミレッタを追うようにして、僕も歩き出した。

 地面は馬車が通れるくらいの道だけ土が見えており、それ以外は綺麗な緑に覆われている。

 アクセントで咲いている色とりどりの花も、また良い雰囲気を作り出していた。


 そんな風景を眺めながらしばらく歩いていると、村の住人らしき人物がちらほら見えてきた。

 どうやら畑仕事をしているみたいで、見たこともない植物を育てていた。


 精力的に働いていた青年はアリエッタさんを見つけると、朗らかな笑顔になる。


「村長、お帰りになられたのですか」


「ああ、今戻った……どうだ? 作物の状態は?」


「はい、村長のお陰もあって、良い状態ですよ。明日には収穫できると思います」


「それは良かった。引き続き頼んだぞ」


「はい! お任せください!」


 その男はアリエッタさんと話し終えると、こちらを見て少し驚いたような怒りを含んだような表情をしたけど、アリエッタさんをもう一度見ると大人しく元の作業に戻っていった。


(慕われてるんだな)


 僕はまた村人に話しかけられて対応しているアリエッタさんを見やる。

 今の男性は間違いなく人間を憎んで居た。

 でも、その前に村長という存在が居たので、全ての感情を呑み込み、作業に戻った。

 村長が連れてきたなら意味があると思っているのだろう。

 それに彼女より年上そうな男性のエルフも彼女に敬語を使っているし、何より彼らがアリエッタさんを見る目からは絶対の信頼を感じられた。

 あれは余程信用されてないと出来るものじゃない。


 それからも村人の対応をしながら、家に向かうアリエッタさんの後ろで、僕は辺りを観察していった。



 ◇◆◇


「すまないな。時間を掛けてしまった」


「いえ、信頼されてるんですね」


「ああ、だから私も彼らに報いなければならない」


 アリエッタさんの家まで到着した僕達は彼女の家に上がっていた。

 流石村長の家と言うべきか、この村では一番大きな家だった。

 今はその中の会議室のような場所に通されていた。

 大きな木製の机を囲うように椅子が並んでいる。


「ミレッタ、ここまでご苦労だった。暫し休んできてくれ」


「いえ、ボクはもう元気です。是非ご一緒に……」


「確かに怪我は治ったかもしれない。それでも疲労までは取れないからな。後々のためにも今は休んでくれ」


 アリエッタさんに諭されたミレッタは渋々と言った感じで頷く。

 でも、驚いたのはミレッタの傷がほとんど癒えていたことだ。

 僕達は回復魔法を使える者が居ないので分からないけど、あれほどの怪我を一瞬で治せる治癒士は見たことが無い。

 それを思えば、アリエッタさんが施した治療はかなり高度な技術ということになる。


 ミレッタは僕達にも一礼すると、部屋から出て行った。

 恐らく自分の家に戻ったのだろう。


 これで部屋には僕達とアリエッタさんだけが残ったことになる。

 あれだけ慕っていた村長を人間が居る部屋に一人きりにするのは、少し不自然だ。

 少し迷ったけど、僕はその疑問を直接ぶつけることにした。

 この回答次第で、彼女の考えも分かってくるかもしれない。


「良いんですか? 護衛を付けなくて」


「ああ、君達が何かしてくることは無いからな。それに、もし何かしてきたとしても十分逃げることは出来る。この街で一番強いのは私だからな」


 なるほど。

 カリスマだけでなく、力も兼ね備えているからこそあれだけ信頼されているのか。

 嘘を見抜けることと言い、やはりアリエッタさんはエルフの中でも特別な存在のようだ。


「おほん。改めてにはなるが、ミレッタを助けてくれてありがとう。同胞を救ってくれたこと、感謝してもしきれない」


 そう言って、アリエッタさんは木製の水筒のようなモノを差し出してきた。


「これは……?」


「私たちエルフが作れる精霊水だ。大抵の怪我ならこれをのめば治るだろう」


 そこで僕はミレッタの怪我が治ってたのを思い出す。

 ミレッタの怪我はかなり酷いものだった。

 回復魔法を使ったとしても完治まで行くには余程の術者でもない限り時間が掛かるはずだ。

 それを思えば、その怪我を治した技術は人間が使う魔法より発展しているのかもしれない。

 そして、他にも気になったワードがある。


「精霊、ですか……」


 そう言った話はギルドで読んだことはあるけど、実際に会ったことは無いし、そもそもどんな存在なのかも分からない。

 ただ、このエルフの技術の一端には、その精霊が関わっているのは間違いなさそうだ。 


「ああ、精霊が分からないのか。ここに来るまでも沢山居たんだがな。村で淡く光っている存在が居ただろう。彼らが精霊だ」


「なるほど。あの光ってる玉が精霊なんですね」


 確かに村にはあちこちで光の玉が泳いでいた。

 一種の幻覚のようなものだと思っていたけど、あれが精霊なのか。


「そして、その精霊の力を借りて作ったのがその精霊水だ。効果は保証しよう」


「貴重なもの、ありがとうございます」


 僕たちの中には回復魔法を十分に使える者は居ない。

 僕は使えなくは無いけど、魔力量が少なすぎて話にならないのだ。

 それを思えば、アリエッタさんが太鼓判を押すほどの回復アイテムを手に入れられたのは大きいな。


 それから幾らか談笑した後、ご飯をいただき、家に案内された。

 ご飯は初めて食べる料理だったけど、特に野菜系が美味しかった。

 人間界では食べたことの無い味だったので、やはり食文化なども違うのだろう。

 素材から旨味を引き出している調理法は僕にも良い勉強になった。


 そして、案内された家は現在空き家になっているらしい。

 とはいえ清掃などは行き届いているし、人が住むに必要な設備も揃っていたので、客人用に置いておいたのかもしれないな。


「この家は好きに使って良いから、ゆっくりしていってね」


 疲労から回復したのか、夕飯の時に起きてきたミレッタが笑顔で案内してくれた。


「ありがとう、ミレッタ」


「うん。それじゃあね~」


 こちらに向かってひらひらと手を振りながら去っていくミレッタを見送った僕達は部屋の中に入ると一息ついた。


「やっぱり疲れるわね」


 カナリナも疲れたようで、がっくりとしていた。

 疲れているのは慣れない旅だけが原因ではない。


 アリエッタさんやミレッタ以外のエルフからの敵意が心を疲れさせたのだ。

 やはりエルフと人間の溝は深い。

 ご飯を食べるときなどにも何人かエルフと会ったけど、その視線は心地いいものでは無かった。

 アリエッタさんが居る手前、分かりやすく視線を送る者は居なかったけど、やはりそういう空気感は消しきれない。


「まぁ、人間がしたことを思えば仕方がないよ」


「そう言えば、人間は何をしたんですか……?」


 そこでプリエラから質問が入った。

 そう言えば、人間が何をしたかは言ってなかったな。

 まぁ、聞き心地が良いものじゃ無いけど、その理由が分からなければ、敵視されている状況も納得が行かないだろう。


「実は数十年前、人間がエルフに対して戦争を仕掛けたんだよ。で、その時のやり方が川に毒を流したり、森に火を放ったりって方法だったんだよね。そんな風にあらゆる汚い手を使った人間は勝った訳だけど、それをされたエルフからすれば、当然憎いよね」


 みんなも、まさかそこまで酷いと思っていなかったのか、知っていたカナリナ以外は息を飲む。


「どうして、そこまでしたんでしょうか……」


 プリエラの呟きは僕に聞いたというより、つい出てしまった疑問のように思えた。


(どうして、か……)


 そう言えば深く考えたことが無かったな。

 今まで僕とは関係がない話だったから考えていなかったけど、物事には大抵理由がある。

 人間がエルフを攻めたのにも理由があるだろうし、そのやり方にも理由があるはずだ。

 汚い手を使ったのに関してはある程度分かる。

 少しでも自分たちの被害を減らすためだ。戦争はお互いが消耗していくものになる。

 それを考えれば自分たちの被害を最小限に抑えるのも大切なことだろう。


 ただ、それでもエルフにしたことは明らかに過剰だった。

 その行いだけで、人間には近づかないでおこうという亜人共通の認識が出来た程度には。

 それほど人間はエルフを徹底的に追い込んだ。

 少し考えてみたけど、そこまでした理由はやはり分からない。


 僕は一度思考を止めると、みんなの顔を見る。


「まぁ、そんな訳だから、ここに居る間少し居心地が悪いとは思うけど、よろしくね」


 みんなが頷くのを確認して、僕達も解散する。

 部屋は沢山あったので、一人一部屋使うことになった。


 ◇◆◇


 アリエッタさんに与えられた空き家の一室。

 ふかふかの布団の上で、僕は考え事をしていた。


(やっぱり納得がいかないな)


 僕は今、この場所に居ることに疑問を持って居た。

 なんで、アリエッタさんは僕達を招き入れたのだろうか。

 アリエッタさん曰く、ミレッタを助けたお礼だという。

 そして、それは嘘では無いのだろう。

 でも、それは自分の仲間である住人の感情を逆なでしてまでやることだろうか?


 別に精霊水を渡すだけならば、わざわざこうやって村に入れる必要もない。

 僕としては夕飯に毒などが盛られているものだと警戒していたけど、相手もそれを分かっていたのか、料理は大皿で持ってきたし、小皿は自分達のものを使ってくれと言ってきた。

 そうこうしている内にここまで来てしまった訳だけど、これを文化の違いや、彼女達の良心だけで片付けて良いものだろうか。


 そして僕がここまで執拗に疑惑を拭えずにいるのは村に来る途中で見たあるモノの存在が原因だった。

 エルフの村は周りを自然に囲まれ、光の玉がふよふよと浮かんでいる幻想的な空間だ。

 でも、そんな中で違和感を発していたものがあったのだ。


 それは馬車だ。

 僕達からはほとんど見えなかったけど、馬車の一部が隠されるように置いてあったのに気が付いた。

 もちろん、エルフだって移動する時に何か乗り物を使うことはあるだろう。

 ただ、それにしても、その作りが人間の街に良くあるものと似ていたのだ。


 ここまで食生活から始まり、家の造りまで人間とは違うものが多かった。

 そんな中で馬車だけ、人間と同じということはあるのだろうか。


 芽吹いた疑念は拭えず、どんどんと悪い方向に考えてしまう。


(少しだけ見に行くか)


 あまり外に出て他の住人を刺激しない方が良いのは分かっているけど、外の空気を吸うことを禁止されている訳では無い。

 流石に村の人も見つけ次第攻撃してくるということは無いだろうから、少し外に出て確認しよう。


 これがただの杞憂ならそれでいい。

 後で正直に伝えて謝れば、アリエッタさんは嘘を見抜けるので分かるはずだ。

 もちろん、そこで敵対してしまうこともあるかもしれないけど、ここで動かずにこのまま過ごす方が危険だと判断した。


 僕は考えを纏めると、みんなにバレないように家から出た。


(夜は暗いんだな……)


 アリエッタさんが精霊だと言った光の玉も夜は活動を停止させるのか、辺りに光源はほとんどなかった。

 ただ、それでも全体的にぼんやりとした明るさがあるので、全く見えないという訳でも無い。

 僕は記憶を頼りに馬車が合った場所まで向かった。


 ◇◆◇




(やっぱりこの馬車は人間が作ったものだ)


 記憶にあった場所に行くと、やはりそこには馬車が隠されていた。

 そして、少し調べれば人間が造ったものであることも分かった。


 僕がそう判断出来たのは、馬車に型番が彫られていたからだ。

 これは見えないところに彫られているため、普段は気付かないけど、その馬車がどこのモノで、いつ作ったのか判断するために彫られるものだ。

 もちろん、全ての馬車に彫られている訳では無い。

 ただ、有名な馬車専門店では必ず彫られるだろう。

 その型番を見れば、いつ売ったものか分かるため、それで修理も受け持ってくれるし、有名な店の型番があるだけで、馬車として信頼される。

 この型番の店を僕は知らないけど、こんなものをエルフが用意するとは思えない。


 それを考えれば、やはりこれは盗んだものということになるのか……


 まだ、判断材料が少ないので、もう少し調べるために馬車の中を調べる。

 僕が馬車の中を覗き込むと、微かに甘い香りがした。

 この甘さには覚えがある。

 人間の街で良く売られているメリエという果物だ。

 食べ物としても、美味しいし、その皮を使えば良い匂いを付けることも出来るため街でも人気だったことを覚えている。


 ただ、この匂いは何週間も持続するものではない。

 つまり、つい最近までメリエがこの馬車に積まれていたという訳だ。


 そして、これらが意味することは一つ。


(この馬車、最近まで使われてたぞ……!)


 最近まで使われていたとすれば、使っていたのは恐らくは人間。

 そして、そこで先ほどのアリエッタさんのセリフを思い出す。


『君達は大丈夫なようだな』


 こんなセリフが出てくるということは、僕達と会う前に一度人間と会っているのだろう。

 そして、その人間達は、エルフに認められなかった。


 (それなら、彼らはどうなったんだ?) 


 ここに馬車だけがあるということは、最悪の事態も十分に考えられる。



「ん?」


 そこまで考えたところで、どこからか声が聞こえて来た。



「──ぁ、──よぉ」


 まだ遠いのか、完全に声を聞き取ることは出来ない。

 一瞬、僕が外に出ているのがバレたのかと思ったけど、どうやらそんな感じでも無さげだ。


 僕は恐る恐る声のする方に向かって行く。

 どうやら、そこは何かの建物のようだ。

 でも、他の家とは違い、閉鎖的な造りになっている。

 そして、声はその中から聞こえて来た。


「これはお前らのためでもあるんだぜ」


 どうやら、声は、小さな窓のようなところから漏れているらしい。

 入口は固く閉ざされているので、僕は窓の方へ回り込む。


「ったく、ついてねぇぜ」


 依然、声は建物の中から聞こえて来る。

 危険な人物だとマズいので、僕はバレないように息を殺しながら窓の中を覗いた。



「え?」


 建物の中には小さな灯が灯されており、中に居る人の顔を確認することが出来た。

 そして、僕はその人物を見て、つい声を上げてしまう。

 その人物も僕の声を聞いて、こちらを振り返ってくる。



「もしかして、ギルベルト?」


「あ? その声……まさか、ライアスか?」


 そこにはティナちゃんを助ける時にお世話になった行商人ギルベルトが居た。









ディオーネの件もあり、エルフの村へと向かったライアス達。

そのエルフの村には、昔お世話になった行商人のギルベルトが居ました。

人間である彼がエルフの村に居た理由、そして何故囚われているのか。

また、アリエッタがライアス達を村に招いたのはただの善意だったのか。


次回、それぞれの思惑

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― 新着の感想 ―
[一言] 思ったよりすんなりと村に入れたな 嘘が分かるという能力を信頼してるからか ギルベルトは行商人だから商売に来たのかな
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